【ひと・み―――眩み、】
竜族のリアディは卵から生まれた。
始まりの場所は、蛇の里の人里離れた森の中。
親と呼ぶにはもう縁遠くなった存在が産み落としたその場所には、土の慈愛と樹の恵みと、水の憂いがあった。
「………これは、また」
「ふむ。――まだ、このような場所がのこっとったか」
踏みしめればふかふかの黒色土の上には、まあるくついた卵の跡が残っていた。
竜配達便の《速達便》を使って、竜族の大身の一人のファンリーのもとへ友からの手紙が来たのは昨日の事。
あら珍しい、とその身を起こして受け取った手紙には一言。
【ヨーコが、ヨーコが、ヨーコがあああああああ】
最後の文字は涙で滲んでいた。
「…………」
沈黙のあとでベルを鳴らして。
優雅に朝食を摂取した後で、「数日留守にするわ」と言いつけて、空に舞ったのはお約束。
―――ヨーコは今度はどんなトラブルを巻き起こしたのかしらと、心で何度事前に予測をつけても裏切られることしかない心の防壁を築きながら、友たちの自宅へと龍形種の娘は宙を急いだ。
そうそう。
蛇足ながらに付け加えると、エンからの【ヨーコが!】お手紙を、ファンリーは【非常事態宣言】と呼んでいる。
―――― そのまんまだねとエンから納得を示される日は、たぶん近い。
「で、何がありましたの」
「なにもないよ―」
「………」
【………】
【ファンリーお姉さん、いらっちゃい】
開口一番、尋ねたらにこにこ笑顔でヨーコが返答した。
沈黙してるのは、長子のリアディと次子のメイムだ。
可愛く挨拶したのは、大蛇一家の最後の良心というか癒しのマリアムである。
そして、ファンリーをお姉さん呼びするようにチョウキョウ…もとい、保身…もとい、………………きょ、…教、育?………したのは、…大蛇のパピーだ。落人のマミ―にはそんな気の利かせ方という小技は存在しない。
「…エンさまは?」
「エンはいま休眠中。――なんだかしらないけど、ファンリーへのお手紙を出した後、いきなり気を喪ったの」
どうして、あんなに気が弱いのかしらね~。不思議。
「………」
「………」
【………】
【………マミ―、パピーきらいなのー?】
「うーうん、大好きよー」
エンもリアディくんもメイムくんもマリアムもねー!
【マリアムもマミ―大好き―!】
きゃっきゃっきゃっきゃ。
バックに花が咲いていた。
大蛇一家の女性陣にはそういう機能が付いているかのようだ。
そんな二人を眺めたのち。
沈黙を守る二人の男性陣|(未成年)をぐわしと捕まえた美貌の龍形種ファンリーさまは。
【―――― 叩き起こしてらっしゃいな】
凄艶とも形容できそうな怒りの笑みで、下知を下した。
女王さまと呼びたい部下の気持ちがよくわかると、後年のエンがよく呟いていたものだ。
「………ああ」
深いため息とともに、水を大げさにぶちまけられ、お肌に小さな蛇族ちゃんの咬み後を残したエンを前にして、ファンリーは呟いた。
「―――――――――――― また、トラブルですのね」
すいません。
土下座したエンの姿はそう告げていた。
…眩暈が、する。