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五:まおうさま、召喚する。

 ジャンをはじめとするシークウェス家の者が情報のやり取りで働いている間、女の子は長女であるリアシュタイン・ミ・シークウェスに預けられた。五男三女の兄妹の上から二人目であるリシューは、子守りには慣れたものであった。

本来ならばあやと呼ばれるメイド長に預けるはずだったが、神々からの贈り物と云う意味を持つ『オラクル』を授かっているリシューが適役だと判断されたのだ。


 オラクルとは神々が贈り物と称する神託である。実際に神が居る訳では無く、精霊や神話の意志などの肉体を持たない生命体を総称して神と呼んでいる。その神達が世界に掛けあってプレゼントする才能の事だ。

贈り物と云うだけあって受け取り拒否も可能である。と云うより、オラクルを確認したのちに誓約をたてないとオラクルを発動する事が出来ないのだ。

 またオラクルは神が世界にお願いして受託されないと贈れないため、授かっている者がかなり少ない。


 ある意味、神の最高位からのオラクルが女の子の持つ力と云っても間違いではないだろう。


「リツァ、何がしたいかしら? とりあえず言葉のお勉強を始めなきゃ。でも遊びながらで良いわよね」


 リツァとは小さな女の子と云う意味であり、女の子の名前では無い。当初名前を付けようかと云う話になったが、女の子の両親が見つかった時に混乱するかもしれないと言う理由で先送りされた。

それ故に皆がリツァと呼んでいるが、それを女の子が自分の名前と認識してしまわないかが問題だ。


「あー」


 女の子の目の前に子供が興味を示そうな物をたくさん並べて、好きなのを選ばせてみた。

と、女の子はその中から青いクレヨンを手に取った。


「リツァはお絵描きが好きなのかしら? じゃ、一緒にお絵描きしましょうか」


 そう言ってリシューはメイドを呼び、画用紙とクレヨンや色鉛筆を用意させた。


「ふふっ、こうやって使うのよ?」


 そう言って女の子を膝の上に乗せ、リシューは机の上にある画用紙に絵を描き始めた。リシューが躊躇なく女の子と話せるのはひとえにオラクルのおかげである。リシューが授かっているオラクルは『危険回避』の一つのみ。一定時間、三回までどんな危険も回避してくれると言う代物だ。


「あーぅー」


 リシューのお手本を見て、女の子は上機嫌で画用紙にお絵描きし始めた。

三歳程度の子が描くような、ミミズがのた打ち回った様な線で何やら怪しげな物体が画用紙に描かれていく。


「あー」


 そして上機嫌に描き終わった頃、リシューの頭の中にカーンと鐘が響くような音が聞こえた。

……オラクルが発動した証だ。

何が起こったのか全く分からないリシューは、急いで家一番の強者、ジャンを呼ぶために貴重なマジックアイテムである『強制召喚のスクロール』を行使した。


 強制召喚のスクロールで強制的に駆けつけたジャンは何が起きているのかイマイチ判断がつかなかった。

と云うのも、女の子は上機嫌だし敵と言う敵も居ない。しかし姉であるリシューは困惑した態度で女の子と若干距離をとっている。


「リシュー姉上、どうしましたか?」


 良く解らない状況に音を上げたジャンはとりあえずリシューに話を聞いてみる事にした。


「それが、良く解らないのだけどオラクルが発動したのよ。リツァはずっと上機嫌だし他に人が入ってくると言う事も無かったのに……」


 そう言われるとおかしな話だ。とりあえずジャンは女の子に近寄った。女の子にとって魔力の放出……魔法を使い続ける事は息をすることと同じく当たり前の事らしく、ジャンと女の子はレイラインで繋がったままだった。


 仲間、姉、危険? 何? 何?


 とりあえず解りやすい単語を選んで女の子にぶつけてみる。レイラインの楽なところは感情同士のぶつけ合いの為、ある意味自動翻訳される所にある。

しかし女の子のように表裏無い人だから出来る事であり、腹に一物抱えている者にとっては最悪な魔法だ。ジャンが物凄く誠実な人間であったと周りに認識された要因にもなった。


 危険、無い。何?


