三条まつり
「知ってる? 二組の噂」
なつきが唐突に言う。
「二組のって、ああ幽霊?」
それなら知ってる。確か――。
「笹野さんの幽霊――だっけ」
なつきはそうそうと頷いてテーブルの上に広げたスナック菓子に手を伸ばす。
「けっこう、マジらしいよ」
ふうん。くだらない。
「笹野さんって先月亡くなった子でしょ? 病気だっけ。可愛そうじゃないの。だってうちらと同い年だよ? そんなくだらない噂流して……不謹慎だと感じないのかね?」
「感じないから流すんでしょうよ。いじめられてたって話も聞くから、まあ悲しんじゃいないでしょうね。二組の生徒は」
そういうなつきもきっと悲しんじゃいない。まああたしだって不謹慎だとは思うけど、実のところ悲しんだり嘆いたりはしてない。
友達でもないしね。
というか名前しか知らないんじゃないだろうか。
「んで、どんな噂流されてんの?」
「……だから、出るんだってば」
幽霊が――と言いながらなつきはがさつに菓子を咀嚼する。
「どこに? いじめてた子のところにでも化けて出るんかい?」
まあそれなら噂になるか。
「いじめてた子も何人かは見たらしいけど、そうじゃない子も見てるってさ」
「どこで?」
「教室。大体目撃されるのは放課後みたいね。部活帰りの生徒や忘れ物して教室に戻った生徒がね、見てるの」
死んだはずの笹野さんを。
「笹野さん、自分の席に座ってるんだって。無表情で。何かするとか何か言うとかはなくて、ただ、そう――座ってる」
「……怨めしそうに?」
なつきは首を振る。
「だから無表情なんだってば。無表情で黙々と、黒板あたりを見ているんだって」
ただただ黙し、ただただ存在する。それは、それは幽霊なのだろうか。いや、それが幽霊なのかも知れない。
「んでね、笹野さんを見た子は最初、誰か違う生徒が座ってるんだと思ったわけ。でもね、まじまじと見ると――」
笹野さん――か。
「声とかかけなかったの?」
笹野さんに。
「かけないでしょ。怖いわよそりゃ。みんな声も出さずに逃げ帰ったんでしょうね」
そして体験談はやがて噂話になったわけか。そして、数年数十年経てば恐らく『学校の怪談』になるのだろう。
「……幽霊ね」
「信じない?」
「どうだろう。正直――」
あまり興味がない。幽霊と心霊現象とか――笹野さん――とか、正直。
――どうでも、いい。
「なつきは信じるの?」
「信じる信じないはおいといても、興味はあるかな」
ただ座っているだけの幽霊。笹野さんという幽霊。
――未練があるのか。
もし何かこの世に未練があるならば、それは何だろう。
何を――思う。
若くして果て、短く完結した人生。人は一生が短ければ短いほど未練を残すものだろうか。
わからない。わかるはずがない。あたしはだって――まだ生きている。
でも。
あたしなら――。
「確かめて――見る?」
なつきがニヤリと笑う。
もし、笹野さんに会えたとして、あたしは何を――。
いや馬鹿馬鹿しい。幽霊なんて、いるはずない。いたとして、まっとうな会話などできるわけもない。何を考えているんだあたしは。
視界の隅に、光が反射する。
もう夕暮れか。
窓から赤い陽光が差していた。
それは柔らかく、でも曖昧で、そして何故か不安にさせる、怪しく、妖しい――幽かな光。
あって、ないようなもの。
人の生も、そうなのだろうか。
死んだら――死んだら無くなってしまう。消えてしまう。未練も後悔も何もあるはずがない。すべては無の中だ。
でも。
もし『ある』のなら――。
それは、それは知るべきだ。
ならば――。
「――付き合うよ」
会いに行こう。それからのことは――。
それから考えればいい。