第三章マサクニ①
瞬くと、真っ暗闇に浮かび上がるテレビの画面にコッポラの映画が音もなく流れていた。
隣でいつの間にか眠ってしまった裸の女の子の腕をどけると、やはり裸のマサクニはベッドから出てミネラルウォーターを一口、口に含んだ。
アル・パチーノが男二人を撃ち殺している。
無音で銃が火を吹く。
この子の名前、なんだっけ。
マサクニはベッドに腰掛け、女の子の名前を思い出そうとする。
が、すぐに止めた。
暖房で暖められた部屋は、とても乾燥している。
彼は漠然と加湿器がほしいと思う。
加湿器も年末で安くなっているはずだ。
ほしいものがほしいときに上手く手に入る。
それは彼の人生に象徴されていた。
子どもの頃から特に努力せずとも勉強ができた。
運動も苦手なものもなく、ほとんどがトップクラスの成績だった。
特にやりたいことがあるわけではないが、自分のレベルに合った大学を勧められ、勧められるままに入学した。
それは傍から見れば、誰もが羨む有名大学だった。
年の瀬。
大学の初年度もすぐに慣れた。
それなりに友人を作り、恋人を作り、今日のような一夜の関係を時たましたりした。
経済学部に入ったが、講義に漠然とついていくだけで、後は小遣い稼ぎのバイトに没頭した。
その金でコンパに行き、はじめてあった女の子とここでこうして一夜を共にしている。
おざなりの情事の後、コッポラを無音で見る彼に興味深々な風だった女の子も、その退屈さに負けていつしか眠りに落ちてしまった。
人生は退屈だ。
マサクニは漠然とそう思う。
一方で、また漠然とした不安が彼の中にあるのだった。
このまま生きていると、僕は生きているとは言えない。
アル・パチーノの視線を見て、彼の感情が少しだけ波打つ。
画面の中の世界に行けば、退屈ではない人生が待っているのだろうか。
救いはどこにあるのか。
彼は今日の夜のような日に、そんなことを思ったりする。