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夕焼け純情ラプソディ

作者: 天ヶ森雀

鶏 庭子様の昭和企画に勝手に参戦させていただきました。

他にも素敵な作品がたくさんありますので是非どうぞ!

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/106764/blogkey/161261/


「ついてけない…」


 机に突っ伏した私を、鈴木健二が「どうした?」と振り返る。

 高校入学のお祝いで買って貰ったセイコーの腕時計は5時半をさしていた。教室にはもう、私達しかいない。回収したプリントは集めて集計し終わったから、あとは鈴木が日誌を書き終われば週番の仕事は終わりだった。

 グラウンドから野球部の練習の掛け声だけが響いていて、放課後に相応しい薄暗さが教室を覆っている。

 だから、つい本音が漏れたんだと思う。


「だって…高校生になった途端、こんなに世界が急変するなんて思っても見なかったんだもの~…」

「そうか?」

「そうだよ~」

 机の下で足をジタバタさせながら、私は駄々を捏ねる子供の様に言った。

「朝シャン当たり前だし、制汗剤欠かさないし」

 頭を洗うのは夜お風呂に入った時じゃないの? 体育もないのに汗なんかかくか?

 幼なじみのヨッチンなんか、スカート丈こそまだ膝下十センチより長くはなっていないものの、色付きリップを欠かさなくなった。しかも「ネンネの優子には必要ないだろうけど」とかぬかして笑いやがった。

 一緒にペッパー警部の振り付け練習してた頃は、平気でパンツ出して踊ってたくせに。ソックタッチでも塗ってろよ!

 高校生になった途端、そんな風に周りが急に色気付き始め、私は一人取り残された気分。焦ると言うより混乱していると言うのが近いかも。


「そういう佐藤は、中学の頃と全然変わらないもんな」

 鈴木の苦笑が余計に腹立たしい。

「悪かったわねぇ! どうせ猫っ毛でブローが無駄な上に、そばかす鼻ぺちゃですからね! 色気付いたって似合わないもん!」

「そうだな」

「そこ! 肯定するなぁ!」

 腕を振り回す私に肩を竦めて見せながら、鈴木は書きかけの週番日誌にシャーペンを滑らせる。

 薄暗さに文字が見辛いのか、何度か眼鏡の位置を直しながら。


 鈴木でさえそんな大人の余裕を見せるから、私は益々悔しくて寂しくなった。

 あんただって同じだよ?

 中学までは他の男子同様、校則通りの丸刈りだったのに、高校生になった途端髪なんか伸ばすから、別人みたいに見えてくる。

 ねぇ、私、あんたがそんなサラサラな髪なんて知らなかったよ。あんたは真壁俊か? 久住智史か? どっからキューティクル注入してるんだ!!


「佐藤…視線が痛いんだが…」

「私をおいて大人の階段昇る皆が憎い~…」

「何を訳の解らん事を…」

「ぶぅ~~~」


 不貞腐れている私を見かねたのか、週番日誌を閉じながら、鈴木はおもむろに切り出す。


「まあ、そう言うなよ。今度『カリ城』のビデオ見せてやるから」

「え! 買ったの!?」

 確か一万以上するのに!

「晃一とお年玉、出しあった」

 鈴木はそう言ってニヤリと笑う。

 晃一は鈴木の双子の兄貴だ。二卵性で似てないけど、兄弟揃ってアニメが好きで、それが縁で私も彼らと親しくなったのだ。

 ちなみに晃一は剛毛っぽいくせっ毛で、人好きのするやんちゃな悪がきタイプ。鈴木(健二の方ね)はどちらかと言えば物静かで読書好き。双子でもこんなに違うのって珍しくない?


 にしても『カリ城』!

「いいなぁ! うちなんかビデオデッキがないもん!」

 しかも奴等と来たら、ベータデッキ持ってるの! 画質もすごく綺麗なんだから!


「今度の日曜日、見に来る?」

「いいの? 行く行く!」

 私は不貞腐れてた事などすっかり忘れてはしゃぎ声になった。

 きゃー、『カリ城』見たかったんだ!

