【ふた・み――― 職業 商人、 】
「セロ―」
おまえさあ、もうちょっと丁寧に梱包っていうか搬送してくれ?
目の前の緑の男にリアディは苦情を告げた。
眼前には、搬送してもらった割れ物商品。部分欠損あり幾つか含む。
搬送された漆器類の検品をしているところだった。
「えー。これ以上は無理だろ?」
着地んときの振動だきゃあ、どうしても限界あるよ。
リアディの元友人にして現仕事仲間のセリアロ。
お空を飛び隊飛竜組の初代メンバーの一人である彼は、現在いっぱしの竜族配達便の社長である。
身内(という名の姉)のぱしりに嫌気がさしたと言って、お空の旅という名の気分転換をしていた少年竜族が大きくなったものだと、行く先々の竜族のお客さまに呟かれるというのは酒の席でのセリアロの愚痴である。
「だが、折角の商品が欠けたら売り物にならん」
鹿の群れの職人さんが丁寧に作ってくれてる作品だぞ? もったいない。
割れ物注意の配達物の取り扱いについては昔からの思案どころだ。
何重にも紙で包んだり、おがくず入れたりなどの対処はしているが、まだまだ万全の方法とは言えない。
商人としての信念はリアディにもある。
良い品は、良い人へ。
【品に価を示し、皆に利を分配するのが商人の役割である】というのがリアディの信念だ。
「パイさんは相変わらずか?」
「ああ、相変わらずのリア充だったよ。絞め落としてきたわ」
「落とすなよ」
相手は仕事相手(職人)だぞ。
いい笑顔で「リア充〆てきた」とか抜かす友人の頭を叩きつつ、リアディは納品の数をチェックした。
後ろで控えているメイムにそれを手渡して、その商品の在庫管理を指示した。
「しばらくお待ちください。梱包しなおしますので」
無表情な人形のメイムが、会釈をしたあと荷を動かそうとしたところへ、部屋の扉が叩かれた。
顔を出したのは女性だった。
「失礼します。ご主人様、今日の日誌を持ってきまし……失礼、お執り込み中でしたか」
「かまわんぞ、入れ」
「あ、久しぶり―。カナ嬢!」
元気だったー?
「………おひさしぶりです、セリアロさま」
セリアロの姿を見て、一気に無表情になる佳永。
(相変わらずのちゃら男嫌いだな、佳永)
一抹の安心とともにリアディは二人の様子を見つめていた。
筋肉と武士に魅かれる竜族の落人である岩倉佳永は、ちゃらいのが苦手である。
初めてのセリアロ対面した日は、彼女曰くの癒し処たる仔蛇たちの保育室からなかなか戻ってこなかったことはリアディも知っている。
少年時代からの友人のためにフォローしておくなら、セリアロのちゃらっぷりは要領よしに通じるものなのだが。そして、根っこは十分竜族らしいというか…。(続きはあえて語るまい)
「いやあ、仕事で来たんだけどさ、まったこの【もったいない】ご主人様に怒られちゃったんだよ。慰めて?」
「消えろ」
放置して次の荷の確認をしていたら、ちゃら竜が人の女にすり寄っていたので、素直に蹴っておいた。
勿論、相手も慣れたもので適度に自分のダメージを受けないように攻撃を流したりしていたのだが。
「ひどい! ひどいよ、ボーイ! お兄さんは傷ついた!」
「じゃかましいわ、俺と同い年のぱしりがっ!! それ以上ぬかすなら、アリエルさまに粛清願うぞ」
「ごめんなちゃい、リアディたま」
だから告げ口やめて、ガチで。
セリアロの実姉の名を出したら、素直に謝ってきた。
いい年になった今でも、幼竜時代からの『姉』と書いて『君臨者』と読むアリエルには未だに弱いセリアロならではだ。便利。
好きな女には相変わらずの『へたれ』であるリアディでも、気心の知れた悪友になら『へたれ』は返上できるのである。
初めて、こんな二人の会話を見た佳永が不思議なものを見た顔で固まっていたのは、メイムの嘆き節とともに邸の住人全員にばれている。
