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神の力…Ⅳ

「黎貴!? 黎貴だと!? お前たちが黎貴の神仙なら、俺は助けなどいらなかった! 助けなどいらない! 俺に関わるな!!」

「な――!?」

 慧はその瞬間、あまりに呆然とし過ぎて甲彦が迫ってきたのにも気付くのが遅れた。

「がっ、はっ…ッ!!」

「慧ッ!!」

 流石に顔を殴るのは勘弁してくれたようだったが、代わりに容赦なく腹に拳を叩き込まれてしまった。あまりの衝撃と痛みに、息が止まる。しかし、それでも次の一発は床を転がって逃れた。痛みに顔は歪めながらも、慧は甲彦などには怯まない。キッと睨みつけながらも、意識は佳影へと向かっていた。

「どうして!? 黎貴が何をしたって言うのよ!!」

 語気荒く、慧は佳影に問いかける。佳影は、ようやくその目に映った小さな龍を忌々しそうに、そして畏れを含んだ瞳で睨みつけた。

「黎貴は…、こいつは『神』ではない! 厄災を招く呪われた黒龍(ヘイロン)だ! こいつなど、神である筈がない!!」

 黎貴の肩が、その言葉にビクッと反応した。血色が戻ってきていた頬が、またさあっと蒼ざめる。体が、ガクガクと激しく震え始める。

「……ぁ…ぁぁ…!」

「おい、黎貴!? どうしたんだ!?」

 異変にすぐに気付いた脩一が、顔を覗き込む。しかし、黎貴の返事はない。

急に、窓の外が暗くなった。分厚く黒い雲が空を覆っていく。

ゴロゴロと、遠くで雷鳴が聞こえる。

「なんて事を…っ」

 キッと顔を佳影に向けて脩一が言いかけるのに構わず、佳影は黎貴をビシリと指差した。

「どうしてお前などが、ここに居る!? 神仙などつけて、神のつもりか!?」

 黎貴は、両耳を塞いでいやいやをするように首をふる。

 ザアアアア、と雨粒が窓を叩く音がした。風が吹き荒れて、窓を激しく叩いている。

 意外な成り行きに、甲彦と乙姫は面白そうになったと事態を傍観している。

 佳影は、まるでヒステリーを起こしたかのように高笑いして言った。

「ハッ! 笑わせる。けがらわしい呪われたお前などが、神とはな…」

 その言葉は、明らかな侮蔑だ。慧は、怒りが湧いてくるのを抑えられなかった。

 こんな嫌な事を言うひとを、探して、守らなくてはならないなんて、吐き気がする。

 しかし――。

「――目障りだ、神仙共々俺の前から()ね!!」

「そんな言い方――」

「うるさいッ!」

 反論しかけた慧を鋭く遮った佳影の目は、限りなく冷たかった。

 慧はぞっとした。

 何なのだ、これは。佳影は、黎貴を恐れて、憎んで、蔑んでいる。どうしてだろう。黎貴と佳影の間に、一体何があるのだろう。

「ぅ…ゃ…あぁっ…!」

「おい、黎貴? 大丈夫か?」

 小さな悲鳴を上げてふらついた黎貴を支えようと腕に触れた脩一だったが、その瞬間、黎貴が絶叫した。

「…ああああああああっ!!」

「れい…? ッ、うわあああああッ!」

 突風が起きた。突然の風に吹き飛ばさzれて、脩一が壁に叩きつけられる。ズル…と壁を()り、脩一はくずおれた。

「…っ…」

 打撲と共に、全身の至る所に切り裂かれたような細かな裂傷が走っている。頬から、裂かれた服の切れ目から、薄っすらと血が滲む。

「脩一っ! 黎貴、あんた何を…!?」

 慧は、呆然として黎貴を見つめるしかできない。

 黎貴の肌は、黒い光を帯びて発光し、薄っすらと鱗のようなものが浮き上がってきている。

 まさか、本性である龍の姿に戻ろうとしているのか。

「あああああああっ!!」

 黎貴は、何も分からないかのように悲鳴を上げ続けている。悲鳴が続く限り、家の中を風が吹き荒れている。慧は、顔を腕で庇いながら脩一の元へと駆け寄る。

「脩一、大丈夫なの!?」

