十四:まおうさま、お出かけする。
女の子がその後もハイトーンメモリージュを繰り返し見て日々を過ごして行くうちに、母親であるアイリッシュ・リオルフォンフィールに会いに行く日となった。
娼婦であるアイリッシュを侯爵家であるシークウェスに客人として招く事が出来なかったため、国の要人たちが泊まるような館を一日貸し切っての御対面となる。
本来ならば公爵家や王族が使う場所であるために、シークウェス家の者は皆内心ヒヤヒヤとしている。公爵と侯爵、身分差で見れば一つ違いだがそこには大きな壁がある。
王族を中心として四つに分かれる四公爵。四公爵の下に連なる六十四の侯爵家。侯爵の下である伯爵や男爵などは頻繁に入れ替わりや増減があるので正確な数は中枢以外把握していないが、四公爵家と六十四侯爵家だけは一定だ。
四公爵より上と云うと小国を預かった大公以外に無い。
シークウェス家とて六十四侯爵の中で大きさとしては上位に位置するが、侯爵として纏められると他の家と平等だ。
そんな侯爵家の人間ですら書類一枚で館を借りる事が出来たのはひとえに『世界の加護』を持つ女の子を保護しているからにすぎない。
おまけに今回掛る費用は総て中枢持ちだ。シークウェス家の人間は改めて『世界の加護』を持つ人間の凄さを思い知った。
しかしそんな事は意に反さず、女の子は初めて乗る馬車に興奮気味だ。何かあってからでは遅いと、同乗者はジャンだけである。
御者も必要無いようにと、わざわざモンスター……人の手が入った魔獣種の馬に引かせている。
この馬とも女の子はリンクで知識交換し、どんどんモンスターや訓練された動物の思考に近づいて行っている事を知っているのはジャンだけだ。
そんなジャンは馬車の中でひたすら女の子に人としての知識を与えていた。
「人に手綱なんぞつけん! 待ても伏せも無しだ! 初めて会う人には『はじめまして』だ」
「ぶー」
今から会いに行くのが産みの親なので一度は会っているはずだが、それでも約十年、離れていた女の子にとっては初めましてで良いだろう。
自分の親と云う存在について考えた事も無かったのか、キョトンとしながらもワクワクした様子の女の子にひたすら挨拶を覚えさせる。
それもこれも国王および中枢からお借りしたハイトーンメモリージュに問題があった。色々見せた結果、一番気に入ったのが軍事訓練映像だったのだ。しかも気に入った役柄は鬼隊長と名高い人物だったため、漸う喋れるようになった単語の殆どは『女の子』が使うには相応しく無い物ばかりだ。
子供はスラングを覚えやすいと言ったものだが、なまじ顔が整っている上に無表情、つまり本気で言っているように見えるので心臓に悪かった。
「とりあえず、物を壊したりモンスターを呼ぶのは禁止だぞ……」
「し、りゃ、にぇえ、にゃ! 」
「リツァ!! 」
それが例えつっかえつっかえで「さしすせそ」や「なにぬねの」が上手く云えずに『知らねぇな』が『しりゃにぇえにゃ』になろうとも。
平時ならばかわいらしいで済むがこれから会うのは産みの親だし、女の子が大勢の人に慣れた後は国王との御対面が待っている。
美しい言葉とまでは行かなくても、年頃の子供のような言葉使いを覚えさせるためにジャンはキリキリと痛む胃を抑えながら『正しい言葉講座』を馬車の中で延々と続ける羽目になった。