初:まおうさまの御生れ。
大きな町を襲った竜は町を壊滅に追い込んだ。
でも竜も瀕死の状態まで追い込まれていた。
このままじゃあ竜も死んでしまう。竜は理解していた。
くすみの無い、綺麗な魂を食べなければ……。
竜は自分の住みかである、ダンジョンに程近い町から産まれたての人間の赤ん坊を一人さらっていった。此処まで綺麗な魂ならば、一人で十分だ。
食べるまで殺さないように、瀕死の体に鞭を打って竜はねぐらへ帰って行った。
竜がダンジョンの最下層、自分が寝るために作った巣穴に戻ると、さらってきた赤ん坊が目を覚ました。
こぼれそうな大きな目が、ギョロギョロと当たりを見回し、自分が危険な場所にいると本能的に悟った赤ん坊は腹の底から泣きだした。
お腹が減った夜泣きとも、おしめを変えてほしいと訴える夜泣きとも違う。本能が叩きだす夜泣きだ。
赤ん坊の甲高い声は、聴覚が発達しきった竜には聞くに堪えない音だった。そもそも竜が普段対峙していたのは人間の男。それでもまだ竜にとっては高い声で、ギャーギャーと鬱陶しい耳触りな音だったのだが、赤ん坊の声は別格で痛い。
鼓膜を刺激し、脳が揺れ、それでも泣き続ける赤ん坊は本能と云うべきか、うっすらと魂を消費して泣き声に魔力まで宿して攻撃してきた。
それに耐えうる力なぞ竜にはもう残っておらず、竜は血を吐いて倒れ込み、淡い光を発して赤ん坊に吸収されていった。
この、赤ん坊と竜が生きる世界では殺した生き物の力を吸収するのが普通であった。更に言えば初めて吸収する魂が自分と差がある方が、今後成長する余地が増えると言うのが一般的だ。この差がある、と云っても格下では意味が無い。
蟻も軍勢を構えてくれば恐怖の対象になりえようが、たかが一匹で人に勝てるはずもなし。そう言う点ではやはり格下の存在であった。
要はこの先、自分の才能を伸ばせるかどうかは産まれて一番最初に何を殺したかで決まるのだ。
世にいる大抵の子供は蟻やバッタ、ミミズ等を殺してしまう。善悪の区別もついていない内に潰してしまったり、好奇心で飼ってみたがいつの間にか死んでしまったり。殆どの場合はそうだと言える。
ごく稀に親が瀕死の狼や熊のトドメを刺すように仕向けたりして大成する子供を作ると言った、一種の英才教育を施したり、母親が病弱で産まれてすぐに親殺しをしてしまい悲劇の天才となってしまうものも居るが、そう言った者はごく少数であった。
そう、狼や熊、そしてもっと低い確率で母親など、それでさえごく少数なのだ。最弱と呼ばれるモンスターでも人生の初めに殺されると言う事はまず無い。野生動物は本能で勝てないと知り、どんなに弱らせても子供が勝てる確率は低く、逆に殺されてしまう可能性の方が高いからだ。
そんな中、数々の幸運と奇跡により、竜殺しの赤ん坊が生まれてしまった事は、まだ誰も知る事の無い事実であった。
例え竜を殺したような赤ん坊で、それ故に他の魔物が近寄ってくる事が無くなったとしても、食糧の確保も出来なければ餓死してしまう。
しかし赤ん坊が居る世界は、世界に認められるほど強くなると大自然から発せられる気を吸収して何も食べずとも栄養をとる事が可能であった。
普通はそこへ行きつくまでに辛い修業やら気が遠くなるような勉強やらが必要であったが、何千年と最強を護り続けた竜を取り込んでしまった赤ん坊には無用の長物であった。
悲しむべきはそんな存在を取り込んでしまったが故に不死に近い存在になってしまった事だろうが、赤ん坊がそれに気付くはずも無く、今はただすやすやと安眠をむさぼるだけである。
そうして、赤ん坊は人を知らずにダンジョンの最下層でひっそりと成長を遂げていった。