六:リシューとライハイマー。
エンペラーホッグの召喚のせいでオラクルを一時的に失ったリシューは一週間ほど女の子に会う事は許されなかった。
目の前に天災なんぞが居たら三回の回避は出来ても確実に四回目がやってくる。生き残る方がおかしい。
そんな事があったものの女の子は素直にエンペラーホッグを消しさってくれたし、今のところコミュニケーションも不足は無い。
レイラインで繋がっているのはジャンだけであるが、女の子は人の表情を見るのが得意なようで、「あー」と「うー」だけで今のところ会話が成立している。
どうやら記憶力と頭の回転も悪くないようで、喋ろうとはしないものの此方が何を云っているのか、徐々に理解して行っているようだ。
それもこれも最初に殺した竜を吸収したが為に人間よりも大きな頭脳を持っているにに等しい。解りやすく言えばスーパーコンピュータと脳を直接繋いで生きているようなものだからなせる業であるが、それを知る者は此処には居ない。
その理解力を見出したリシューはオラクルが回復するまで会えない間、庶民に普及している藁半紙を纏めて単語帳や簡単な日常会話、歌の歌詞などを大きく解りやすいように書いていった。
それから自分達も昔読んでいた絵本を取り出し、持ち運びしやすいように先程の藁半紙と共に軽量バックに入れる。
普通の旅人は旅をする為に傭兵団に入ったり総合組合から冒険者ギルドへ流れたりする。その時に安い小袋を買ったり貰ったりして旅の道具を持ち運ぶ。
この袋には縮小拡大の魔法が籠められており、入れる時は小さく、取り出す時は元の大きさに戻ると言う、持ち運びに大変便利なマジックアイテムだ。
稀に部屋の片づけが出来ない者が大量に所持している場合がある。幾ら小さくなると云っても限度があるからだ。
当然袋より大きなバックにその魔法が籠められて居れば入る量も増える。だがその分魔法も複雑になるので高額になるのだが、侯爵家に属する者ともなると家族全員が二個ずつ持つくらいには予備がある。
「とりあえず、このくらいかしら?」
リシューはそう言って旅支度でも終えたかのようにバックを置き、一息ついた。椅子に座ると同時に側仕えとして開いたドアの近くに立って居たメイドがお茶の準備をする。
「ねぇライハイマー、近いうちに吟遊詩人を呼びたいの。リツァにお歌と物語を教えるためよ」
不意にライハイマーと呼ばれたメイドは淀み無い動作でお茶を入れつつリシューに顔を向けた。
「了解しましたお嬢さま。リツァに対して危険回避出来そうな吟遊詩人をリストアップしておきます」
ゴールデンルールに則ったお茶をリシューに出して、リシューが望む答えを示す。ライハイマーはリシューの為に王城にまで赴き経験を積んだ、対外的にはどこに出しても恥ずかしく無いメイドだ。
少なくとも、リシューを筆頭にシークウェス家ではその様な扱いになっている。
事実、王宮筆頭女官などは涙してライハイマーをシークウェス家に戻した位だから、ライハイマーの腕の良さは推して知るべし。
「お願いね。明日の午後までにはオラクルも復活すると思うから、午後になったら離れに向かうわ」
「イェス、マイレディ」
まるで王に向かうかのように恭しく頭を下げて、ライハイマーはお茶のお代わりを入れた。