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【ひと――愛し、】  

こちらは、「動物の世界にとりっぷ!」作品たちと同じ世界観のもとで、書かれています。詳しくは、まとめサイトさま(http://www22.atwiki.jp/animaltrip/pages/1.html)へどうぞ。


 *蛇の描写について嫌悪を抱かれる方は見ないほうがよいかもしれません。

 *また新しい竜族限定設定が生じています。ご了承ください。 

 *今回に限って連載扱いになっています。それでもよろしければご賞味ください。



 以上に了解された方から、スクロールどうぞ!





 拝啓 我が愛する師よ




 健やかにお過ごしでございましょうか。

 我が身に起きた出来事を振り返るにつれて、なんと遠い場所へ落ちたものかと切に思います。

 故郷を離れて、もはや二年も近づこうというこの日。

 私は己の中の答を選びました。


 もはや迷わぬと断言することが出来るのなら、いかにこの世は優しいものであったことでしょうか。

 師に言われたように私は愚かにして惑するを好む性質であるようですから、――きっとこれから先も迷い、疲れ、溺するのでしょう。

 けれど、それも私であるのだと知った今、私は今の己の答えを選択します。

 己を慰撫するためだけに書き連ねてきた、この書とも封ともわからぬ行き先知れずの手紙を封印します。

 それが今の私が選んだ答です。

 いつかそれを愚かと思うのか善しと思うのかはわかりませんが、いまはただこの選択が未来の私にとっての最良となる選択であることを望むばかりです。


 叶うのであれば遠い未来。

 貴方と私の答が巡り、再び出会う縁があることを祈るばかりです。



 最後に。

 伝えられなかった一言をもって、結びとさせてください。


 ―――――――父母を失くした5歳からの25年の年月、愛して下さりありがとうございました。



 できることなら、貴方の前でそう伝えたかった。

 私から貴方への最後の言葉です。


                                  敬具



 帰れぬ故郷に生きる貴方へ                        岩倉 佳永









       ◇




 祖母が亡くなったのは春の半ばの頃だった。

 祖父は町内会の旅行に出ていて、家には私と祖母しかいなかった。

「もう春ねえ」

「そうですね、おばあさま」

 もう、春ですよ。

 庭の桜の幹が赤みを帯びてきていて、春の開花を待つようなそんな季節だと実感させてくれる季節。

 陽に当たる場所は暖かくても、陰の場所はまだ寒い。

 気候の不安定さが祖母の身体の調子を崩していた。

「風邪ぎみなのかしらねえ」

 祖父母で出かける予定だったが、大事をとって祖母は旅行をとりやめた。祖父もそれをうけて止めようかとしたようだったが、笑顔の祖母はお土産話を期待してますよとそう言って、祖父の旅立ちを見届けた。

 近医のかかりつけの医者に処方してもらった風邪薬を呑んで眠りに着いた祖母は、もう目覚めることはなかった。

 旅行先から返ってきた祖父は、ただ茫然とその知らせを聞いていた。

『宗吾さん』

 いつでもそんなふうに祖父を呼ぶ彼女は、祖父の伴侶だったからだ。

 彼女だなんだとかいいながら、結局のところあれはただの親衛隊だ。――たとえば、夫を失くして困っていた無職の女性だとか、家出してきた少女だとか、そんな女性たちを「彼女」だと呼んで保護していただけの話。

 そんな彼女たちも、気分の上では父親や祖父を思うような程度でお世話をしていたにすぎない。

 祖父が一番愛している女性が誰かということもわからないような女性は、一人も居はしなかった。

「…おばあさま」

 喪服を着て遺族の列に並んで、ふと思った。

 祖父はいつまで生きていてくれるのだろうかと。

 思ってから、怖ろしくなった。

 祖母の形身を整頓しながら、家族がひとりだけになったことを理解した。

 いつまで生きてくれるのだろう。

 いつまで見守ってくれるのだろう。

 いつまで健康で居てくれるのだろう。

 憎まれ口を叩きながら、元気に反論してきてくれる姿に安堵していた。

 最後まで、祖父を看取る。

 それは既に、私の中の決定事項だった。

「…歪んだ愛よね」

「……そうか?」

 呆れた表情で私のことをそう表現した友人もいたけれど。

 でも、それが私の家族愛のかたちであったのだから、仕方ないじゃないか。

 

 武道館での修身を過ごしながら、私の日々はそうやって廻っていた。


 あの日、知らぬ間に落ちた世界の穴を通るまでは。










    ◆◇




「今日はお仕事はお休みにしましょうか」

「…え?」

 バランさま?

 私の現在の上司である竜族の長、バランがそう言ったのは書類仕事用の墨も用意していないような、そんな仕事前の時刻でした。

「今日の佳永くんのお仕事はお休みです」

 これは大老であるチェイサどのやファンリーどの、それから我が妻ミランダも承認したお休みです。

「お休み?」

「佳永くんの普段のお仕事のおかげさまで一日やそこらの仕事休みがあっても問題ない程度には仕事は順調にはけていますから」

 ですから、今日は僕も貴女もお休みです。 

 微笑んだバランさまが何を言っているのか私にはよく分かりませんでした。

「――― 貴女が今日すべきことはたった一つですよ。佳永くん」

 ぱたりと長さまが裏返したのは、届いた長への文を仕分ける籠でした。

 いつもの私のお仕事は、その伏せられた籠に届けられた文を仕分けて、長に其の返事を書かせることでした。

 なのに。

「もう、お仕事はおしまいです。――― 貴女の逃げ場所はもうありませんよ、『佳永』…さん」

 貴女の答えを探してください。

 生きるための役割も、糊口を満たすための報酬も、―――竜族に落ちし人である貴女には、最初から与えられることは決まっていたのですから。


 ―――― あとは、貴女が選ぶだけです。


 貴女が寄り添う世界を選ぶだけです。





「バラン、さま」


 零れた言葉は、――― 意味をなさない。








「佳永くん。 ―――――― 貴女は、この世界がお嫌いですか? 」






 世界を愛する竜族の長は穏やかに笑みながら、落ちてきた人―――『岩倉佳永』 に問うた。














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