 それに対し女の子は不思議そうな目をしてジャンを見つめた。とりあえず女の子に敵意がある様子は無いし、機嫌を損ねたと言う事も無いらしい。

と云う事は別の何かがオラクルに反応したと言う事になる。ジャンは貴重なマジックアイテムを惜しげも無く使って部屋中の違和感を調べた。


 トーン……トーン……トーン……


 日常にあるには不自然な物に対して音で知らせる使い捨ての魔法の探知機、オルフェーンが机の上に向かって反応しだした。見た目はただの四角い箱だが、不自然な物や危険な物に対しての発見力が非常に優れた一級品だ。

目の前にあるのはクレヨン、色鉛筆、パステル、飲み水の入ったコップに、先程女の子が描いたばかりの『絵』

ミミズがのたくったような線で描かれた何か。恐らく女の子にとって印象深いダンジョンの生き物だろうが、この絵からは何かまで判別がつかない。しかし明らかにこの絵に対してオルフェーンは反応している。


「うー」


 オルフェーンの音が面白かったのか、女の子は更に上機嫌な声を上げた。今まで表情筋を使って居なかったであろう為か頬が上がる事は無かったが、子供の表情に当てはめると笑顔になるんだろうなぁと言う想像がつく声だ。

 その瞬間、女の子が描いた絵が宙に浮かび絵が飛び出て来たような光の線が現れた。どうやら女の子が絵に対して魔力を送ったようだ。

そして光が落ちつくと同時に出て来たのは、エンペラーホッグ。天災ともいわれる八つ星クラスのモンスターだった。


 それを見て嬉しげな声を上げるのは、やはり女の子だけだった。


 この世界には紋章入れと云う職業がある。魔力を浸透させた鉄筆や木炭などで各々に見合った紋章を武器や防具に描き入れる職だ。

紋章を入れることによるメリットは、武器防具の性能が格段に上がるのが最たるものだろう。紋章が正しく描き入れられれば例え藁半紙のような脆い紙でも銃弾を弾く事が出来るのだ。

 しかし紋章が入った武器防具は簡単に装備が出来なくなる。紋章が自身を装備する者を選ぶようになるのだ。己の名前や象徴を描き入れればその人物しか装備出来ないようにする事だって出来る。その為身の丈にあった物しか装備出来ず、例え国王であろうと肉体を鍛えていなければ自分より高位の紋章が描かれた服などは着る事が出来ないのだ。


 さてそこで女の子を見てみると、ダンジョンの最奥と云う危険な場所で育ったためか、良く見ると常に魔力を体に纏わせている。

専門の職業が出来る程に純粋な魔力を身の内から外に出すのは難しく、それ故紋章入れと云う職は成り手が少ない。それに纏わせている量も微量だったので今まで出会った人は女の子が魔力を纏わせている事に気がつかなかったのだ。

よくよく考えてみるとレイラインをほぼ丸一日使いっぱなしでも平気な程なので出来ないと思いこむのが間違いではあるのだが、そんな非人間的な人はそうそう居ないので気がつかなかったのも仕方が無いと言える。


 そうこうしているうちに女の子は無表情で、レイラインで伝わってくる感情を表すと若干誇らしげに先程描いた、そして大惨事一歩手前の原因である画用紙を手にとってジャンに見せて来た。

どうやらエンペラーホッグを描いたらしい。そうか、それでか。とジャンは遠い目をしつつ女の子にアレは危険だと感情で訴えた。


「うー……あっ!」


 褒めてもらえなかったのが不満だったのか、望んでいたリアクションと違ったのか。真意の程は解らないが不満げな声を上げた後に女の子は一音でエンペラーホッグを消しさった。


「……自分以外の物に対する強制転移って、上級魔法なんだけどなぁ……」


 更に言えば天災と云われるエンペラーホッグは魔法解除に強いモンスターである。並大抵の魔法は効果が無く、小さな躯体から天候を操り人を噛み砕く恐ろしいモンスター、のはずであった。


「とりあえず無事で何よりです姉上。リツァには今後普通のお絵描きを教えて下さいますよう……」


 隣で唖然としているリシューに向かってジャンは一呼吸おいてそう伝えた。



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