【ひと・いつ―――慈しむ、】
「――どうするべきか」
心の汗を垂らしつつ、少年リアディはあたりを見回した。
時刻は夜の内。
彼がさまよっているのは竜族の城の内部だ。
そう、まちがいなく彼は迷子だ。
寝が足りてしまった少年がちょっとばかりの記憶をたよりに部屋を出たのは一時ばかりまえのこと。
迷子になるほどの広さでもなく複雑さも感じなかったはずの城は、夜の内は袋小路に変化するらしい。
「まさかの、迷子。――――とうとう、エンさまの方向音痴が俺にもうつったのか」
やばい。
養い親(男親)に種族的迷子な蛇族のエンをもつ彼は呟いた。
帰巣本能を放棄した一族と呼ばれる蛇族はフリーダム故に迷子である。迷子になっても迷子とみとめないとかそういうことではなく、迷子になっても迷子でいいかと簡単に受け入れるその性質をもってして、彼等は「帰巣本能を」「放棄した」と称される所以がある。
「どうしよう」
このときの少年リアディは本気で焦っていた。
なにしろ、彼の家族はその方向音痴が約3名いるのである。エンは仕方ないとして、弟と妹が大問題。
幸い、弟のメイムはお兄ちゃん大好きっ子なので、多少の方向音痴があっても近くに兄がいるかぎり日常生活に支障はきさない。(無口ながらもメイムは確実にブラコンである)
しかし、妹のマリアムは違う。
彼女はまだ幼いながらも見事な蛇族の典型をいっている。美味しいもの大好きでもある彼女はちょっとでも美味しそうな匂いを嗅ぎつけるとふらふらと寄っていっては迷子になる。
いつだったか、木の実を求めて枝の先にぶら下がり風に玩ばれていた姿はリアディの記憶に新しい。
【おにいちゃーん。これおいしいよー】
「マリアム―!!!! 無事か!」
まぐまぐと顔貌が変形するくらいの勢いで木の実をほおばった妹は、真っ青な顔で保護に走ったエンさまとリアディに笑顔で笑ったものだ。
エンさまの迷子性質とヨーコさんの食への執着心、ついでにいうなら本能への忠実さ。
そんなマリアムの将来をいまから本気でリアディは心配している。
大蛇一家のなか、帰巣本能を維持しているのは現状リアディとヨーコのみだ。
「―――無事かなあ、みんな」
置いてきた家族が心配な彼は、間違いない大蛇一家の長兄である。
頼みの綱はファンリーさまが派遣してくださった従者の方々だけだ。ぶっちゃけ、本気で家族を頼みますと祈りあげてきたのは伊達ではないのだ。
迷子の現状を棚に上げたそんな彼に、別の方角からお声がかかった。
「迷子くん発見、で~す」
ぼくの勝ちですね、チェイサさま。
「ぬ。―――このワシが負けるとは」
なかなかやりますな。クロムさま。
「…………………どうも。こんばんは、です」
暗闇のなかでも見える竜族の視界のなかでは、美青年の赤毛の男と、その男に肩車されている竜族の長の息子がいたりした。
――――仲よろしいんですね、貴方がた。
「冒険。…しませんか?」
笑顔ですすめてくる相手の名を、クロム・バランというらしい。
名前の【バラン】が示す通り、竜族の次期長らしい。
「ほほう、冒険。心躍りますなあ」
したり顔で頷いているのが竜族の老中の一人、チェイサさまとかいうらしい。
若い割には動きが爺くさいのは、元々の性格らしい。
「かえらせてください」
危険察知センサーがぴこぴこ動いてる気がするんです。
見えない危険を察知した少年リアディの反応はスル―する流れであったらしい。
―――― 理不尽だ。