村内さん
朝からめまいに襲われる。
視界が揺れて足元がおぼつかない。体に重力を感じない。自分が立っているの座っているのか横になっているのかも、実のところ曖昧である。
いや立ってはいる。というより歩いている。だってわたしは学校へ向かっているんだから。座ってもいないし、ましてや横になってもいない。
ただ視界が揺れる。ゆらゆら揺らぐ。
アスファルトの地面がぐにゃりとうねる。信号機が赤だか青だか判然としない。確かに歩いているのに、足が地面を踏んでいる感覚を伝えてこない。
貧血だろうか。それにしては酷い。いつもなら、こんなめまいは一瞬で済む。
なのに。
今日は中々治まらない。
引き返そうか。このまま進むのは危ない気がした。休んだ方が良いかも知れない。吐き気もする。頭も痛い。
いよいよ不味いと感じて、自宅に引き返そうと決断した直後、おはようと声をかけられた。
同じ組の金江さんだった。
「大丈夫? なんだか顔色が……」
大丈夫、と答えてしまったのがいけなかっただろうか。金江さんは何事もなかったように通学路を進んでいく。
ごめんなさい、私体調悪くて、帰るね。と言うタイミングを逸してしまった。別に金江さんに断りをいれる必要もないのだけれど、金江さんは私と学校へ向かうつもりなのだから、やっぱり一言断るのが筋だろう。
なのに、そのタイミングを逸してしまった。
そのまま私はずるずると金江さんのあとを追った。その時はめまいも少し治まっていたし、中々切り出せずにもいたから、結局私は学校へ行くことにした。
でも歩けば歩くほど、視界が揺れる。吐き気は治まってきたけれど、感覚の鈍りは治まらない。
どこをどんな速度でどういう風に歩いたのかわからない。途中金江さんが何か言っていた気がするが、聞き取れていない。
いつの間にか、私は金江さんを追い越していたようだ。けれど幸いにも道は外していないようだった。金江さんが後ろで何かぶつぶつと呟いていた。
何だろう。何を言っているのだろう。何故こんな酷いめまいに襲われているのだろう。
わからない。
気分が悪い。
視界が揺れる。
ゆらゆら、ぐらぐら。
「二組の笹野さん、死んだんだって」
ピタリ、と足が止まった。肢体に、ゆるゆると感覚が戻るのがわかった。
「知ってた?」
何を。
「死んだんだよ」
誰が。
何だろう。なにを言っているんだろう。というか金江さんって、誰だろう。同じ組の人だ。でも友達だっただろうか。
わからない。
ああ笹野さん。そういえば借りていた本返さないと。
「おはよう、村内さん」
笹野さんの声が聞こえた。
振り向くと、笹野さんが柔らかく微笑んでいる。
「おはよう、笹野さん」
私も微笑みながら、そう言った。
もうめまいはしない。