旅立ちの先は
起きたらそこは赤ちゃん用のベッド?だった。窓から淡い光が差し込んで来るのが見えるあたり、どうやら早朝のようだと思われる。視界が狭すぎてよくわからないけど、多分そうだそれにしても不思議な夢を見たもんだ。
………まぁ、夢じゃないんですけどね。起きて早速だが、とにかく寒い!
近くにいる侍女(?)さんがうたた寝しているのが見えたので、気づいてもらえるように、必死におぎゃあ、と声を挙げる。
絞り出したとても小さな声を受け取ったのか、侍女さんは、はっと目を覚を覚ましたと思うと、急に涙を浮かべ、
「リュリーク様!アルス様が目を覚まされました!」
という具合の言葉で、部屋の外へ大音声で出ていってしまった。
え?なに?どういうこと?また訳の分からない状況だ。何なのこれ?
すると、どこか既視感を感じさせるように、目を覚ましたのか!、と父親(?)が飛び込んで来た。それに続いて、医者と思われる人と数人も入ってくる。医者はこちらに来ると俺の体温を確認して、何やら報告をしている。翻訳すると、大体こんな感じだ。
「アルスの様子はどうなのだ!?」
「はい、泣き声が小さいですが他は、不安を感じさせるような様子はありません。」
「そうか、では何故アルスは占めて二日間も目を覚まさなかったのだ?」
「申し訳ありませんが、私には分かりません。」
「むむむ……。まぁ、とにかく無事でよかった。アルスもさぞ腹を空かしているだろう。乳母の所へ連れて行ってやれ。」
さてと、どういうことだシグマの奴……。二日間目を覚まさなかったって事は、向こうにかなり長い間いたのか……。そんな大事なこと先に説明しとけよあのおっさん……。そもそもその場のノリで聞き流したけど、精神世界って意味不明だな。まだまだ質問しなきゃいけないことが沢山……。
あ、駄目だ、ぼうっとして頭がうまく働かない……。寒い……。栄養不足だ。けど、まぁ、いい。もうすぐ飯にありつける。考え事はそれからだ。二日間何も食べてないのに食事って赤ん坊の消化能力で大丈夫かな。ってあれ?赤ん坊って事は……。
案の定、侍女さんに抱きかかえられて連れられた先は女の人の前のところで、
あ、うあああああああ!
見た目は生後三日の赤ん坊、頭脳は十七歳の高校生。その目に焼き付けられたのは、健全な男子高校生にとっては過激すぎる連峰。赤ん坊の体といっても、そんなものを見せられては、性欲などが湧かなくとも恥じらいや良心の呵責が生まれ……
逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ。
これは食事の為だ、栄養摂取だ。しょうがないんだ。別に何も悪いことはない、俺が赤ん坊の時だってこうしただろう!そうだ!俺は悪くないはずだ!悪くないはずなんだァァァァ!
