八:まおうさま、当主と話す。
女の子が番犬見習いから動物視点の人間生活の基盤となる知識を手に入れた後、元々あったソファと自らの魔力で作ったソファを繋げてごろごろしていたらドアを叩く音がした。
「ジュリオルスだ。入るぞ」
先の番犬見習いとのリンクで「待て」や「攻撃」「伏せ」などの言葉の意味を知った女の子だったが、日常会話は未だに未知の分野だ。
そんな人間としての言葉を覚えていない女の子には不要の挨拶だったが、屋敷にいる人間は必ず女の子に一声かけると言う規則が出来た。
一日でも早く言葉を覚えてもらおうと言う大人達の判断の為、家の人間ではないにもかかわらずメイドやフットマンは必ず女の子に頭を下げて挨拶をする。
女の子から返事は来る筈も無いので、ジュリオは堂々と部屋に入り、絶句した。
家具が一式、ヘタしたら三つくらい増えているのである。此処にある家具は女の子が誤って壊しても大丈夫なように、価値の低い物を揃えた。しかしそれは貴族からの視点であり、十分な貯蓄が出来る程度の平民の家にある家具よりはお高い物だ。
それに時代遅れな家具と云ってもいい。今は透かしの彫られた家具が人気だが、女の子に与えられた物は二世代くらい前の直線の木材に模様が彫られた割とガッチリした家具だ。
そういった点では買い取屋に持っていくと安くなるだろうが、それでも地方の農村などの家では買えないような、職人が丹精込めて作った家具だ。
それが、増えている。
それもセットで作ったんですよとは云えぬ、小さな傷まで再現されたそっくりな家具がだ。
しかも床を見てみると部屋には無かったアイオライトの原石がごろごろと転がっている。大きさも質も十分で、ひとつでも売ればコレだけで四人家族が切り詰めれば二カ月はもつだろう。
妹のリシューや末子のジャンがこの女の子の事になると常識は通用しないと散々言っていたが、まさにその通り。ジュリオは真面目に働いているのが馬鹿らしくなる瞬間を目の当たりにした。
しかしそんな事を思っても話は進まない。元々話をしに来たのに未だ扉を開けて突っ立っているだけだ。
我に返ったジュリオは部屋の状況を意図的に頭から切り離して女の子に向かい意思疎通のスクロールを開いた。
そのスクロールには解りやすく一言、「母親発見」と書かれていた。
親捜しはジャンとオディロット爺の仕事だったのだが、国王に取り次いだ時に冒険者としての肩書と保護した張本人であるジャンジャックを呼べとの通達があったので、ジャンは父と一緒に都城している。
その為に意思疎通の難しい女の子の所に来たジュリオは、くっつけられたソファでごろごろしながらキョトンとしている女の子を見て小さくため息をこぼした。
意思疎通のスクロールは本来、言語の違う人々が使うための道具であり、決して言葉を知らない子供に使う物では無い。
しかし単語に思いを乗せて書き込めば、ある程度の子供には通じる事が判明して以来、紋章入れ職人が時たま子供用に描き入れる事があった。
今回も同じような手段で女の子に母親が見つかったと言うのをなんとか伝える事が出来た次第である。
本当はレイラインが繋がっているジャンが伝えるのが一番早いのだが、ジャンは国家中枢に父と出向いているためにジュリオが女の子の所に来たのだ。
女の子にとってシークウェス家にいる人間は『良いヤツ』であるジャンの付属品みたいな者で、大まかに別けると『なよっちいけど何か良いヤツ等』で一括りにされてしまう存在である。
そんな一括りにされてしまう存在の当主は、妹のリシューのようなオラクルは持って居ないので危険時に即離脱出来る腕輪を付けてやって来た。相変わらず女の子は八つ星クラスのモンスターと扱いが一緒である。
そんな危険を冒しつつも、ジュリオは女の子に母親の概念を教えた。
時々魔法での波で相槌を打っているので、とりあえず産みの親が居ると言う事は理解したようだ。それに対しジュリオはホッと一息ついた。
「とりあえず、お前の母親は爺が今引き抜きをしている。娼婦らしいからな。未だ現役とは恐れ入るが、客としては呼べん。伝わらないだろうが伝えたからな」
そう言ってジュリオは明日にでも来る予定のリシューに向けて母親の情報を含めた置き手紙を二個に増えてしまった机の端に置いた。
手紙には美しい文字で『リアシュタインに向けて』と書かれている。
その横にもう一枚、割と乱雑な文字で『ライハイマー宛』と書かれた封筒を無造作に置いた。
そして最後に机の上に置いた物を触らないように、と云う説明が籠められた意思疎通のスクロールを女の子に使い、改めて一息ついたジュリオは女の子の頭をポンポンと撫でてから部屋を後にした。