笹野さん
二組の笹野さん。
死んだんだって。
ゆるゆると歩く村内さんの背中に、わたしはそんな言葉を投げ掛ける。
村内さんは驚くでも聞き返すでもなく、ただピタリと足を止めた。振り返りはしない。ただそう、ピタリ――と足を止めた。それだけだ。
「知ってた?」
返事はない。
あまり好ましい話題ではなかっただろうか。いや普通に考えれば好ましい話題のわけがない。人が、死んでいるんだ。普通に考えなくたって、雑談にあげるものじゃない。
ただ気まずくって、ついつい言葉にしてしまった。
他にも話題はあったろうに。たとえば昨日は何してたとか、何時にごはん食べたとか、何のドラマ見たとか、何でメールの返信してくれないの、とか。
ああ。嫌だ嫌だ。結局そんなことしか思い浮かばないじゃないか。だから結局気まずくなって、ついつい言ってしまったんだ。
笹野さんが死んだって、ね。
「死んだんだよ」
貴女のお友達。
知ってた? 知ってるよね。友達だもんね。そりゃあ知ってるよ。わたしなんかが言わなくたって、お見通しだよね。だって、友達、なんだから。
「病弱だったもんね」
学校、けっこう休んでたもんね。来てもすぐ保健室行くし。体育は当然見学。ほら体育館の隅でいつも村内さんを見てたじゃない。そうそう、いっつも青い顔してさ。自分は病弱な女の子ですって雰囲気作ってたよね。あれほら、みんな言ってたよ「演技」だって。
あの人さ、本当は健全だったんじゃない? だって村内さんの前じゃ元気そうだったじゃない。にやにや笑ったりしてさ。
にやにやにやにや――。
ああ嫌だ。気持ち悪いわ。あの顔。そうあの顔よ。
青くて白くて薄気味悪くて、不細工でそれって本当に引くわ。
ああ嫌だ嫌だ。見ないでよ。こっち見ないでよ。村内さんを見ないでよ。だって村内さんは――。
「まあどうでも良いよね。ごめんねこんな話して。つまんないよね。くだらないよね。ああ本当に嫌――」
ゆっくりと、村内さんが振り返る。
だけど、その視線はわたしじゃなく、わたしの背後に向けられていた。
「おはよう、笹野さん」
村内さんがやさしく笑う。
振り返ると、にやにや微笑む笹野さんの青い顔が浮いていた。