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聖夜の怪…Ⅱ

 初めて慧の家に来た時の歓迎会でケーキを食べて以来、黎貴は洋菓子の虜になっている。あんこなどの和菓子も好きだが、何と言ってもあのバニラビーンズとほのかに甘いスポンジケーキが堪らない。そのせいで、お菓子作りが趣味の深陽には懐きまくりだ。

 脩一へと身を乗り出さんばかりに目を輝かせている黎貴に、慧は笑った。

「ウチも、もう予約してるわよ。前日(イヴ)は母さんも焼く予定だし」

「本当かっ…!?」

「ホントホント。すごく張り切ってたもん。あんたのために」

 慧はにっこり笑う。黎貴は、その言葉を聞いて珍しくにっこりと笑った。

 ふふふとにこやかに見つめる慧とはしゃいでいる黎貴は、まるで本当の姉弟のようだ。そんな仲の良さそうな二人に、黎貴の神仙で、慧の従兄である脩一は、どちらに嫉妬したかはわからないが、ないがしろにされて少し腹を立てたようだった。

「…そんな事はどうでも良いからさ、二人とも、これからヒマ?」

 脩一の言葉に、慧は半眼で手にしたスーパーの袋を掲げてみせる。

「ヒマなわけないでしょ。これ見て何とも思わないの? ジャガイモ持って帰んなきゃ、シチュー食べられないんだから」

 シチューは慧の好物だ。しかし、脩一は食い下がった。

「駅前に、すげー大きなツリーが飾られてあるんだよ。見に行かないか?」

「ツリーねぇ…。大きなツリーなら、ウチのがあるし」

 今のところ、慧は色気より食い気。あまり乗り気ではない。何よりも、日が落ちてきて寒くなってきたのも大きいだろう。

 黎貴も、ケーキの話の時ほど乗り気ではない。関係ないと言わんばかりに他人事として聞いている。脩一は、二人を乗り気にさせようと必死になった。

「本当に、すげーキレイなんだよ! 木だって本物のモミの木だし、駅前のイルミネーションですげーんだよ。なぁ?」

「なぁ、って言われても…」

 慧の口振りは、少し迷いが現れたようだ。

「駅までなら、こっから近くだし、ちょっと遠回りすりゃ見れるって。なぁ、慧、黎貴~。見せたいんだって!」

「脩一…」

 必死の説得によって、黎貴の心がようやく傾いた。本格的なツリーというのも見てみたいし。しかし、慧は脩一の口調に目を細めて冷たく言うだけだ。

「見せたいんじゃなくて、タッキーが見たいんじゃないの。私たちをダシに使わずに、一人で寂しーく見に行けば?」

「…慧。流石に、それは…」

 ひどいだろう。

 そう言いかけた黎貴の言葉など聞かずに、慧はくるりと背を向ける。そして、「行きましょ、黎貴」と声をかけた時だ。つん、と慧の袖を引っ張る者がいた。

 慧は、黎貴かと思って仕方なく振り返ると、袖を掴んでいたのは脩一だった。しょんぼりとした目をして、慧を見つめている。

「一人は寂しいんだよ…! なぁ、慧。黎貴~。見に行こう。見に行こうよ~」

「駄々っ子か」

 慧は思わず袖を振り払うのも忘れて突っ込んだ。

「もう、そんな事言ったって、行かないから――」

 慧は、ふと言葉をとめた。気付けば、黎貴までもが物言いたげな視線を寄越している。目の前には、目をウルウルさせた子犬のような瞳の脩一が無言で慧を見つめている。

 目は口ほどにものを言う。綺麗な顔をしているとは言え、男の子二人に捨てられた子犬のような瞳で迫られる慧は、羨ましいというか可哀想というか。

「……」

「……」

「…う…。わ、わかったわよ! 行きゃいいんでしょ、行きゃ」

 とうとう慧が折れた。脩一が、途端に歓声を上げる。

「やったー! 慧ちゃん優しーい❤」

「あぁもう、そこ! 女子高生みたいな声上げないの! 気持ち悪い!」

 脩一に半ば憐れみの視線を送って、慧たちは歩き出した。




「うっわー、キレイ!」

 行くまでは何だかんだと文句を言っていた慧だったが、いざ来てみると、不満も寒さも忘れてしまうほどに感激したらしい。三人の中で一番はしゃいている。

 脩一が言っていたクリスマスツリーは大きかった。本物のモミの木に、たくさんの電飾が付けられて、チカチカと、不規則に赤、緑、そして雪のような白へと変わる。そういえば、学校でもこのツリーの事は評判になっていたのだったと、慧は今更ながら思い出した。

 こんなに綺麗なのだと知っていたら、意地を張らずにもっと早くに見に来ればよかったと、慧は思う。

 そう、慧は考えながらいたから、前から人が来る事に気付かなかった。

「あ、慧! 危な…」

 気付いた黎貴が咄嗟に慧に声をかけようとするが、今一歩遅かった。慌てて意識を前方に転じた慧は、足元の覚束ない男に気付いて、脇にどこうとした。

 一瞬、氷の中を通り抜けた感覚がした。

「え…?」

 ぶつかると思って衝撃を覚悟していたのに、男は、慧の『中』を通り抜けて行った。依然としてフラフラと危なっかしい足取りで。慧は当然のごとく呆然としていたが、見ていた黎貴と脩一は尚のこと唖然とした。

 男を慌てて振り返る。良く見れば、背景(バック)が透けて見える。

 まさか、幽霊!?

