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ある告白…Ⅲ

「岩井…」

 慧が、ポツリと呟く。じっとマンションを見上げて佇んでいた少年――文也は、振り返って顔を綻ばせた。

「あれ、倉橋さん。どうしたの? こんな所で」

「君こそ」

 そう返した所で、くいっとコートの袖を引っ張られた。見れば、もの言いたげに黎貴が見上げていた。慧は、思い出した。双方の事を知っているのは、自分だけなのだ。ここは、紹介してやらなくてはならないだろう。

 それにしても、人見知りのひどい黎貴が、文也に対してはそれ程ひどくないのは、無駄に可愛らしくて爽やかな文也の顔のおかげだろうか。

 つくづく最強な、文也スマイル。

「…こっちは、クラスメイトの岩井文也君」

 文也は、脩一ににっこりと花のような笑みを見せた。

「よろしくお願いします。あなたは、倉橋さんの従兄の瀧沢先輩ですよね。噂は色々伺ってます」

 ペコリ、と文也は、脩一に頭を下げる。色々な噂、と聞いて、脩一は気になったが、自分に好意を持って知っていてくれるのなら、それに越した事はない。寧ろ、誰かの噂になる事など滅多にあるものではないから、ご満悦だ。

「…で、こっちの子は……?」

 フイ、と視線が黎貴へと向かう。慧は、些か慌てた。

「あ、あの、えっと…。この子は、黎貴って言って…。何て言うか…。…あ! そう、遠い親戚なの。事情があって、ウチで引き取ってるのよ」

「…よ、よろしく……」

 少しどもりながら、黎貴はペコリと頭を下げる。文也は、納得していないような顔で、「遠い親戚ねぇ」と呟いた後、クスリと笑った。

「…そう言う事にしといてあげるよ」

 相も変わらず摩訶不思議な発言をして、改めて、どうしてこんな所にいるの、と尋ねた。脩一は、曖昧に笑う。

「ちょっとな。殺人事件の現場に興味があって…」

「ふぅん、そうなんだ。でも、三人ともそんな人には見えないんだけどな」

 鋭い。童顔のくせして。

 しかし、文也は三人にとっては幸いな事にそれ以上は深く追及しなかった。もう興味を失ってしまったかのようにも見えた。

「じゃ、僕はもう行くよ。…気をつけてね」

 最後に、また意味深な言葉を残して、文也は、飄々と去って行った。文也が見えなくなってから、慧は、黎貴に向き直る。

「――さてと。取り敢えず現場には来たわね。で、黎貴。これから、私たちはどうすれば良いの?」

 いきなり振られて、黎貴は狼狽する。

「どうって……」

「だって、あんただけが頼りなのよ。私、よく分かんないし。その通力って言うのを使えば、簡単なんでしょ?」

「………」

 慧は、あっけらかんと言う。しかし、その言葉を聞いて、黎貴は、唇を噛み締めて俯いた。

「どうしたのよ?」

「……出来ぬのだっ……」

 しっかり引き結ばれた唇の間から、搾り出すようにして、黎貴は言った。慧も、脩一も、その言葉の響きにハッと胸を突かれて黎貴をじっと見つめる。

「……私は…通力を使う事が出来ぬのだ……!!」

 彼にとって、この告白は、多大なる勇気を必要としたのだろう。細い肩は、震えていた。

 脩一は、恐る恐る訊く。

「…通力が無い訳じゃないんだな?」

「………」

 黎貴は、泣きそうな顔をした。ただの沈黙を、慧は肯定と取った。

「龍嫗からは、一通り使い方は学んだ。…しかし、一度も使う事が出来なかった……」

 慧は、黎貴が人を恐れ、卑屈になる理由が、ようやく分かった気がした。

 神なのに、神らしく力を揮う事が出来ない。それは、神獣としては致命的な事なのだ。

「そんな大事な事、どうして今まで黙ってたんだ。真っ先に言わなきゃならない事な筈だろ?」

 脩一は、詰問しているつもりはなかった。しかし、黎貴にはそう聞こえたのだろう。小さな体を更に小さくさせて俯く。

「ねぇ、黎貴。話して。黙ってちゃ分からない」

優しい慧の言葉に、黎貴はビクリと体を震わせて小さく言った。

「……また…馬鹿にされると思ったのだ…。嫌われたくなかった……」

 そうか、と脩一は呟く。無言だった慧は、不意に、手を伸ばして黎貴の髪をぐしゃぐしゃと力一杯掻き回した。黎貴が顔を上げる。

「バカ」

 その言葉に、黎貴は項垂れた。しかし、慧は、真っ直ぐな瞳で黎貴を見つめていた。

「ホント、バカね。そんな事くらいで、私たちがあんたの事嫌いになるとでも思ってたの? 私たちは、そんなに心が狭くないわよ。確かに大事な事だから、もっと早く話してくれてれば嬉しかったけど…。もう! めそめそしないの。解決する訳じゃないでしょ。違う?」