なんやかんやで、赤ん坊が小さな体と残り少ない体力を振り絞って暴れ、食事を取らないことで医者と周囲心配させたが、しばらくすると急に大人しくなって、食事を取り始めた。その時の赤ん坊の表情は、幼い顔に苦悶と喜びの表情を混じって浮かべたようで、かなり不思議に思われたようだ。その後、赤ん坊は初めての食事にかなり疲れてしまって、起きてから一時間と立たないうちに再び眠ってしまった。
これが、赤ん坊にとってオッフェンバックもびっくりの天国と地獄が同時にやって来たような大変な時間であったことは、周囲には知る由もなかった……。
○ ○ ○
さて、復活しました。いきなりあんなことになるとは。ある程度予測できた事だけど状況が状況だったからなー、うん。別に精神が十七歳でもさ、赤ん坊なんだもん。しょうがなかったですよね。で、言い訳はこのへんにしておいて、時間の経過で育ちましたよ、俺。生後4ヶ月ではいはいできるようになりましたよ。視界もかなり開けてきましたし。早いんだか遅いんだか分からないが、たぶん早いほうだと思いますよ。まぁ、食事の度に抱える葛藤は、未だに克服できてないんですけどね……。
で、今はいつか、と問われれば、生後ちょうど一年たった俺の誕生日。ここは俺の誕生日祝いに親父の配下が集う、宴の席だ。時間が一気に進んで悪いね。あれからシグマからも呼び出しがないし、イベントがほぼなにもなかったんだ。
ところで、誕生日は家族で祝うもので小規模なもの、というのが俺の勝手なイメージだが、さすがは王国の有名な武家、なかなかの規模だな。
おっと、まだこの家について殆ど説明が無かったな、この際だ、説明しておこう。
まず、この国についてなのだが、名前をノルド王国。建国から百数十年歴史のある王国だ。立地条件だが、南北に広く、周囲を山に囲まれて、天然の要害になっているので、防衛に適していると言える。ただ、海に面していないので、岩塩から取る他には塩の入手に困ったりという側面もあるけど。でも河川も多くて、それなりに湧き水なんかもあるから、他の国のように水に困ることはすくないんだと。で、そんな王国で百年前に異民族やら魔物やらを相手どって大立ち回りした曽祖父が、王家に取り立てられて今の状況があるらしい。
え?何で一歳児がこんなに事情を把握しているのかって?それは、この父親が国やら家やらについてかなりの頻度で語ってくるから。
「皆のもの!よく聞け!このフリーデン家は、我が偉大な祖父、ウィリアム・フリーデンの若き日の活躍によって新しくフリーデンの姓を賜り……」
また、始まった……。そう、父さんがこんな感じに色々語りだして、嫌でも覚えるんだ。小一時間ぶっ続けを日に二、三回のペースで語ってくるんだよなぁ、倅に立派になって欲しいってのは分かるけどさ、気が早いって。
あと、今俺がいるのは母親の膝の上だ。銀髪で顔立ちの整った綺麗な人だね。なんとなく他人行儀な感じがするけど、な前世の記憶からそうなってしまう。二人目の両親だとどうしてもね。そうそう、何で銀髪なの?って思うけど、継母なんだ。この人。だから余計に。どうやらこの国は一夫多妻制を採用しているらしく、二、三人の妻がいるのは割とザラだそうだ。更に妻にも序列があって色々とややこしい。まぁ、細かい話は後々するとして、
「……そんなフリーデン家の四代目の跡取り、アルス・フリーデンはめでたく一歳となった!ここにこれを祝し、宴席を設けた訳である!さあ!皆のもの!騒げー!飲め!」
「「「うぉぉぉーー!」」」
一通りの挨拶を済ませると、父さんはこちらにやって来て、従者に何かを持ってこさせた。なにやら、細長い包だ。
「アルスよ、堅っ苦しい儀礼は抜きだ。こいつをお前にやろう。今はまだ使う事はできないだろうが、これを四年と立たないうちに使うことになるだろうな。覚悟していろよ。」
そう言って差し出してきたのは、木で出来た剣であった。趣向を凝らした一品、という訳でもなく、持ち手に彫られてある二重円のペンタクルが特徴的な、無骨なものだ。
いや、この年から、木で出来ているとはいえ、剣を送るってのは凄い入れ込みだな。子供の頃からギリシャとかに送られて、伝説の防具を争って小宇宙に目覚めさせるようなスパルタとか、そういうレベルの話のないよね。ないと信じたい。