「晃一もいるの?」

「いや、それは聞いてないけど…佐藤って兄貴だけ名前で呼ぶよね」

「うん、まあ。何となく晃一はそう呼びやすいし」

 ちなみに鈴木を苗字で呼ぶのは最初に知り合ったのが彼の方だったから。中学の図書委員で一緒になったのだ。

 最初から名字呼びだったから、今更健二なんて呼びづらい。何となく恥ずかしいと言うか、ね。


「まあ、いいけど。ついでに爆風の新しいアルバム買ったからダビングしてやるよ」

「わ~い、ありがとう! 60分テープ持ってけばいい? このあいだアクシア買ったばっかなんだけど」

「うん、確かそんくらい。予備があったからそれに録音して交換な」

「ラジャ!」

「マイケル・ジャクソンの新譜もあるけど?」

「う~ん、洋曲はいいや」

「あ、そ」

 何と奴等はCDデッキも持っているのだ。うちにはラジカセだけだから、ダビングしてもらえるのはすっごく有難い。やっぱ持つべきものは同じ趣味の友達だよね~!

「ちなみに…」

「え?」

 何故か鈴木は、急に言いにくそうに口をすぼめる。何?

「アルバムの中に『青春りっしんべん』て曲あるんだけど…知ってる?」

「爆風の? ん~ん? 知らないけど、いい曲?」

 爆風は『ランナー』から好きになった。でも他のコミカルなのも結構好き。

 だけど鈴木は口をつぐんだまま答えない。

「………」

「なんだよぉ、気持ち悪いなぁ。はっきり言いなよ」

「―――いや、佐藤にはちょっと早いかも知れない」

 眼鏡の弦を中指で抑えながら、ようやく鈴木はモゴモゴ言った。

 うわ、何となくその言い方が癪に障る。

「…鈴木も私の事、そうやってバカにするんだ」

「そうじゃないけど…」

「じゃあちゃんとそれもダビングして。聴いてから考えるから」

 半ば意地になってそう言った。鈴木がなんでそう言ったかなんて考えもせずに。

「…分かった」

 鈴木はシャーペンを缶ペンにしまいながら、私を見ずに答える。私も意地になって何も言わなかった。


 やだな。

 何で皆変わっちゃうの?

 変わりたくない私が悪いの?

 鈴木のさらさらな前髪が私を落ち着かなくさせる。

 なんで?

 今まで通り、普通に喋っていたいのに。

 このままじゃダメなのかな。

 そう思う私がおかしいの?


「終わったから帰るぞ」

 鍵を閉めようと入り口で呼ぶ鈴木に、私は学生鞄を抱えてとぼとぼ廊下に出る。

 西に面する廊下は、薄暗い教室とは逆に夕陽をめいいっぱい窓に映して眩しかった。思わず目を眇める。私の後ろで、鈴木がカチャンと教室の鍵を閉める音がした。

「佐藤」

「え?」

 真っ赤な夕陽にに気をとられていた私は、思わず素直に振り返る。

 不意に暗闇に覆われ、唇に一瞬、何かが触れた。


「…そういう曲だよ」

 夕陽に照らされて、鈴木の顔がよく見えない。

「…そういうって?」

 声が掠れた。真っ黒な闇に見えたのは、接近した鈴木の体だった。黒い詰襟が闇に見えたのだ。

「だから…不純異性交遊の歌」

「ふ、ふじゅんいせい…?」

 うまく脳が働かない。語句が漢字に変換できない。今、唇に触れたのは何?

「俺は…佐藤がイヤならそのままでもいてもいいと思うけど…」

 頬が熱い。夕陽ののせいかな。鈴木も赤い。うん、きっと夕陽のせいだな。そうに決まってる。

 私たちの間に何かが起きたなんて、認めたくなくてそう思い込もうとした。

「でも変わりたくなったらいつでも言って。協力は惜しまないから」


 何言ってんの? 何言ってんの?

