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笹野こより



 平成※年※月※日


 今日は気分も善く、久々に登校することが出来た。でも午後は発作により早退。午前だけでも出席出来て良かったと思う。


 平成※年※月※日


 昨日の発作による体調の悪化は軽度で、今日も登校することが出来た。でも今日も午前まで。大体保健室で過ごした。早く、治らないだろうか。


 平成※年※月※日


 今日はみんなと共に学べた。一日通せたのは珍しい。ただ、わたしの病気を疑う声を聞いた。嘘をついて良いことなんかあるわけない。むしろ、嘘であってほしいのに。


 平成※年※月※日


 ほとんど教室にいないわたしは、はじめからいないことになっているらしい。仕方のないことだと思う。不満はない。だけど、少しだけ寂しい。仕方のないことだけど。


 平成※年※月※日


 一週間の入院も終わり、今日からまた登校した。当然誰も気にしていない。どうでもいいことのようだ。仕方のないこと。もう寂しくもない。現在のわたしにとって、学業はルーチンワークでしかない。楽しいとか嬉しいとか、そんな感情が入り込む隙がない。なくなってしまった。


 平成※年※月※日


 いつの間にか春休みも終わり、二年に進級した。わたしは二組の所属となる。当然、誰もわたしのことを知らない。それもどうでもいいことのような気がする。どうせ、わたしの病気が治ることはない。治らないなら、いっそのこと今すぐ持っていって欲しい。


 平成※年※月※日


 帰宅の途中、忘れな草を見つけた。花言葉はあなたを忘れない。偶然同じ組の足立さんが通りかかった。珍しかったのか、足立さんに忘れな草のことを尋ねられる。花言葉を教えてあげた。足立さんはあまり反応しなかったけど、わたしは話しかけられたことが嬉しかった。――あなたを忘れない。わたしは誰かの記憶になれるだろうか。叶わない願いだと思う。忘れられても、仕方ないよね。


 平成※年※月※日


 昼休み、保健室で三組の子と会った。渥美さんというらしい。渥美さんは体育の時間に怪我をしてしまったとのこと。少しの間喋った。とてもきさくな人だった。短い間だったけど、色々なことを話した気がする。渥美さんはなぜかわたしの病気のことも、学校においてのわたしの境遇も知っていた。いや確かではない。知っていた風だった、という感じ。渥美さんは親切にも何か困ったことがあれば自分を訪ねていいといってくれた。すごく嬉しかった。さらに渥美さんは、一組の山崎さんという子も「調子のいい人間だけど優しいやつだから、そっちを頼りにしてもいいかも」と言ってくれた。渥美さんに山崎さん。素敵な人だと思った。山崎さんには会ったことないけど。今日はすごく良い一日だったと思う。


 平成※年※月※日


 また二週間ほど入院生活を送った。そろそろ終わりが近いのかも知れない。次の入院が最後だろうか。それはそれで良い。もう疲れた。わたしは、思い残すほどの生を送ってはいない。奪うならとっとと奪うがいい。


 平成※年※月※日


 図書室で、一組の村内さんという子にお薦めの本を聞かれた。わたしは図書室をよく利用する。村内さんも本が好きらしい。わたしのことは前から知っていたという。何だろう。本の虫とでも思っていたのだろうか。わたしは何冊か本を紹介したが、そのどれもを村内さんは既読していた。なので、わたしは個人的に所有しているとある本を貸すことを約束した。


 平成※年※月※日


 村内さんと過ごす日々が今やわたしの幸福のすべてだ。病気のせいで長い時間は過ごせないけれど、それでも一日五分でも十分でも一緒にいられることが幸せだった。断言出来る。わたしは村内さんと一緒に『生きたい』。神様、はじめての祈りを捧げます。どうかもう少しだけ――。


 平成※年※月※日


 村内さんとの絆が深まった頃合いから、周囲が向けるわたしへの態度が酷くなった気がする。陰口を耳にする頻度が多くなった。時には明らかな『いじめ』行為も受ける。でもどうでも良い。村内さんさえいれば、辛くはない。


 平成※年※月※日


 最近、咳が止まらなくなる。たまに吐血もした。――ああ、もう終わりか。人は、脆いものだと実感した。別れは村内さんだけに告げていきたい。村内さんは悲しんでくれるだろうか。泣いてくれるだろうか。わからない。でもどうか、忘れないでほしい。わたしのことを。笹野こよりという小さな人間の些細に終わったその生を。矮小で、つまることもなかった短き日々を。


 ただそれだけの『お話』を――。



 そこで、渥美なつきは日記を閉じた。

「……本人も書いている通り、これはそれだけの『お話』です。あなたが動くほどのことでもないし、この笹野こよりの日記が何かの役に立つとも思えない。それでも――」

 あなたは動くのですか?

 ええ――と、渥美に背を向けた淡い陰が音を漏らす。

 渥美はそうですかと短く答え、日記を陰に向かって放り投げた。

 ぐにゃり、と陰が歪む。

 渥美はそれに一瞥くれて、夕暮れに微睡む教室の一席をただ静かに見つめた。

「……彼女の生が、誰かの記憶となりますように」

 だけれどそれは。

 やはり『それだけのお話』でしかないのでしょうね――と呟きながら、渥美は夕闇に没した教室を後にした。


 暗闇に残るのは。

 少女たちの、小さなお話。



 (了)



ここまでお付きあい頂いた方にまずはお礼申し上げます。恐らく、読了ののち『よくわからない』という感想を抱かれる方がほとんどだと思っています。作中では『事件』も『解決』も、結局のところ明確な展開をしておりません。この作品は読み手の想像に任せる構成をしております。といっても結末を任せるだけではありきたりなので『事件、解決、結末』なんていう物語の大部分から読者の想像に頼る形に仕立てました。なのでわけがわからないのは当然ですね。ごめんなさい。まあ興味がある方はこの物語を組み立てて見てください。きっと『それだけのお話』にたどり着くことでしょう。

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