 黎貴は、小さく首を振った。慧は、()しと頷く。

「ま、何にせよ、取り敢えずさっさと大蛇をふんじばっちゃいましょ。天界に送り帰す方法は後から考えたら良いわ」

 そう言って、目の前に張られたテープを素早く潜り抜ける。警官の姿はない。入り込むなら今だ。狼狽する男共に、慧は、凛と言い放った。

「手掛りは必ず現場にあるわ! 行くわよ!」

 刑事ドラマのようなノリで突き進んでいく慧の後を、黎貴と脩一は、慌ててついて行く。

 マンションには、警告テープこそ張ってあるものの、今も住んでいる人がいる。堂々としている限り、子供を疑う者はいないだろう。そう考えている慧は、胸を張ってマンションへ入って行く。案の定、すぐに警官が来たが一瞥されただけで何も無かった。

 すんなりとマンションに入り、エレベータで四階へと向かう。

「良いとこ住んでるわよねぇ」

 慧が、緊張感のない感想を洩らしながらエレベータの中を見回している。

 軽い浮遊感と共に、チーンと音がして、目の前の扉が開く。途端、空気が重く、淀んでいるような気がした。殺人が行われ、神の使いがいる場所と言うのは、こんなものなのか。それとも――。慧は、そろり、と周囲を見回す。誰もいない。

 今しかない。

「四六二、四六二号室っと」

 部屋のプレートを見ながら、問題の部屋を探す。

「慧。あった……」

 先頭を歩いていた黎貴が、小さく声を上げて立ち止まった。そう、何の変哲も無いマンションの一室。脩一が、ふと思い出したように慧の方を向いた。

「そう言や、この部屋の鍵は?」

 何も考えずにここまで来てしまったが、鍵が無いと言う事は、相当にマズイ状況ではないだろうか。部屋に入れなければ大蛇を捕まえる事は出来ない。

 黎貴も脩一も、気付いて顔を蒼ざめさせた。しかし、慧だけはうろたえなかった。おもむろにコートのポケットに手を突っ込むと、銀色に光る歪な金属を掲げて見せたのだ。

「これ、何でしょう?」

 にんまりと微笑む慧。彼女の手に持つ物を見た瞬間、二人の顔に驚愕が走った。

「それは――!!」

「部屋の鍵…!?」

「ピンポーン♪」

 大正解~と、慧は、笑う。黎貴と脩一は知らなかったのだが、伯父の家から出る時、総一に渡されたのだ。

 慧は、歓喜のあまり縋りついてくる脩一を引っぺがして、部屋のドアに向かった。鍵穴に差し込もうと、近づけた、その時。

「―――った!」

 バチッと言う激しい静電気が流れた時のような音と共に、鍵は慧の手から弾かれて地面に落ちた。

「なに…?」

 もう一度、鍵を鍵穴に差し込もうとするが、結果は同じだった。試しに、ノブに手をやったが、それも弾かれる。

 何が起こったのだろう。訳が分からず、慧と脩一は、首を傾げるばかりだ。ふと、黎貴が、ポツリと呟いた。

「…結界……?」

「結界?」

 何でそんなものが、と言った所で、何にもなりはしない。しかし、結界が張ってあると言う事ではっきりした。

 この部屋には、確かに大蛇がいる。

 結界が張ってあったために大蛇は部屋の外には出られなかったのだ。その事は三人には好都合だったが、一体誰がこの部屋に太白を封じたのだろう。

 不意に、静寂を破るようにチーンと音がして、エレベータが開く気配がした。慧たちは我に返った。そして、慌てる。

 足音が近づいてくる。誰かが、来る。

 三人は、恐慌状態に陥った。今、誰かが来て咎められれば、全てが終わる。もう、このマンションに出入りする事も、叶わなくなるだろう。チャンスは、今しかないのに。

 しかし、考えれば考える程、身動きが取れなくなる。

 足音が、止まった。

 終わった、と思った三人にかけられたのは、妙に呑気な声だった。

「やっぱり、ここにいた」

 目の前に立っていたのは、先程別れたばかりの奇妙な慧のクラスメイトだった。文也はつかつかと歩み寄って来ると、にっこりと笑った。

「そろそろ困ってる頃じゃないかと思ってね。初仕事だし、戸惑う事もあるかと来たんだけど、正解だったね」

 現状を理解出来ていない慧たちをよそに、文也は、どんどん言い進んでいく。

「ちょっ…、岩井!?」

 慧に代わってドアの前に立った文也は「ん?」と振り返った。

「なぁに?」

 無邪気に、文也は微笑む。しかし、そんな笑顔で慧が騙される筈もなかった。にっこり笑ったって、邪魔するものはいない。

 これまでの不審な言動、まとめてキリキリ吐いてもらおうじゃないの!

「あんた、何者!? 私たちのナニを知ってるってのよ!?」

 慧は、詰問する。文也は、ここまで来たと言う事は、全てを明かすつもりだったのだろう。ケロッと答えた。

「…僕はね、実は全部知ってるんだ。黎貴君が黒龍だって事も、瀧沢先輩と倉橋さんが神仙だって事もね。僕も、君たちと似たようなものだもの」


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