 世界が突然ひっくり返ったような気分。急変なんてもんじゃなかった。

 激変? 豹変? 天変地異ってこんな風!?

 大陸変動、天地流転、驕れる者は久しからず、頭の中で法則のないしっちゃかめっちゃかな狂詩曲(ラプソディ)が流れてる。

 何? な、何が起こってるんだ~~!!!!


「鼻ぺちゃも悪くないよ。鼻がぶつからなくてちょうどいい」


 そんな風におどけて言うから、それが照れ隠しなんて気づきもせずに、思わず私は思いっきり彼に学生カバンで殴りかかった。

「馬鹿!! 馬鹿!! 鈴木なんか大っ嫌い!!!」

「わ! 悪かった! ごめん! わかったから物を投げるな!」

 そう言われてもこっちは、もうどうにも止まらない。

「やば、メガネ…!」

「え?」

 ずれて外れたメガネが床に落ちて、裸眼の目と思いっきり視線がぶつかった。

 やだ、意外とまつげが長い。

 …じゃなくて! 何考えてるんだ私は!


 視線が合ったまま動けなくなった私に、鈴木が低い声で呟いた。

「ごめん…悪かった…」


 そんな風に素直に謝られたら、どうしたらいいの。

「鈴木のばか~~~…」

 力なくその場にしゃがみこんで、私はぐずぐず泣き始める。

 こんな時に泣く様な女は嫌いだったはずなのに、今は泣く事しかできなかった。

 だって…どうしたらいいかわからないんだもの…。


「…日曜日、来るだろ?」

「………」

「来るよな?」

「………」

「…もう何もしないから」

「………本当?」

「…本当」

「………絶対?」

「………約束する」

「絶対だね?」

「神に誓う」

 キリスト教徒でもないくせに。

「……………じゃあ、行く」

「爆風、ダビングしとくから」

「………うん」

「日誌、置いてくる。そうしたら帰ろう」

「…お詫びにメローイエローおごってくれる?」

「…了解」

 

 少し切なげに苦笑して、鈴木は日誌を持って職員室へと歩いていった。

 夕陽はもう地平線に沈み始め、空には薄墨が横たわり始めている。

 私はしゃがみこんだまま、膝に顔をうずめて必死で平常心を取り戻そうとした。

 

 変わっちゃうのかな。

 私も変わっちゃうのかな。

 でも……


 鈴木の真っ赤な顔を脳内でリプレイしながら、大きく息を吐く。

 何となく、彼を名前で呼んでみたくなった。

 彼も私を名前で呼びたかったりする?

『―――優子』

 そう呼ぶ彼を想像したら、顔がほてるのが止まらなくなった。

 うわ、うそ! 今、鈴木が戻ってきたら、赤面してるのモロばれじゃん! もう夕陽のせいにだってできないよ!

 鎮まれ私! 鎮まれ私!

 それより、どうしよう、日曜日。

 行くって言ったから行くけど。

 本当に何もしないかな。

 ―――いや、約束はちゃんと守るだろう。あれで結構真面目だし!

 でも………


「そっか、何もしないのか」と思わず呟いてしまったのは、恥ずかしすぎて、口が裂けても絶対言えない。 






「青春りっしんべん」は昭和の名曲ですね(笑)。

アクシアのCM、斉藤由貴ちゃんの「かなしい小鳥」も好きでしたw

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私も真壁俊、久住智史あたりで悶えた一人です。 それ以外にも随所で、胸をズドンズドンやられました。
[一言]  わ~い。真壁俊でツボにはまりました。 しかも、皆さんのコメントがまた、ツボにくること! 最高!!笑い転げてしょうがありません。  負け惜しみではありませんが、このあたり、 実はちょっと新…
[一言] く・・・鈴木君の微妙な男心にくすぐられる・・・ そして密かに気になる兄・晃一wwも、妄想が広がります!!み、南ちゃん!!(何で?) ベータ!!懐かしいww昔はビデオテープも高かったけど、レン…
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