異世界への旅立ち
ーー昨日も今日も明日も明後日も、きっと一年後も、同じ様に自分にとってはほとんど変わらない日々が続くと思っていた。変わるのは授業の内容と天気と晩飯のメニューだけ、ああ、灰色の青春だなぁ、なんて、そう思っていたんだ。ーー
彼の名前は多田燿人、高校2年生。中学時代の取り柄が、勉強がそこそこができる以外は何も無い。そう思っていた彼は、進学校に入った途端に勉強出来るのが当たり前のことである状況になると、高校生によくある『自身』とは、自分の存在意義とはなんなのかという疑問にぶち当たった。その疑問に対して考え抜いた彼は、そんなことに意味なんてないのかもしれない、だったら愚かしくても、いかに世の中を楽しく生きれるように立ち回るか考えるほうが良い。と結論づけた。だが、意味のないものと認識した途端に、周囲の景色は、途端に灰色のものであるかのように見えた。
ーーこの灰色の世界を、どうやったら楽しいと思えるだろう。
そうして無意味な一年中がモノクロの夜と化した世界を楽しく生きることを目的とした彼は、勉強に関してもやる気をなくし、ここに優等生(笑)が誕生した。
あらゆることに興味を失ったように見える彼の様子を見た知人友人は、彼を奮起させることを期待して、激励してみたり、挑発してみたりと色々と行動を起こしたりとした。しかし、そんな周囲の行動に対しての彼の返答は芳しくはなかった。何を言っても大方この返答が返ってくる。
「俺に関わる時間が勿体無いよ」
なんて言って呆れさせていた。ともすればドン引きされた。話には高二で中二病にかかった痛い奴なんて話もあった。一応彼は、彼なりに周囲に対しての配慮はあるようだが、主に間違った方向にしか発揮されないようで、クラスで取り仕切るに参加しないことでクラスに貢献する。などといったことも言い出す。そんな彼に対して周りの人々は段々と彼の側を離れて行った。そうして、月日は過ぎて今日に至る。
そんなある日に彼、多田燿人には転機が訪れた。
ーーー
いつも通りの教室、いつも通りの廊下、いつも通りの下駄箱。遠くからは野球部らしき男子生徒達が声を張り上げる声が聞こえ、上の方の階からは吹奏楽部と思しき楽器の演奏が聞こえる。
そんな光景に対して抱く感想はいつも通り、「相も変わらず灰色フィルターが掛かった世界だ。」 それだけである。帰宅のために靴を履き替え、歩きながらラノベをカバーを掛けないで読み、「何あの人?」と目で訴える他の女子生徒の目線をくぐり抜けて駅への道を進む。 帰宅部である彼の帰りは早い。彼はラノベを読みながら下らないことに思考を巡らせる。
現実はライトノベル程に劇的なイベントもないし、壮大でもない。受動的な態度で物事に接するなら、何も起こらないということが起こるだけだな。おっと、パラドックスだ。いいね。まぁ、愚かな俺が楽しさを享受できるように世の中を生きていきたいというパラドックスが既にあるからしょうがないね。うん、多少おかしな物があったほうがきっと人生楽しめるよ。おっと、そろそろ駅に着くかな。
かれこれ一○分ほど歩き、人通りの少ない通学路から駅前の通りへとたどり着く、そこでは彼と同じく帰宅部の生徒が取るに足らない話をしながら歩き、目に入るのは人々が駅から目的地へと向かい、混み入っている様子。
取り敢えずラノベをそっと閉じて、喧噪の真っ只中へと向かうのを面倒くさがりながら駅へと歩き出す。すると、後ろから誰かが自分に向けて発した声が聴こえた。
『おまえでいいや』
突然の声に彼は振り返るが、後ろにはただただひとが通り過ぎて行くだけである。だが確かに声は聞こえたはずだ。
おかしいな?今誰かに話しかけられたような気がしたんだけど……。別の人に話しかけたのかな?おっと、電車の時間が危ない、急がねば。
駅の階段を急いで登り、人混みを走って避けて改札を通る。すると、電車がホームに来る音がして、やばい、やばい、といつも降りる利用しているプラットホームまで降りると、
!? 人が、いない?向こうのプラットホームにはあんなに居るのに?ほかの学生たちはどうしたんだ?他の人たちも!と不審に思いつつ、停車してている電車にとりあえず乗ってみると、外から見たまんまで乗客は誰もいない。さすがに不気味に感じたので電車を降りようとするが扉が閉まってしまった。仕方なく、次の駅で降りてみるか、と思うがトンネルに入ったところで訳の分からないアナウンスが流れる。
「次はー、終点、来世、来世、です。ご乗車ありがとうございます」
来世ってなんだよ!?駅の名前じゃないだろ!それ!というか、来世ってあの来世?俺は死んだのか?
と訳の分からない状況に錯乱していると、向こうから丸くて黒い球体らしきものが転がってくる。直径が地面から俺の胸ほどまである位のものだ。何だ?と思って球体を凝視すると。
「お客様、お客様はご自分が置かれている状況をご説明致します。」
シャベッタァァー!?なんだよ、それ?球体が日本語で喋る?いや、テレパシー?どういうこと?球がこの状況を解説してくれるの?なにそれ!?
