【ひと・ここの―――語らい、】
「…憎まれているかとおもっていましたよ」
何の役にも立てない竜の長だと思われているだろうと。
白い部屋で、竜の長が呟いた。
思い出す素振りで宙を眺めた長は、それでも視線を合わせて少年を見つめ返した。
「―― 今回、キミを竜の里に招聘したのはいくつもの事由がありました」
一つ目は、その稀な属性の把握。
竜の属性は、ときに過ちを呼びます。ゆえに、その力を把握するは長としてのわたしの務め。
二つ目は、貴方自身の適性の把握。
属性が重なることは時折、心身の狂いを生じます。故に、制御の基盤となるその人格を量る必要がありました。
そして、三つ目は。―― 貴方の存在の確認。
「?」
「あなたには、焦がれる存在がありますか?」
意味のわからぬバランの問いに、答えを惑う少年が一人。
「生まれた瞬間から、否、生まれる前から焦がれる存在がありますか?」
それは世界を代償にするような。
それは世界の代替になるような。
焦がれる存在。
( ―――― 己の欠損を貴方は自覚できますか? )
バランの問いに、少年は応える。
「いない。―――― 少なくとも、いまは家族がいるから」
だから、俺には代替も代償も欠損も存在はしない。
全てが既に満たされていると告げた少年の顔は、幸福そうだった。
オネムリ。
「?」
「……」
オネムリ。―――チガウモノ。
ぴんと張られた糸を震わせたような声がした。
高く低く、この白い部屋に巣食ったような、部屋に籠もるなにかの声が。
「―― なにかいいました…か? バランさ、」
「おやすみ、少年。どうやら君は違ったらしい」
それは、きみたち大蛇一家にとっては幸いだけれども。
突然の眠気に襲われた彼に、竜族の長は声をかけた。
リアディを襲う眠気は急激に拡大し、彼を夢のなかへと誘う。
御眠り、望む方とは違う者。そなたは、―――に相応しくない。
「ヨーコ…さん?」
ファンリー、さま?
「………」
ぐるりと回った意識の中で、彼は一人の女性の姿を垣間見た。
その姿は彼の記憶には残らなかったけれども、なにか幸せな気持ちだけが竜の心に生じていた。
『……かあ、さま?』
声にならない声は、もはや聞く者は居らず。
眠りが少年の意識を浚っていった。
「かあさま、ですか。―――なかなかのマザコンなのでしょうかね?」
とさりと眠りの闇に落ちた少年の身体を抱えたバランは、おかしげに呟いた。
通常運営の腹黒性格が発揮できるのであれば、間違うことなく今の一件は少年リアディの黒歴史として無情な長の悪戯ネタとして使用される筈だったのだが。
(…まあ、間違ってはないのでネタにはできませんね)
相手が相手なため、趣味の弱点ネタとしては没とされることになった。
なにしろ、ある意味、全竜族の母のような存在だから。
「…また、か。」
以前も違っておったぞ。バラン。
「申し訳ありません」
竜族の禁足地の真の意味での主に頭を下げた。
今回こそは彼女の探す存在かと、複属性竜の誕生に伴って打診をかけたのはバラン自身だ。
2属性ならぬ3属性。
よもやと思ったことを後悔する気はない。
むしろ、彼女の望む存在であった場合に報せが出来ていなかったときの事の方が怖ろしいので、ニアミスは覚悟の上だ。
「よい。―― 眠りが浅くなってきている。彼の方も近く顕れなさろう」
バランどもには、より意識して知らせてもらわねば困るしの。
「御意」
半蛇体の彼女は、再び城の部屋の中で眠りについた。
近い未来におとずれるだろう、彼女の主が見つかる日を待って。
「おやすみなさいませ、守護者どの」
胸から上は女性の姿、肩から先には真っ赤なコウモリの二翼が生じ、腰から下は緑の鱗の二本脚がついた蛇体。
麗しい貴婦人のようなその顔の眉間には、死の闇さえも見渡せるというガーネットが嵌めこんである。
白い部屋の中で眠りについている 彼女の名は『ヴィーヴル』。
彼女のことを、『竜の宝の守護者』とバランたちは呼ぶ。