冗談も程々にして、父さんはそう言うと、さぁ、酒を飲むぞ。と、足早に向こうへ行ってしまった。継母の方も俺の方を気にする素振りを見せながらも、自分から挨拶回りに行かなければならないようで、件の侍女に俺を任せて夫に付いていった。
暇になってしまったから、俺の為に開いてくれた宴のリポートでもしようか。
まず、パーティ会場は大体東京ドームの二分の一分の大きさくらいで結構大きい。東京ドーム行ったことないけど、フィーリング。なんでこういうのって東京ドームで例えるんだろうね。よく分からないよね、あれ。まぁ、どうでもいい話は置いといて、会場の見た目はと言うと、中世の舞踏会の会場のイメージを思い浮かべて貰えばそれが当てはまる。所謂立食会?時刻は夕方なので、少し暗い。
そこに人数はどれほどかというと、ぱっと見、給仕を除いて五十名程度。多いか少ないかはよく分からないが、というか、数が合ってるかも分からないが、そんなものなんだろう。
さて、父さんはどこかな……あ、既に赤い。とにかく顔がトマトばりに真っ赤だ。まだそれ程飲んでいないと思うんだけど……。酒を飲んでいるところをそれ程見ていないが、弱いな。顔立ちは西洋かぶれでも、アルコールに強いという訳でもないようだ。服装は乱れてるし、足取りも怪しいし、ここまで聞こえるような大声で喋っているが呂律も回っていないようで、父さんの話を聞いている男性が困惑している。
「おうー、オルトよ飲んでいるかー?お?全然飲んでおらんでないかー、のめーのめー。」
そう言われたが、若い男性は断る素振りを示したところ、
「そんなこと言わずに飲めー、上手いぞこのワインはー。ガハハハ!」
なんて言ったと思ったら、手に持った杯の中身を飲み干すと更に足どりが危うくなり、とうとう、テーブルに倒れ込んでしまったようだ。
あーあ、何て有り様だよ。威厳もへったくりもあったもんじゃあない。あんな醜態を晒すなら飲まなきゃいいのに。
が、割と周囲の対応も慣れたもので、母さんと従者が大声をあげながら喚く親父を介抱して別室に連れて行った。
情けない……。見た目は、もしも西洋風の横山三国志の張飛がいたら、みたいな見た目なのに。勿体無いなぁ。
おっと、鬼のいぬ間にお洗濯と言うべきか、割と目立ちたがりな、悪く言えば野心たらたらの奴が出てきた。
「いつも通りリーュク様も酔いつぶれてしまわれたので、ここはリュリーク義理の兄であるオーレグ・ローゴルドが代わって場を仕切らせて頂きます。」
お待ち下さい、と声を上げた青年は、さっき絡まれていた青年だ。確かオルトと呼ばれていたな。
「この場にはリュリーク様の実の弟君であるマノロフ様がいらっしゃるではありませんか。ここはリュリーク様の息子であられるアルス様の祝の場、ここはマノロフ様にお任せになるのが筋ではありませぬか。」
対して、オーレグはなおも食い下がって。
「そのように目くじらを立てることもなかろう、オルタトリアン。アルス様の母親をエストラッテが引き継いだ以上は、同様に私もれっきとした義伯父である。ここは宴の席だ。そこまで突っかかることはなかろう。」
しかし、というオルタトリアンの声を遮ったのは誰であろう親父の実弟、つまりは叔父のマノロフ・フリーデンである。
「ここはオーレグ殿に任せていいだろう。オルタトリアン。わざわざ面倒な役をやってくれるというのだ。願ったり叶ったりではないか。」
彼は二十代も後半の若さで、体格も武人と言うほどの物ではない。常に取ってつけたような笑顔を浮かべており、面倒事を嫌い、風流に生きたいという本人の心持ちから、このようなことは好まない。
本人にやる気がないので、オルタトリアンもしばらく説得を試みたが諦めて、しぶしぶと言った感じで引き下がった。
そんな彼を、一瞬軽く蔑んだ目線で睨んだあと、オーレグは宴の進行を取り仕切り始めた。
なんかまぁ、派閥やら何やらそういう面倒臭いのがあるのかな、と、この宴の様子からも読み取れる。色々と面倒くさそうだ。視点を変えてみれば、面白そうだとも見れるけど。
○ ○ ○
そうして、なんやかんやで宴は終了し、俺は寝床まで侍女に運ばれ、肉体的にもおねむの時間なので、この先に考えを巡らせながら、俺は眠りについた。
途中投稿は本当にすみませんでした。あとは前回とおなじです