【ここの――揺らいで、】
◆
夏の日。
蒸し暑い故郷でのこと。
打ち水をした庭に立つ祖母は言った。
「そうね。――――― 貴女が孤独に餓えないことを祈っているわ」
ぱちりと、祖母が手に持った鋏は庭に咲いていたアザミを断ち切った。
祈りでもなく、懇願でもなく。
ただ、…ただ一言。
優しくも厳しい人は告げた。
生命の賛歌を謳う蝉が木に隠れ、
緑濃い夏の木陰には忙しく働く虫たちがいた。
父母の墓参りのための花をしつらえながら、穏やかになってしまったその笑顔を浮かべる人が何を見ていたのかはわからないままだ。
およそ80年の祖母の人生が作り上げた魂が見つめる先を、その半ばも超えない若輩者に判る道理もない。
時は巡り、立場は変わり、世界が揺れて。
ここにいるのは私だけ。
◇
目の前を棒が横一線と化して通過していった。
それはもはや『薙ぎ』ではなく、『斬り』ではないかと竜族のリアディは心に思う。
竜族の身体能力は高い。
それは竜形種、龍形種、のいずれをもっても認識されている事実だ。
龍形種よりもやや物質的な意味においては弱いとされる龍形種の場合であったとしても、雲下の雷を受け流し、竜巻によって舞いあげられた数多の廃棄物の直撃をものともせぬのだから、それは当然の認識であると思う。
その優れた竜族の反射神経で突き出された棒の軌跡をかわしたリアディは先ほどから感じる身の奥の震えを善きことと感じた。
風が渡る緑の中で踏み出された、彼女の牙。
獣となって叫ぶといいのに。
――――彼女と出会ったそのときに、そう思った自分がいたことをようやく認識した。
風が斬られた。
土が舞って。
緑が揺らいだ。
――――――――― 水が歪んで、夜が瞬いて。
何かが落ちてきた。