【ひと・や―――感謝して、】
「エン。―――そなたは莫迦じゃな」
その人の言葉は、いつでもエンさまに反論を赦さなかった。
蛇族の最古の群れである蛇の里の長は、エンさまへの感情を包み隠さない。
いつでも彼女は上から目線だ。
「ちょ、まっ!!」
「それでは、長様。この子は私たちの家族にさせていただきますね」
このお礼に、今度わたしの畑で作ったお野菜送ります~。
「ヨーコ…」
ああ、もうお願い。もう少し空気を読んでちょうだいな。
その光景は、たぶん卵の中から視ていたリアディにとってですら忘れられない思い出になっていたりするのである。
だって、あんな迷走っぷり忘れられるはずがない。
「その節はお世話になりました」
ぺこり。
泣きやんで数分後、城へ訪れる途中の空の旅で竜族の長様にお会いしたらお礼をいわなくちゃなと思っていたことを思い出したリアディは改めてお辞儀をした。
「おや? なんのことかな?」
一生懸命、涙をこらえたリアディお少年。
一生懸命泣いてるリアディをあやしつつ、密かにいじり具合の調整を確認していた罵爛一名。(罵倒語系当て字【名詞】)
一息ついた後で、ようやくのお礼を言ったリアディ少年に、つい今後の悪戯計画を脳内プロデュース中だった罵爛にはなんのことか頭に浮かんではいなかったようだ。
「…僕が生まれるまえのことです」
「ああ、あのことか」
「おかげで、とても大切な家族ができました」
彼は心から感謝した。
彼が今の家族たちと共にいるのは必然であるとともに、結果であったからだ。
森で拾われた竜卵は、大蛇夫妻が拾った。
拾われた竜卵は生きていて、森に満ちていた力を既に収めていた。
報せを受けた竜の一族は親を探したが見つからず、まだ子の居なかった夫妻はその卵を我が子へと望んだ。
種族など関係ないのだ、と彼女は言った。
落人が一人、大蛇が一人、竜が一人。――― たとえ、種族が違っても家族にはなれるでしょうと、母は言った。
その言葉に喜んだのはその配偶者であったし、たぶん卵の中でそれを聞いていた彼でもあった。
複雑な感情を竜族に抱いている蛇の里の長はそれに反対した。
家族など無意味だ、と。
「ガラ!…っさま」
苦みを帯びた声で、大蛇の男は長を呼んだ。
「おや。どこぞの大蛇が吾の名を呼ぼうとしたようだが。――― エン、貴様にその権利はない」
蛇の里の長は女性である。
艶美な人形を魅せて、長は告げた。
「竜には竜の、蛇には蛇の枠がある。―――― 大蛇もまた、蛇の枠」
貴様には吾が躾がまだ行き届いてはおらなんだか。
「たとえ、そなたと吾が従兄妹であったとしても、この里を維持し保つは吾が定めにして務め」
貴様に吾の命を反すことはできぬ。
「………」
沈黙はどれほど続いたものか。
次の言葉が降りるまでの時間は、ひどく長く感じられたことは事実。
「では、私ではどうかな? 蛇の里長どの」
竜の願いを、蛇の里は訊いてはくださらぬのか?
龍の友人を伴って現れたのが―――竜の長、バランだった。
その後の語らいは混沌としていたし、交渉は成り立ちはしなかった。
それでも、あの日、竜の長が現れて蛇の里長に願い、大蛇の夫婦へと自らその卵の育成を頼んだという事実がなかったら、彼が家族を得ることは出来たのかと問われたら否だ。
「よかろう。――― それでは、条件をつけよう」
代償に。
「 代償に、おまえの子供をいつか貰うよ、エン 」
たとえ、その結果がどうなったとしても、彼はいまの家族とともにいられたことを幸せだと思っているから。
感謝している。