そして、そんなメイムと佳永はじゃれあう二匹を無視して、今日の日誌についての引き継ぎをしている。どうやら、明日は彼女たちの『お仕事』が入っているらしい。
「明日の天気は、曇りだそうですよ」
「仕事のあとの飲み物は、温かいものをご用意しておいた方がよさそうですねー」
「甘酒でも作っておいてもらいましょうか」
着々と仕事の話を進める二人に、惑いはない。
どうせ、ただの悪友同士の言葉遊びなのはわかりきっている。
「それで一体何の話だったんですか?」
リアディの新事業である「ゑすて」の主人材である佳永の今日の日課は、講義だった。
彼女のサブとして就いている蛇族上位種のトールとレイヤを対象とした【ゑすて講座】は、約一名の脳筋族に時折知恵熱を強いつつも絶賛開催中だ。何度かリアディも参加したが結構面白かった。
(そして、エンさまの創ったフィギアを絶賛しているとある猿族の上位種に竜体模型の依頼をした。趣味らしい)
「いえ、例の竜族宅配便の仕事の話ですよ」
「ああ、あの…」
壮大な人材の無駄遣いといわれるあれ。
メイムの説明に微妙な顔で理解する佳永。
空を飛び隊のメンバーによる社会奉仕は、流通という形で現れた。
当初は、リアディの仕事の手伝い程度のレベルが、各地の目ざとい商人たちによって愛用されるようになり、馬族のそれとは別の意味での町の便利な宅配便屋になっている。
惜しむべきは、大雑把すぎる隊員の性格が郵便事故を稀に起こしたりすることと、身体が大きい竜体が着陸する場所のない密集地帯にはお届け出来ないことだ。
『空のスピード狂に割れ物を扱わせるな』という暗黙の標語が利用する商人たちのあいだで琉行った過去もあった。(梱包方法の工夫などの営業努力によって、利用する者は増えてきたが)
「まだ、搬送による欠損がありまして」
頭が痛いところなんですよ。
目の前の二匹の悪友たちを放置したまま、佳永の疑問にメイムが説明して見せた。
目の前には、鹿の群れの職人であるパイサフの作品である漆器の数々。
木を削った後に防水と黴予防に漆を何度か塗って乾かした良品は、哀しいことに幾つかの皹を入れていた。
木目の美しさと肌触りが好まれる椀ものなだけに、実に惜しい。
この皹があるばかりに10分の一以下に買い叩かれてしまうのだろう。
「…もう一度、漆を塗りなおしてもらうわけにはいかないのですか?」
「は?」
手渡された椀を光に翳しながら、彼女が言った。
その発言に耳を疑ったのは室内の他の人間。悪友たちもぴたりと戯れを止めて、話の続きを無言で促した。
「漆のいいところは、何度でも塗り直すことができることでしょう? この皹をもとに装飾を施して、その上に固定のための漆を塗れば、もう一度新しい作品になるのではないのですか?」
古式ゆかしい和食を毎日食していた佳永としては、漆の作品がどれほど便のいいものかということは理解している。
プラスチックなどとは違い、熱湯を入れると融けるなどの高温に対する弱点があるものの、それでも塗り直すことで世代を超えて使用できる漆の素晴らしさは祖母から教えられていた。
「………ご主人さま。欠損した器で試作して頂けるように、パイサフさまに打診してよろしいですか?」
「…今までの欠損品がまだ倉庫にあったはずだ。ウルティカに云って寄せてもらっておいてくれ」
ある種の呆れた表情で、リアディとメイムが話していた。
「あと。―― 箱に詰めるときはあまり空間をつくらないように。必要なら専用の箱を作った方が長期的には得だと思いますよ」
一応、一定期間の契約をしていらっしゃるのでしょう? ついでに、その箱も納品数に合わせて計測して作ると尚、便はいいと思いますけど。
佳永のなんとなく告げた言葉で、話は決まった。
男の視線はたまに大雑把すぎて損をするのかもしれませんね、と依頼書を作成しながらメイムがあとで呟いたとか云う話だ。