月の思い
普段は完全脇役の彼から見た後日談です。
オレ様は、猫である。
名前は、ムーン。オレ様を拾ってくれた主人の慧が、白い毛並みが輝く月のようだからと付けてくれた名だ。以来、結構気に入っている。
そして、倉橋家に来た時はまだ子猫だったオレ様も、もう二年が経ち、すっかり大人になった。この倉橋家の居心地も最高だ。
主人夫婦である綾次と深陽も、オレ様を可愛がってくれるし、何より娘の慧が今でもオレ様に夢中なのだ。
勿論、オレ様も慧は大好きだ。気は強いが、面倒見が良くて優しくて、一番良いのは、慧がオレ様を溺愛してくれる事だ。近寄れば抱き上げてくれるし、擦り寄れば喉の下を掻いてくれる。慧に撫でられると、気持ち良くてマタタビでも貰ったような気がするから不思議だ。
しかし、最近はあまり構って貰えなくなってしまった。それと言うのも、全ては居候のいけ好かないヤツのせいなのだ。
「ねぇ、黎貴。良いでしょ。少し位出歩いたって」
オレ様の愛しの慧が、いけ好かないヤツ――黎貴に話しかけている。神獣だか何だか知らないが、黎貴は半年前に突然やって来て、慧を奪いやがった。
勿論、オレ様も生き物の端くれだから、黎貴が特別な存在で逆らってはならないのだとは本能で分かっている。怒らせれば、すぐにオレ様の命くらい奪える事など。しかし、黎貴は、驚く程に覇気がなく、本能で分かってはいても、本当に神獣なのかと思ってしまうくらいなのだ。
だから、余計に慧を取られた事が悔しくて仕方ない。
にゃ~と、甘く鳴いて慧を呼んでみる。慧は、オレ様に気付くと、すぐに駆け寄ってきてくれた。抱き上げて、目を合わせてくれる。
「ムーン、ごめんね。遊んであげたいんだけど、これからちょっと出かけなきゃいけないのよ」
なんだ、それは。オレ様よりも、その弱虫な神獣の方が大切だと言うのか!
最近、何か嫌な事があったらしく、オレ様でも嫌になるくらいの引きこもりオーラが出ている黎貴の事が、慧は心配でたまらないらしい。あんな軟弱なヤツ、放っておけば良いのに。
一撫でして名残惜しそうに、慧は、また黎貴を説得に行く。慧を煩わせるとは、やはりいけ好かないヤツだ。
「ねぇ、黎貴…」
「……」
オレ様は、とことこと居間の黎貴が座っているソファーに近付いた。チラと慧を見上げると、一瞬、慧と目が合ったような気がした。そしてオレ様は、黎貴をじっと見上げる。
黎貴は、懐いていないオレ様が近寄ってきたので少し驚いたようだった。全身黒ずくめで、臆病で弱虫で、こんなヤツの何処が慧はそんなに良いんだ。
黎貴を見上げて、オレ様は日頃の鬱憤を晴らそうと威嚇した。オレ様の剣幕に、黎貴は怯えてソファーから立ち上がる。すかさずオレ様はソファーを占領した。
これで黎貴は、もうソファに座れまい。
「立ち上がったわね! じゃ、黎貴行くわよ~」
慧が、ここぞとばかりに黎貴の腕を掴んで玄関へと連れて行く。
「ムーン、帰ったらご褒美に沢山遊んであげるからね~。行ってきまーす」
バタン、と言う音と共に、静かになる。オレ様は、大きく欠伸をして丸くなった。オレ様は猫だから、犬みたいに主人のためを思って行動はしないが、たまにはこう言う風に慧の事を思って動くのも良いかも知れないと思った。
結局は、皆慧ちゃんが大好きって事で。