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神の力…Ⅱ

「邸の調査って、何をすれば良いんですか?」

「怪しい人物が出入りはしていないか。怪しいと感じたものは全て挙げて調べて欲しいのじゃ。そち等の報告書いかんでは政府の手が入るやも知れぬでのう」

 それは、中々に責任のある仕事だ。

 慧は、スクッと立ち上がった。つられて、脩一は慧を見上げる。黎貴は、蒼い顔で何も言えないでいた。

「ホラ! 何してんの! さっさと済ましちゃうわよ」

「では、慧。任せたぞ」

 脩一は、やれやれと息を吐いた。毎度の事ながら、龍嫗からこうして頼まれ事があると、必ずと言って良い程警戒するのは慧なのに、情に絆されてやる気を出し、真っ先に承諾してしまうのも慧なのだ。そうやって、他愛のない事から危険な事まで引き受けて、後で後悔する羽目になるのだ。

 家を出た慧は、携帯電話をおもむろに取り出した。

「アヤヤにも連絡入れとく?」

 脩一は、軽く肯いた。黎貴も、蒼白な顔をして慧を見つめている。手際よく、慧は携帯電話のキーを押し、耳に押し当てた。

『こんにちは。岩井文也(いわいふみや)です』

 電話は、ワンコールで取られた。慧は勢い込んで話かけようとする。

「あ、アヤヤ? 私――」

『――申し訳ありませんが、只今留守にしております。ご用のある方は、数日経って再びお掛け直し下さい――』

 一瞬は通じたと思ったが、実は本人の音声による留守番電話に繋がっただけだった。慧は束の間呆然としてしまった。それからふつふつと怒りが湧いてくる。

 自分の声で留守電とか、紛らわしい。しかも、しばらくじゃなくて、数日なんて、どれだけ留守にするつもりだ。学校もあるのに。

 慧は、イライラを何とか静めようと、大きく溜息を吐いて電話を切る。

「留守ね。しかも、数日いないみたい。今回は、私たちだけでやらなきゃいけないみたいね」

 心強い文也は今回はいない。

 脩一は、ゴクリと唾を飲み込んだ。




 探って欲しい邸と言うのは、建てられて百年は経っていると思われる古い洋館だった。

 その古い洋館が見える近くの家の塀の陰から、三人は洋館を見張っていた。

 黄龍が行方不明になったと言う曰く付きの洋館だ。龍嫗に渡された資料にも、格別の情報はなかった。情報が何もない以上、こうして少しずつ探りを入れていくしかない。

 見張って、そろそろ一時間が経つ。あまりにも変化がないため、慧は焦れてきた。元々が気の短い方だ。一時間も、寧ろよく待ったと褒めても良い。

 慧は、こっそりと二人に言う。

「…入ってみよっか」

「え!?」

「入るって、それはマズイだろう! 流石にさ」

 脩一は止めたが、慧はあっけらかんとしたものだった。

「どうしてよ? だって、この邸は誰もいない筈でしょ。それに、ここで待ってったって、いつになるか分かんないし。行動あるのみよ!」

 実に慧らしい答えだ。それには、納得せざるを得ない黎貴と脩一だったが、黎貴は、脩一よりも少し高い塀を見て息を吐いた。

「…しかし、この塀どうやって越えるのだ…? …あの鉄の門は開いておらぬようだし、梯子などないぞ…?」

 その黎貴の言葉は、この洋館の中には入りたくないように聞こえた。しかし、臆病なのはいつもの事。慧は、気にせずニヤリと笑った。背伸びをすれば、指が塀の上にかかる。それを見て、慧は二人に向き直った。

「越えられるわよ。この塀、そんなに高くないし、有刺鉄線も張られてないじゃない。黎貴も、私が引っ張り上げてあげる」

「…でも、どうやって…」

 信じていない黎貴をチラと見ると、慧は、塀に手をかけ、力を込めた。

 ふわり、と体が浮く。

 次の瞬間、慧は身軽に塀の上にいた。脩一が、ヒュウと口笛を吹く。

「いつもながらお見事。俺も、流石にそこまで身軽には上れないや」

「な…。え、慧…!?」

 黎貴は、ひたすら驚いている。その様子に、脩一は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに疑問が解けたかのように手を打った。

「あ、黎貴は知らなかったっけ? 神仙って、神獣の護衛も兼ねてるだろ。武芸くらい出来なくてどうするんだよ。俺も慧も、一応武芸諸般は免許皆伝。これ位の塀を越えるなんて朝飯前さ」

 黎貴は、妙に納得してしまった。そう言われてみれば、あんな事やこんな事にも説明がつく。いや、それ以外に説明のつけようがないだろう。

 本来ならば神仙となる筈がなかった慧も、その器量と気性を見込んだ総一が脩一と同じ教育を慧に施したのだ。総一の先見の明とは言え、その総一も、まさか慧が脩一よりも強くなってしまうとは思ってはいなかっただろう。