 蒼ざめる男二人を尻目に、慧は、瞬間は驚いたが、すぐに男を追いかけた。男の目の前へと回り、腰に手を当てる。

「ちょっとそこのあんた! 人にぶつかっておいて、一言の謝罪もないわけ!?」

 ビシリと指を突きつけて、慧は、あろう事か幽霊に説教をし始めたのだ。

 女――いや、怒れる慧は強い。

 何だか、脩一はしみじみと思ってしまった。黎貴は、脩一のコートの裾を皺ができるほどに握り締めて黙りこくっている。

 男は、ぼんやりと慧を見やった。

「……あれは…どこに…?」

 いや、慧を見ているようで全く何も見ようとはしていない。

 慧は、二度も無視されてカチンとした。相手が、二十歳を超えた立派な大人だった事もあるかもしれない。自分に注意を向けさせようと手を振りかぶった。

 脩一は、思わず目を瞑った。

 かなり痛そうな音が響き渡る。脩一がしばらくして恐る恐る目を開くと、慧は怒りで頬を紅潮させているし、男の方は頬を押さえて呆然と慧を見つめていた。

「…俺が見えるんですか?」

 男は、なぜか敬語。恐るべし、慧。

 慧は、まともに張り手が効いた事に軽く驚いていた。

「見える…し、何か、触れるみたい…」

 最初は通り抜けてしまったのに。

 ねぇ、と振り返ると、脩一はポカンとしているし、黎貴は蒼白な顔をしていた。

 慧を見つめていた男は、不意にガバッと慧に向かって頭を下げる。慧たち三人はぎょっとした。

「どうか、俺を助けてください!」

「――――はい?」

 男は、興奮で瞳を輝かせながら頼み込む。周囲の人々には、この男が見えないのか、たまに通り過ぎる人が慧たちに不審そうな目を向けるだけだ。

「死んでから、俺の姿が見える人は初めてです。俺に力を貸してください。あなたたちの力が必要なんです!」

 三人は、ただただ唖然とするばかりだ。初対面の幽霊に声をかけられた上に、『助けてくれ』だなんて。季節外れの幽霊が見えてしまったこちらの方が助けてほしいのに。

「――――…だって。どうしよう?」

「どうしようったって…」

 同じく、どうしたらいいのか判断がつかない脩一は、ふと、これまで黎貴が何も反応していない事を思い出して、コートにしがみついている黎貴を見下ろした。

「黎貴。お前はどうすれば良いと思う? …って、黎貴?」

 蒼白な顔をしていた黎貴は、不意にヒクリと喉を鳴らすと、白眼を剥いてひっくり返った。

「黎貴っ!?」

 驚愕する慧。間一髪で黎貴を抱きとめた脩一も、一瞬病気かと慌てたが、すぐに半眼で呟いた。

「…気絶してる…」

 これには、慧も呆れてしまった。

 黎貴が人見知りだというのはわかっていた。しかし、たかだか幽霊ごときで、龍の雛――神獣ともあろうものが気絶してしまうとは。情けなくて言葉もない。

 もちろん、慧も脩一も幽霊を実際に見るのは初めてだろう。しかし、神仙として、これくらいで揺らぐようなやわな鍛えられ方をしてはいない。

 かと言って、起こして騒がれるのも得策ではないので、黎貴はこのまま気絶させておく事にして、脩一が負い、改めて男に向き直る。

 不本意ながらも関わってしまったし、慧にいたってはビンタまで食らわせてしまったのだ。話くらいは聞いてやらないと祟られそうだ。

「協力できるかわからないけど、とりあえず話を聞かせて」

「ありがとうございます」

 幽霊は、勢い良く頭を下げた。

 曰く。

 生前の名を家森敏明(やもりとしあき)というその男は、ちょうどクリスマスの晩に恋人と会う直前に交通事故で死んでしまったらしい。恋人を残して死んでしまった事はもちろん未練だが、それはそれで死んでしまっているから仕方がない。彼は、自分が死んでしまっているという事をきちんと理解していたし、成仏したいとも思っていた。

 問題は、彼に、大きな心残りがあるという事だ。死ぬ直前に持っていた、恋人へのクリスマスプレゼント、それが見つからないのだ。自分が死んだ後も、恋人の手に渡る事もなく、行方が杳としてしれない。今更、見つけ出したところでどうなるものでもないのは家森自身にもわかっていたが、気になって成仏できないでいるのだ。

「本当に、本当に大切なプレゼントだったんです…」

 そのプレゼントの行方を探してほしいというのが、家森の願いだった。慧は、ぴんときて家森に確認する。

「…もしかして、そのプレゼントって…指輪?」

 こくり、と家森はうなずいた。


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