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【や―――相対しましょうか】








「イヤだ」

 意志は否定された。

 間近に寄った顔はあいもかわらずの美しい顔。

 この異世界においての上位種である彼にとって、私の思いはつつぬけなのではないかと疑念を持ったのはいつのことだったろうか。

「…リアディ、さま?」

 掴まれた手首は痛かった。 

 あの日のように。

「俺は、おまえが欲しい」

 ゆっくりと言い聞かせるように彼は言った。


「おまえの意志などもう知らない。優しさも遠慮もしない。憎むなら憎め。恨むなら恨め。――――泣いてもいいから」



「 俺のそばにいろ 」




 熱は伝播していくのでしょうか。

 貴方の声が。言葉が。


 私のなかの熱情を呼び起こす。




「 ふざけないで 」


 ―――― 私のなかの、 怒り を 呼び起こす。















「ふざけないで」

 怒りの声は低く低く、腹の底から湧いて出ました。


「私の意思などもう知らぬと? どの口がそれを言うです! ――― わたしの意志がどこにあった。この世界で生きようとしたこと、それは私の意志でありました。たとえそれしか手段が残されていなかったのだとしても。―――春をひさぐわけでなく、知恵を生かして仕事を得られたこと、住処も衣服も食事も用意されたこと、それは確かに幸いだったでしょう。不自由はなかったでしょう。何一つ不足はなかったように思えたでしょう。―――けれど、私の選んだ道はここにはないのに。―――私の家族は、此処にいないのに」

 死すらも看とろうと決めていた家族がいない。――――私が背負うと決めていた、命が、ここにはないのに。

「………」

「人が落ちるのは世界が決めたこと。―――だから、誰にも言うつもりなどなかった。このような泣きごとなど。―――だって、そうでしょう。誰にそれを告げる意味がある。誰のせいでもないのに。誰の量り事でもないのに。罪など誰にもなかったのに!! ―――なのに、誰かを責めずにはおられぬほどに私が弱い。――――心が、弱い」

 ぽつり。

 ぽつりと歪んだ視界。

 うるんだ皮膜。

 ―――――――――ああ、嫌いだ。

 ……弱い自分が一番嫌い。――――涙で終わるだけの娘でなどいたくないのに。





 幼い私に武を修めることを望んだのは、おじい様だった。

『いいか。人は可能性を持った生き物だ。自由を求めながらも新しい制限をつけることで、更に質を高めることができることを体現してきた。―――― 今の自分を認めたうえで、その上を求め、渇望しろ』 

 そうすれば、きっとお前にも判る日がくる。

『……何がわかるの?』

 記憶の片隅。――中庭の一角で師と行った武の修練。

 拳の前へと視線を渡しながら、尋ねたのは幼いわたし。

 汗が首を伝う感触があった。

 腕の筋肉がぴりぴりと痛むような抜けるような感触も覚えているのに。



『――――                               』



 祖父の答だけが記憶のなかへ埋没している。

 あの日、確かに祖父は教えてくれた筈なのに。


 私が修めるべきことを。










 踏んだ。

 右の肢を強く踏み、生じた力を前へと送った。

「!」

 ぐいと持ち上げるようにリアディさまの肩を押しやり、準じて掴んだ腕をまわす。


「寄らないで。―――あなたが欲するものがどんな獣かを教えてあげましょうか?」








 涙は散った。

 風が吹いて、零れた筈の涙が何処へ行ったのかも誰もわかるまい。

 愛など要らぬ。

 恋など要らぬ。

 執着も尊敬もすべてすべて吹き飛ばして。


 ―――――― 私は、獣になるのです。





「ぞくぞくする。―――俺はお前が欲しいよ。 佳永 」


 熱さえも籠った声で、捕まえた男が喋った。


 「逃げるな、と俺は言ったのにな」

 ひどい女だ。


 そう囁いたブルーブラックの髪の男の頬笑みに、ここがなんの世界だったのかを思いだしました。


「――― 逃げる獲物がいるのなら、捕まえるのが獣の性だ」


 片腕を掴まれたままで、私をそのまま抑えようとした男の本性は、竜という名の【獣】。


「……捕食される気は、ありません」


 掴んだ棒を相対した獣に向けて構えた。




 ――――此処は【獣の世界】。









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