「……ま、ぁ…。だい、じょうぶ…」

 突然の事に、咄嗟に受身を取り損ねたようだ。体が言う事を聞かない。

 雷鳴が、聞こえる。それは、かなり近い所で鳴っていた。

 先程の脩一を壁に叩きつけた風は、同時に家の壁をも傷つけていた。強烈な風のようであり、鎌鼬(かまいたち)のようでもある。

 慧は、黎貴の異常を見て、焦って声をかける。

「黎貴!? ちょっと、返事をしなさい!?」

「黎貴? 黎貴!?」

「あああああああああっ!!」

 慧は必死に呼びかけようとするが、反応はない。絶叫し続けるだけだ。その天気と言い、脩一を襲った謎の突風や今も家の中に吹き回っている風と言い、黎貴の仕業だろう。しかも、今の黎貴は我を忘れて本性に戻ろうする一歩手前だ。

 しかし、と慧は思い出す。

 前に、黎貴は、「通力が使えない」と言っていなかったか。神獣らしい神通力など、使えた例がないと。慧は、それを知らず知らずのうちに「力が無いから使えない」と言う意味で取ってしまっていた。しかし、それは間違っていたようだ。黎貴は、力が無いから使えないのではない。力が大きすぎて使い方が分からず、制御も出来ない。

 だから、我を忘れてしまうと、通力が暴れ出すのだ。

 乙姫は甲彦に風から守ってもらいながらも、舌なめずりせんばかりに黎貴を見つめている。

「凄い力…。素敵ね、素敵だわ…! 欲しい…!!」

 その言葉に反応して、甲彦が黎貴に襲い掛かろうとするが、またしても吹き荒れる風の合間に、激しい突風が甲彦を地面に叩きつけた。 それで、乙姫は正気に戻った。

「甲彦! …仕方ないわ。今日はここまでにしておいてあげる。次は覚悟しておきなさい!」

 乙姫は、捨て台詞を吐いて二階なのに窓から逃げた。黎貴が暴走している今なら、追手もかかるまいと踏んでの行動であれば、なかなかに姑息だ。

 それを見て、佳影までもが「もう話したくもない」とばかりに無言でクルリと背を向ける。

「――――」

「ちょ、佳影さん! あぁ…」

 出口は、黎貴の方に行くしかないのだが、佳影はそれすら嫌らしく、甲乙コンビと同じように窓から出て行った。因みに、くどいようだがここは二階である。

 残ったのは、慧と脩一、そして、なお叫び続けている黎貴だけだ。この風の中、怪我を負っている慧も脩一も、動けそうにない。しかし、動けないが声は出る。

「あああああああああっ!!」

 黎貴の悲鳴に負けないように、痛む腹に力を込める。

「黎貴! 正気に戻りなさい!!」

「もう、ここには、俺たちしかいないから…!!」

「あああああっ…ぁ……」

 慧たちの言葉が通じたからだろうか。それとも、力を使って疲れたからだろう。急に黎貴の体から力が抜けたかと思うと、くずおれた。痛みを堪えて駆け寄ると、黎貴は規則正しい呼吸をして眠っていた。

 慧は、必要以上に力んでいた肩の力を抜いた。涙の跡が幾筋もついている頬に張り付いた乱れた髪をさらりとよけてやる。

「…あんたは…一体何なのよ…。黒龍(ヘイロン)って、一体何なの……?」

 いつの間にか、天気は元の快晴に戻っていた。さっきまでの黒い雲も、雷もない。

「さっきの天気も…黎貴が…」

 橙色の夕陽を呆然と眺めながら、脩一は黎貴を見下ろす。

 黎貴について、自分たちの知らない事がまだまだたくさんあるのだ。それは、知らなくてはならない。



***




 その後、何とかして慧と脩一は黎貴を連れて瀧沢家まで帰ってきた。黎貴は、通力を使って極度に疲労したらしく、目を覚ます気配はない。

「…神獣を狙う者か…」

「はい。成獣になった神獣ばかりですが。用心をした方が良いと思います。腕は確かな二人組でしたから。ただ…何の目的があってそんな事をしているのかまでは分かりませんでした。あの二人を捕まえられたら良かったんですが…。すみません」