 とにかく、と脩一はこれまた慧と同じように軽々と塀の上へと躍り上がると、下にいる黎貴に手を差し伸べた。

「ホラ。引っ張り上げてやるから、手を貸して」

「……」

 嫌々ながらも肯いて、黎貴は脩一の手をしっかりと掴む。

 瞬間の浮遊感を味わったかと思うと、危なげなく塀の上にいた。

 目の高さが、いつもよりも二メートルは確実に高い。見る景色は全く違って見えた。黎貴が、少なからず感動していると、下の安全を確かめた慧が塀から飛び降りる。音もせず、その着地は鮮やかだ。見惚れていると、慧が見上げてきた。

「大丈夫。誰もいないわ。降りてきなさい」

「え…!? そんな事言っても……」

 黎貴は、怯えて見下ろす。本性は、空も飛ぶ龍だから高所恐怖症ではないが、だからと言って、すぐに飛び降りてしまうのは躊躇いがある。

 慧も、そんな黎貴の躊躇も分からないでもなかったかが、ぐずぐずと待っている訳にもいかない。塀は、高い分目立つ。侵入するつもりなのだ、原則は隠密行動だろう。

「早く!」

 小さい声で、慧は急かす。しかし、黎貴はまだ決心がつかないでいる。焦れた慧は、脩一に目配せした。

 脩一は肯くと、その細い腕を掴んで音も軽く着地した。

「――ッ!」

 黎貴は、あまりの事に声も出ないでいる。

「…い、いきなり…! 何をするのだ…!!」

「だって、そうでもしないと下りられなかっただろ」

 慧だけでなく、脩一までもがあっけらかんと言う。それとこれとは違う、と大声を出しかけた黎貴だったが、言葉になる前に慧に口を塞がれる。

「しっ! 静かに。…誰かいるわ」

 黎貴は言葉を呑み込んで周囲を見回す。確かに、人の通る道に生えた雑草が不自然に短いのもだが、決定的だったのは、玄関のポーチに置かれている高級な外車の存在だ。

 三人は、こそこそと外車へと近付いていく。誰も乗ってはいない。持ち主は、洋館の中にいるのだろうか。車のナンバーでも控えておこうと、脩一は自らの携帯電話で外車を撮り始めた。

 慧は、おそるおそる窓から車の中を覗く。

「うっわ、何これ!」

 途端に声を上げた慧の脇から黎貴も覗き込んで、思わず無言で固まった。どうしたんだ、と脩一も外車の中を覗きこんで、同じく呆然とした。

 後部座席には、大量の写真がばら撒かれてあった。全て違う人物でだが、ピントのズレや被写体の目線が合っていない事から、どうやら盗撮したもののようだ。

 気味が悪そうに見ていた脩一が、急にハッと窓に取り付いた。

「タッキー、指紋付いちゃうわよ」

 窘める慧に構わず、脩一はじいっと写真を見てから、ゆっくりと慧と黎貴を振り返った。

「この写真に写ってるの…多分、全員神獣だよ…」

「え!?」

「――――!?」

 二人は驚愕した。脩一は、蒼白な顔をしていた。

「全員の顔を知ってる訳じゃないし、龍族以外の神獣の顔は知らないけど…。でも、ウチにいた龍の写真もあるし、間違いないと思う。それに…ほら、佳影の写真もある」

 脩一は、窓から写真の一番上に乗っている一枚を指差した。町中によく見かけるカフェの席について誰かに笑いかけている男性の写真だった。

「…これ、佳影だろ?」

 面識があるらしい黎貴に、脩一は確認する。黎貴は、コクリと小さく肯く。

「一体、何で神獣の写真なんか…」

 慧は言いかけて、ハッと気付いた。

 そもそも、どうして神獣の居場所がばれてしまっているのだ。神獣、神仙など天界の事に関しては最重要国家機密(トップ・シークレット)なのだ。一般の人間はおろか、政治に携わる人物だったとしても、知る事はない。知っているのは本当に国のトップにいる人間だけなのだ

 これは、佳影は変質者に捕まったと言うよりも、事件か何かに巻き込まれてしまったと考える方が正しいかもしれない。

「龍嫗への報告事項が増えたわね。…あ! そう言えば黎貴の写真はある?」

 慧にそう言われて、脩一は今更ながら自分の傍にいるのも神獣だと言う事に気付いた。慌てて再び車の中を覗き込む。

「いや…ないみたいだ。多分、成獣(おとな)になった神獣ばっかり狙われているんだ」

「そう…」

 黎貴が狙われていると言う訳ではなくて、慧は複雑な気持ちながら少し安心する。

 洋館を振り返る。蔦の絡まった外壁、雑草で覆われてまるで手入れをしていない庭。怪しすぎて、逆に何かない方がおかしい。確かに、佳影が怪しいと龍嫗に報告するのも肯ける。

 脩一が再び携帯電話で写真を撮り始めるのを横目で見ながら、慧は待つ。

「ここから戻ってこないって事は、佳影はまだこの邸の中にいる可能性が高いわよね。この外車も佳影のじゃないだろうし。誰かいるのか、入って探ってみましょ」

 慧は、周囲に注意しながら玄関へと進んで行こうとした。しかし、黎貴が付いて来ない。振り返ると、黎貴は俯いて身動き一つしていなかった。


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