【ひと・ひと――不去《さらず》、】
後見人はファンリーさまで。
竜族のリアディが選んだ職種は商人だった。
「ふむ。――― つまらんな」
【ご主人さま。どうかいたしましたか?】
「……いや。もう、あれから15年かと思っただけだ」
【……?】
「…なんでもない」
不思議そうに鎌首を傾けたのは、保護下にある蛇族の一人。
父母の影響か異端の故か、リアディの邸にいるのは同族である竜族ではなく、蛇族のものばかりだ。
成人した部下しかり自然に集ったちいさきものたち然り。
彼の周囲には懐かしい人が焦がれたように、鱗きらめかせた土の上の生き物たちだけだ。
山の中を涼みながら帰る道すがら、ふと天を仰いだ。
空。
――――― あの人たちを送ったのは黒い夜空に赤が散ったその日。
「よし。なかなかいい手つきよ、リアディ」
「ありがとう、ヨーコさん」
「…お駄賃目当てでも、いまだにミミズに怯えるエンよりも農夫にむいてるわ」
黒髪を後ろで結んだヨーコさんはそう言い切った。
汗ふき兼用日除けのタオルを首にかけて、弁当と水筒とともに日陰で座っているエンさまに三角になった眼で睨みつける彼女は立派な農婦であった。
(…長いものにはまかれろっていうしな)
育成中の夏野菜の茎に添え木を連れ添わせるリアディの手はマイペースに進んでいる。
「メイムとマリアムはまだ外気に触れさせるには早いですからね。エンさまには二人を見ていてもらわないと」
俺の弟妹が無事に体温調整が出来るようになるまではさ。
メイムとマリアムはまだまだ小さき者と呼ばれる幼生体のみ。兄であるメイムですらとぐろを巻くことも出来ないほどの小ささなのだし。
「~~~~んんん、可愛いわリアディ! そうね、お兄ちゃんだものね! 弟妹は護ってあげなくちゃね!」
がしっと抱き寄せられた。
おかしい、どこが彼女の地雷に触れたんだろう。
無言で抱きしめられつつも自分の言動を振り返る少年だったが、所詮落人であり女性であり、なにより義母であるヨーコの言動を把握することなど一朝一夕で出来るわけがない。
エンやファンリーあたりなら、なんとなくで把握に至れる心境にまでそろそろ到達していそうだが。
とにかく。
「……ヨーコさん。……添え木と茎が折れましたが」
手にしていた玉蜀黍の若木には力強く生き延びていただきたいと思う。
今夏の我が家の食卓のために。
一人で来なさいと言われたものの。
竜とはいえども齢7つのしがない少年がどうすれば、蛇の里の奥深くから、更に奥深い竜族の群れの生息地にこれるというのか。
ましてや、城などという場所には聞いたことはあっても訪ねたことはない。
どうしようとも、大人の介添えが必要である。
という流れをくんだイイ子は、父母の友であるファンリー女王(ちなみにこの呼称は大蛇一家限定のものである。他のものがこれを呟いた場合、確実に一族総員夜逃げものだ)に付き添いしてもらえばいいんじゃないのかなどとは簡単に考えていたのだが、どうやらそれでは不足であったらしい。
「はいはいはい! 母子そろっての竜宮訪問を希望します!」
「……ヨーコ」
「……ヨーコさん」
竜の城は竜宮城ちがうよ、マミー。
真顔で呟いたのは、冷静が売りの筈の弟だ。
でも、たぶん普段使わない妹限定幼児単語「マミー」が発せられたあたり弟の混乱も素晴らしい模様。
「ヨーコさん、畑の水やりどうするつもりで?」
「エンにさせるに決まってない?」
俺が述べた問いに、母がいい笑顔で答えた。
インドアな父は、いまごろ薄暗い自室でインドアの名にふさわしい白肌で模型作りに勤しんでいるはずだが。
……まあ、最低限程度の畑の世話は、それこそリアディが養子になる前からヨーコさんに叩き込まれて来てたはずなので問題はあるまい。
「――エンさまに一年分の食材(育成中)を任せるヨーコさんが一番こわいです」
「父親の尊厳というものを子供たちに理解してもらうためにも、ここはがんばってもらわなくちゃね」
エンには。
笑顔で述べる母の顔が、妻としての家庭への危機感に満ちあふれていたことは言うまでもない。