「いや…。佳影が解放されただけでも良しとしよう。そち等も、ご苦労であったな。我から総一には言っておく。後は政府に任せよう」

 小さくなる脩一と慧に、龍嫗は優しい言葉をかける。

 全身を鎌鼬で裂かれた切り傷と、打撲の治療をしてもらいながら、脩一は龍嫗へと報告する。

 因みに、慧は腹にひどい痣が残ったものの、脩一ほどひどい怪我ではなかった。

 龍嫗は、脩一の報告の合間、ずっと暗い表情をしていた。二人がこうして怪我を負って帰って来る事も、黎貴が大暴走をする事すらも予期していたような達観さえ感じられる。

 報告が一段落ついたところで、慧が堪えきれずに口を開けた。

「あの、それで、龍嫗…」

「なんじゃ?」

 龍嫗は、慧に目を据えた。慧は、ゴクリと喉を鳴らしたが、思い切る。

「佳影が言ってた事で気になっている事があるんですが…。『呪われた黒龍』ってどう言う意味なんですか? 黎貴と佳影の間に、一体何が…?」

 ずっと気になっていた。佳影のあの言葉。そして、通力を暴走させるまでに過剰反応した黎貴。これは、黎貴に聞いた方が良いのは分かっていたが、それでも慧は聞かずにはいられなかった。

 静かに、龍嫗は慧を諭す。

「…それは、我の口から言う事ではあるまい。黎貴に直接聞く事じゃ。その方が良い」

「はい…」

 そう言われると、慧は、肯くしかなかった。

 その時、ふと黎貴が小さく身動ぎした。薄っすらと目を開け、それから慧と脩一の二人を認めるとガバッと起き上がった。

「慧! 脩一!! 大丈夫なのか!?」

 その言葉に、脩一はハッとする。

「お前、まさか…。全部、記憶にあるんだな…?」

「――――っ」

 息を呑んで俯く反応だけが答えだった。しょげ返る黎貴を、龍嫗が早速、静かに説教をする。

「あれ程言うたであろうに。通力の制御には、心の修業こそが何より肝要じゃと。なのに、心を乱して脩一を…(おの)が神仙まで傷つけてしまうとは…」

「……すまぬ…龍嫗……」

 事件そのものは何とか解決出来たといっても、慧も脩一も怪我をしてしまい、黎貴に至っては暴走してしまったのだ。失態だ。

 非は全て自分にあると承知している黎貴は、いつも以上に落ち込んでいる。

 龍嫗は、脩一を振り返った。

「かような目に、まさか黎貴が遭わせるとは…。すまぬな、脩一、慧」

「いや、良いですよ…」

 脩一は、恐縮している。慧は、龍嫗をじっと見つめた。龍嫗は、まるで慧の訊きたい事など分かっているかのように小さく息を吐いて口を開いた。

「…黎貴の通力は、前例がない程強大なものなのじゃ。それ故、制御もしにくい。それに、普段は使えぬと言う未熟さ。だからじゃろう。天帝が神仙を二人つける事をお決めになったのは」

 龍嫗の説明は、聞きたかった事のようでそうではない。

「龍嫗、それは――」

「我が言えるのは、そこまでじゃ」

 龍嫗が、きっぱりと言い切って、口を閉ざした。もう何も言う気がないのを悟って、慧は諦める。やはり、黎貴に訊くしか方法はないのだろう。

 黎貴が、二人に向きなかった。

「………すまぬ、脩一。慧も……」

「もう良いよ、黎貴。怪我だってホラ、たいした事ないんだしさ」

 脩一は、くしゃりと黎貴の髪を掻き回す。黎貴は、くすぐったそうに微かに笑いながら、何故だか一層深く俯いた。

 ポタリと落ちる、透明な雫。

 慧はハッとした。この小さな龍は、この事でどれだけ自分を責めた事だろう。大切な人たちを、自分のせいで傷つけてしまったのだ。小さな心は、自責と後悔で張り裂けそうなのではないか。

 僅かなりとも記憶があって、自分が傷付けてしまったのをその目で見てしまったのだ。

 そっと、慧は黎貴を抱き寄せた。腕の中でビクリと体を震わせる黎貴を、優しく、出来得る限り優しく抱き締める。

「大丈夫。私たちは、何があったって大丈夫。傷だって、大した事ないのよ。…もう、安心して良いんだからね…」


実はこの甲乙コンビ、香月は大のお気に入りです。なんで、ちょくちょくこれからちょくちょく登場しますが、好きになってくだされば嬉しいです。

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