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十:まおうさま、お歌を習う。

 オディロットが娼館で取引をしていた頃、オラクルが回復したリシューは兄のジュリオが留守だったため、兄付きの執事に断りを入れて女の子の部屋に向かっていた。


「あぁリツァ! 一週間ぶりね! まだ言葉を覚えていないみたいだけど、今日は一緒にお歌を歌いましょうね」


 花が浮かぶような笑顔を向けて女の子に微笑んだリシューは軽量バックから大きめに書きだした単語帳や歌詞カードを取り出した。当代当主専属執事から話は聞いていたので、家具や鉱石がごろごろと転がっているのは無視だ。この女の子に常識を当てはめてはいけないと言うのは嫌と言うほど理解している。


 さて遊びながらの勉強法だが、リシューは自分が喋る言葉に合わせて単語を見せる事にしたらしい。

感覚と云うか表情を読み取るのが巧いのか、女の子は言葉こそ喋らないものの此方の意に沿わぬ事は今のところしないでくれている。

野生的な会話と云うのか、嫌な事があったらまず威圧してくるので今のところ死傷者はゼロだ。


「ふふっ、トーンメモリージュを持ってきたので楽器が無くても音が出るのよ」


 そう言いながらリシューは椅子に座り、録音専用のメモリージュを机の上に置き微量の魔力を籠めた。

流石に魔力には敏感な女の子は瞬時に警戒態勢をとったが、ポロンポロロンとテンポよく流れてくる音色に興味が移り、リシューの膝の上によじ登ってトーンメモリージュをツンツンとつついたりビクビクしながら持ち上げたりと大忙しだ。


 リシューはそんな様子を微笑ましく見守りながら、身体をゆらしリズムを加えつつ民謡を歌い始めた。

勿論リシューの手には女の子に見えるように歌詞カードが握られている。リシューが歌っている民謡はテオラロールの子供たちなら誰でも知っている自然に感謝を捧げる歌だ。

太陽の光に感謝して大地と水から命を貰い、死すべき時は夜の闇へ還ろうと言う、ある種の信仰のような昔からあるもの。

深く考えたら歌詞の中に恐ろしい所もあるが、子供たちはその意味を知らずに口ずさむ。


 リシューはもうこの童謡を随分と歌っていなかったが、やはり子供の頃に覚えた歌はスルリと喉を通り口から出る。

一度歌い終わって女の子を見るとアンコールと言いたいのか、トーンメモリージュにリシューが注いだくらいの魔力を籠めていた。


「まぁ、リツァはそんな所ばっかりすぐ覚えちゃうんだから」


 でも歌を求められるのに悪い気はしない。今でこそシークウェス家の分家となった子爵夫人なぞをしているリシューだが、将来に夢を見る歳だった頃はほかの貴族の娘と同じく歌姫に憧れたものだ。

歴史に名を残す吟遊詩人、八つ星の歌姫は本当に隣国の姫だったのだからテオラロールやその周辺の貴族の娘は幼いころ、男の子が勇者や英雄を目指すのと同じように歌姫になりたがっていた。


 そんな過去の記憶を思い出しながら、リシューはアンコールに答えてもう一度歌い始めた。


「朝の日の出 輝く太陽 僕らを祝福してくれる」

「あっあー」


 出だしを口に出した所で女の子もリズミカルに声を上げる。途端、幻想的な淡い光がリシューと女の子の周りを囲み、曲と共に揺れたりまわったり。

女の子が上機嫌に手を振り、それに合わせて流れ星のように空間を駆ける光に見とれ、リシューは自然と膝の上に居る女の子を抱きしめる。


「恵み育む 大地や大河 巡り巡る 命の糧を 頂き返す」


 相変わらず表情は変わらないが、それでも楽しそうな雰囲気を醸し出して肩を揺らす女の子を見て、リシューは足でリズムを刻み女の子にさらなる楽しさを伝えた。


「遠い別れが来ようとも 僕らが還るは月の元 夜空に抱かれて 皆眠る」


 歌い終わりメモリージュも止まった所でもう一度軽く女の子を抱きしめ、女の子に歌詞を見せた。

読みやすく丁寧に書かれている歌詞を見て、一音ずつ丁寧に教えていく。

普段「あ」と「う」しか使わない事や、食事をしなかった事もあって舌を使う事に慣れていない女の子は、どうやれば他の音が出るのかイマイチ理解していないようだった。

それでもリシューは自分の口の中を触らせたりして音の出し方と意味を教えていく。


 生憎とリシューの迎えが来てしまったのでお開きになってしまったが、熱心に紙をみる女の子を見てリシューは満足げにうなづいた。

これならばもう少ししたら三歳児程度には喋れるようになるだろう。

軽く頬を撫でて手を振ったリシューに、どう云う意味かは解っていないようだが女の子は手を振り返した。


 それだけで来た時と同じように花が浮くような笑顔を見せて、ようやくリシューは別宅への帰路にたった。




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