一:まおうさま、人に会う。
五つ星の冒険者として国を代表するまでになった男は、信じられない光景を目の当たりにしている。
男の名はジャンジャック・オルド・シークウェス。侯爵家の五男坊として産まれた彼は、貴族位としては国王、公爵に次ぐ三番目の家の者として騎士になるべく育てられた。
だが長男が家を継ぎ、次男三男四男と武官、文官として名を馳せて国に貢献したために末っ子のお前は自由に生きろと選択肢を上から与えられた。ならばと家を飛び出し旅人として世界各地を回り、旅の最中、金を稼ぐために入った冒険者組合……通称ギルドの中で、生きている人の中ではトップクラスの五つ星まで上り詰めた男だ。
歴史に名を残す六つ星以上の者は、本当に人を辞めたような者ばかりだったので実質最強クラスと云っても過言ではないだろう。
冒険者に限らず、傭兵、商人、吟遊詩人、執事やお針子に至るまで様々な組合が存在する。冒険者なら冒険者ギルド、商人なら商業ギルドと呼ばれる一種の斡旋所だ。そんなギルドは所属している者を星の数で階級別けする。入りたてが一つ星で、歴史上もっとも多く星を獲得した者は八つ星だと言われている。六つ星以上の者はどの分野においても人間を辞めたと云わんばかりの者しか居ない。
最高クラスの八つ星のお針子が伝説の糸を求めて針一本で二十年続く五十万対八十万の戦争に終止符を打ったのは有名な話だ。
だがそんな人外のバケモノのような人はもう歴史上の人物。今生きている者で最高ランクが五つ星で、ソレすらも世界に30人を下回る。
そんな中の一人であるジャンは、世界最大の謎と云われるダンジョンに日々潜る生活を続けていた。
他の塔のようにそびえ立つダンジョンに対し、洞窟のような入り口から入り地下に潜るタイプの物はジャンの故郷、テオラロール以外に存在しない。
ダンジョンから無限に生み出される魔物を狩って魂を吸収し、零れ落ちる光が静まってから落ちた光が固まった何かを拾い上げる。光が落すのはランダムで、コインだったり銅や銀、金などの鉱石そのままだったり、明らかに人の手が入った武器防具装飾品であったり様々だ。人はこれを落し物と呼んでいる。
また、魂の吸収を拒否すれば魔物の肉体は留まり、そのまま食事に活用されたりする。どんな不思議が働いているのかはまだ解明されていないが、人はその様なサイクルで生活を続けていた。
そんな中、ジャンは己を鍛えるために自分より強い敵が居る階層まで潜り、ひたすら戦っては落し物を集めていた。
そして残りの水の量も危ういかと云う所で、下へ続く階段を見つけたのが運の尽き。
元々の魔力が少ないジャンは、帰還の巻物と云う一瞬で家に帰れるアイテムを常に持って居た。その帰還の巻物、通称スクロールがあるからと、覗くだけだと言いつつ階段を降りてしまったのだ。
そこはダンジョンの例にも漏れず、と云うべきか。一つ下の階は恐ろしい程強い敵がわんさか居た。
一つ上の階ですら、自分より強い魔物しか出なかったのだ。そんな中一つ下の階に潜るのは自殺行為としか言えない。
普段ならば犯さない失敗を嘆いて、スクロールを使おうにも敵がどんどん攻撃してくる。
敵は目に見える範囲で三体。五メートルを越そうかと云う強大な熊に似たモンスターだ。コレで目に見えない、空気に溶け込むモンスターや火や水に擬態するモンスターが居たら目も当てられない。
そう言ったモンスターは打撃攻撃が通用しないので、魔力の少ないジャンは道具に頼るほかないのだ。
そんな横道に逸れた事を考えたからか、熊の形をしたモンスター、ハングリーアーウベアはジャンにトドメと云わんばかりに襲いかかった。
かろうじて正面と右側のハングリーアーウベアを凌いだジャンだったが、左から襲いかかってくるモノまで対処しきれなかった。
「(あ、終わる……)」
縁起でもない事を思った瞬間、信じられない光景を目の当たりにした。体つきが細く、何故こんなところに居るのか解らない、多めに見て十歳。下手をすれば七、八歳程の幼い女の子が、素っ裸でハングリーアーウベアを蹴り飛ばしたからだ。
更に信じられない事に、蹴り飛ばされたハングリーアーウベアから淡い光が女の子に降り注がれている。絶命した証だ。
ジャンが呆然として居ると、女の子は不思議そうな顔をして親が子供を叱るようにするかの如く、ハングリーアーウベアに拳骨を振り落とした。
頭蓋骨が沈み倒れたソレからは、またしても光が女の子に降り注ぐ。最後の一匹もほっぺたを叩くだけで壁にめり込み、光が溢れて女の子に注がれた。
ありえない。ジャンは目の前の現実を認めたく無かった。曲がりなりにも自分は五つ星で、恐らくこの階層に居るモンスターは六つ星以上。ヘタしたら七つ星レベルかもしれない。
そんなモンスターを防具、ましてや服すら来ていない女の子が倒せるなどと、夢物語にすらならないだろう。しかし組合……冒険者ギルドから支給されている記録用マジックアイテムであるメモリージュと呼ばれる珠には、女の子が倒しているシーンがはっきりと記録されている。
いまだ現実に帰って来ないジャンを不思議そうな顔で見つめている女の子は、自分の体とジャンを見比べて、面白そうにツンツンとつついたりペタペタと触ったりしている。
とりあえず人並みに常識があったジャンは、非常識な光景を拒絶しつつも自信の防具品であるマントを女の子に巻きつける事に成功した。
後に彼は、この時ほど自分の目とメモリージュを疑いたかった事は無いと酒場にいる仲間に語った。