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伝説と真実…Ⅲ

「幼い頃の私は、その言い伝えを知らなくて…。あろう事か、黒龍である事をからかわれた挙句に、怒りで我を忘れてしまったのだ……。その時の事はよく覚えていないが…佳影は、その時に私をからかった内の一人なのだ…。佳影の名を聞くだけで、あの時の怒りと恐怖が蘇って……」

 黎貴は、とつとつと話し始めた。正直、慧も脩一も、こんなに黎貴が話しているのを初めて聞いたような気がした。同時に、黎貴がこんな過去を背負っていると知ってぞっとした。

 この小さい体の中に、どれだけの苦しみを、痛みを秘めてきたのだろう。自分に、自分たちに、彼の全てを分かってあげられる事は出来るだろうか。自分たちには、何が出来るだろう。

「……前に…天界で暴走した時、私は…色んな物を壊して、色んな人を傷つけて…。龍族の住む水晶宮は、酷い有様だった……。その後から、だ…。だ、誰も私の事を顧みる事がなくなって、忌まれるようになって……。慧や脩一と出会う前は、龍嫗しか相手にしてくれなくて……」

 黎貴は、俯いた。ポツポツと言葉を(こぼ)す黎貴を、三人はただ見守るしかない。

「れい――」

「慧と脩一は、いつも私に良くしてくれた…。な、なのに、その脩一を、私が傷付ける、なんて……!」

「――あーもう! 泣くんじゃないの!!」

 慧は、黎貴をぎゅっと抱き締めた。

「男でしょ!? だったら、泣かないの。つらい事を我慢してたのね。偉かったわ。話してくれてありがとう。…もう、気にしないで良いのよ」

「……っ」

 ひくり、と黎貴は一度しゃっくり上げて、慧にしがみ付いた。ふう、と慧は息を吐いて黎貴の頭をよしよしと撫でる。

 肩に、温かいものが染み込んでいくのがわかる。

「ハイハイ。泣いても良いわよ。たーんとお泣きなさい」

 自分でも言っている事が矛盾している事は知っていたが、慧は、それでも言わずにはいられなかった。黎貴を、放ってはいけない。

 軟弱で弱虫で、この手の性格の人を慧は好きではない筈だったのに、何故か黎貴だけは、苛々させられはするが嫌いではなかった。

 それはきっと、黎貴のこんな所だ。辛い過去など、辛かった、苦しかったと誰かに泣きついてしまえば、ずっと楽になれる筈なのに。しかし、黎貴はそうしないのだ。自分独りの中に溜め込んで、ただ黙って耐えている。

 それは、一種の強さだ。

「……慧…。もう、大丈夫だ…。ありがとう…」

 ふと、黎貴が体を離した。慧は、その逃げていこうとする黎貴の肩をガシッと掴んだ。その漆黒の瞳を見つめる。

「ねぇ、黎貴。私は、あんたの話を聞いても、何にもしてやれない。ただ抱きしめるしか出来ないわ。ごめんね。…でも…」

 そして慧は、宣言するように口を開いた。

「どんな事があったって、私は…私たちは、あんたを信じてるからね。ずっと味方だからね。…忘れちゃ駄目よ。あんたはもう、独りじゃないんだから」

 ハッと顔を上げた黎貴の瞳の中に、微かな光が灯ったような気がした。

「そうだぜ。一体何のために俺たち神仙はいるんだよ? 神獣(お前)を独りにさせないためだろ? お前のためだったら、多少怪我したって大した事ないさ。気にすんな」

 脩一が、無駄なくらい爽やかに笑う。それまで真面目な顔をしていた慧は、その言葉と笑顔を見て脱力したらしかった。

「タッキー…。何その臭いセリフ…。ムダな笑顔が眩しい…」

「良いだろ、何だって! 俺はただ、黎貴に笑ってもらおうと――」

 脩一は、慧の言葉にムッとして言い返す。しかし、慧は、脩一が怒った所で屁でもない。

「あんたの笑顔じゃムリムリ。笑ったように見えたんなら、それは顔が引き攣ったんでしょ」

「なっ…! それはあんまりだろ!」

 慧のあまりの素っ気なさに、脩一は咄嗟に何も言えず、絶句するしかない。慧は止めを刺す。

「ドン引きしちゃうわ。あー、ホント。鳥肌立つー」

「――言ってる事臭いのは、慧も同じだろ!」

「うっさいわね! タッキーのくせして……」

 いつもと変わらない、慧と脩一の遣り取り。黎貴は、初めてフッと笑みを漏らした。しかし、その笑みは、いつの間にかじゃれ合いに夢中になっている慧と脩一には見えなかった。

 黎貴の肩を、文也が叩く。

「二人とも、黎貴君の為に一生懸命なんだよ。応えてあげなきゃね」

「…分かっている…」

 コクリと肯いた黎貴だったが、すぐに俯く。

「……でも、どうやって…?」

「まずは、そうやって俯かない事」

 黎貴は、弾かれたように文也を見つめた。文也は、真っ直ぐに己を見つめてきた神獣を見つめ返して、にっこりと笑う。

「真っ直ぐに前を見つめるだけで、前向きになれる時もあるもんだよ。二人とも、心配しないだろうしね。後はやっぱり…通力のコントロールかな」

 そう言って、文也は黎貴の()を見据えた。

「通力はある。そして、それが自分自身の力なら、必ず自分のものにする事が出来る筈。強大な通力をコントロール出来るようにするのは、すごく大変だと思うけど、やらなかったらまた誰かを傷付けてしまうかも知れないよ。…そんなのは嫌だよね?」

「それは、絶対に嫌だ…」

 黎貴は、強い意志を込めて肯いて見せた。()し、と文也も肯く。そして、まだじゃれ合っている慧と脩一を見てフッと微笑んだ。

「じゃ、修行だね。神獣の通力の使い方は、正直僕にも分からないけど、それでも、何か力になれるかも知れない。僕は陰陽師だから、こう言う事にかけては脩一先輩や慧ちゃんよりも詳しいだろうしね。この神社も使って良いよ。広いし、滅多に人が来ないから、修行にも打ってつけだしね。何かあっても、僕なら何とかなるだろうし」

「…ありがとう…」

 心の底から、黎貴は頭を下げる。文也は、にっこりと笑った。

「良いんだよ。僕も、何か黎貴君の為になりたいし」

「――全く、タッキータッキーって、俺はそんなに似てないぞ!」

「何よ! タッキーよりもタッキーなくせして! 全身からタッキーオーラが滲み出てるわよ。あーイヤだ」

「タッキーオーラって何だよ、タッキーオーラって!」

「タッキーオーラはタッキーオーラよ! もしかして、自覚ないの!? これだから、タッキーは嫌だわ~」

 慧と脩一は、まだ言い合っている。しかも、話題が良く分からなくなってきている。二人にも、おそらく何を話題にここまで話がくだらなくなったのかすらも覚えていないだろう。

 文也は、軽く噴き出して、黎貴を返り見た。

「…何はともあれ、頑張ろうね」

 黎貴も、慧と脩一を見つめた後、文也に振り返って力強く肯き返した。

 雲の合間から、天使の梯子が降りている。肌を撫でる風からは、何とも言えない温かさが含まれている気がした。


黎貴くんの今後の成長にご期待を。因みに、黒龍が忌まれているというのは、香月に創作です。あまり間に受けないでくださいね。悪しからず。

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