「お客様は他の世界からの干渉により、生きて肉体を持ちながらに強制的に転生を余儀なくされます。もう間もなく到着致しますので、心の準備をしておいてください」
「殆ど説明になってないよ!ドッキリなのこれ!?もっと詳しく説明してよ!いや、ちよっと」
呼び掛けてみても、黒い球体は反応してくれない。しかも列車は未だトンネルを走り続けている。そんなタイミングで、彼の意思を無視するかのように、再び車内にアナウンスが響く。
「間もなく、終点、来世、です。お出口は上側です。この列車をご利用頂き、誠に、ありがとうございました。車内にお忘れ物の無きよう、ご注意下さい」
そこで、黒い球体が再び喋り(?)始める。
「もう間もなく、あなたは転生を致します。あなたの新しい人生に幸あれ」
うあ!?もう何がなんだかワケが分からん!こうなったらもうヤケクソだ!どんな状況でも来い!
そんな事を考えている間に、列車は長いトンネルを抜け出そうとしている。すると、不意に彼の身体は足の先のほうから光の粒子になり始めた。
トンネルを抜けるところで、彼は気を失ってしまった。
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気がつくと、俺は知らない女の人に抱かれて産声を上げていた。感覚はしっかりあるので夢ではないらしい。トンネルを抜けたところから現在の過程に至るまでの記憶はないが、本当に転生してしまったらしい。二、三、五、七、十一、十三、よし。最初から素数数えときゃよかった。何事も切り替えが大事だね。なんてことできるはずもなく、慌てつつも取り敢えず急に赤ん坊が泣き止むのもおかしいと思ったので申し訳程度の泣き声を上げておく。肺呼吸は既にしっかりできるらしい。
うーん、泣き声を上げながら周囲を見渡してみようとするが、首が据わらないので見渡せない。それに、元々の視界もかなり狭い。赤ん坊ってこんなに辛かったのか。
よく見えないけど、部屋は広いがどうやら家での出産らしい。洋風っぽい感じの家だと思われる。。俺を抱いているのは助産師?さん。周囲の光は蝋燭しかないので殊更にわかりにくい。電気の光が見られないから時代としては地球で言う中世あたりかな?中世の出産ならこんなものだろう。前世の記憶がある赤ん坊の出産って点は普通じゃないけど。
そんなことを考えていると、扉の向こうから「産まれたか!?」と声が聞こえてきて、ドタドタと金髪で長身の男が入ってくるのが見えた。あれ?今喋ったの日本語?まぁ、今はスルーしておこう。
「でかしたぞ!セピア!男子を産んだのか!これでこのフリーデン家も安泰というものだ」
と、見た目通りの太い声を男が発した。俺の側にいる横たわった女性が嬉しそうに頷く。ちらっと視界に入ったが、どうやら青がかった黒髪の彼女がおれの母親らしい。結構な美人さんだ。が、その顔は嬉しさを讃えながらも、どこか苦しそうにしている。
って、青がかった黒髪?なんかアニメのキャラクターっぽい感じの色だなあれ、ここは本当に異世界なのか?ここはどこなんだ?フェヤー、フェヤー、チョッ!解らん。
現状では思案することしかできないが、またしても考えている途中で大声が入った。
「本当によくやってくれた。後はしっかり休んでくれ。しかし、赤子というのは可愛らしいものだ。この子の髪は真っ黒な黒髪か、伝え聞くところの父上を彷彿とさせるな、これは期待できそうだ」
なるほど、俺の外見は真っ黒な黒髪の赤ん坊らしい、…普通だな。こういう展開はもっと青とか緑とかそういう派手なやつじゃないのか。おっと、泣くのを忘れてた。今の俺は赤ん坊だからしっかり泣かないと。
「赤ん坊の方はあまり泣きませんが大丈夫でしょう。しかりリュリーク様、セピア様の方は……」
「わかっている。もう少し待て」
父と助産師?さんがなにやら不穏な雰囲気を醸し出しながら小声で話していると、母親が蚊の鳴くような声で話しだした。あ、勿論これは比喩だけどね。獣人とか虫人とか屍人とかそう言うのではない。念のため。
「リュリーク……様……」
「大丈夫だ、セピア。いくら身体が弱いとはいえこの程度で死にはせん。医師も平気だと言っている。安心して休むが良い」
「いいえ…自分の身体のことは、自分が一番分かっております。もう長くはないでしょう。……子供の顔を見せて下さい」
助産師さんは俺を母親の所まで運んで、母親に抱かせた。母親俺の顔を見て微笑んでいる。…俺もせめて何か出来ないかと思い、母親に向けてあらん限りの笑顔を見せてみた。
「可愛い子……母親として出来ることがもう殆どないのが残念だわ…」
「……………。ならば最後にセピアが赤子に名前をつけて欲しい。夫としての最後の頼みだ」
「ならば……赤ん坊にはアルス、と名づけましょう。ぜひ…立派なお世継ぎに育ててください……」
「分かった。アルス、アルス・フリーデンだな。立派な益荒男にきっと育ててみせよう」
「リュリーク・フリーデンの子供なのです……。きっと立派にならないはずがありません……」
「そうだな……私とお前の子供だ。何も問題はあるまい。……後は任せてくれ。」
そんなやり取りを終えると、母親はどこかへ運ばれていった。父親の方はというと、その体躯に似合わず静かに涙を流しているようだ。ちょっとすると、俺は寝床に運ばれた。体力は赤ん坊並のようで、すぐに眠くなってしまい、自然と意識が遠のいてゆく。
さてと、いきなりシリアスな場面ときたもんだ。前途多難だな、いきなり母親があんな状態とは。とんだ転生だよ、これは。
そんな思考を最後に、俺は眠りについた。
見返すのにも恥ずかしがるような作者なので誤字脱字があるかも知れません。すいません