「前のお熱はいつでしたか?」と聞くと母親が全員黙り込む異世界で、産婦人科医は母子手帳を作ります
一 記録癖の医者
「前のお熱は、いつでしたか」
診察室でこう聞くと、この世界の母親は、みんな同じ顔をする。
視線が右上へ行き、口が少し開き、それから申し訳なさそうに閉じる。
「先月……いえ、先々月だったかしら。刈り入れの前……あら、あれは上の子だったかね」
「では、そのときの発疹は何色でした」
「赤……いえ、もっとこう、茄子のような……」
茄子色の発疹なら一大事である。実際に診ると、薄い赤だった。人の記憶の中で、発疹は育つのだ。日に日に色濃く、日に日に大きく。
責めているのではない。三人も育てていれば、熱の記憶は混ざる。前世でもそうだった。
覚えていないのではないのだ。
覚えておくための紙が、この世界のどこにもない。
申し遅れた。私は辺境の村、エルデの里で診療所をやっている医者だ。前世は産婦人科医だった。チートスキルはない。あるのは二千件のお産に立ち会った手と、転生のときに頼み込んで持たせてもらった聴診器。それから——職業病が、ひとつ。
記録癖である。
前世の医者は、書く生き物だった。カルテに分娩記録、手術記録に紹介状。書いていない処置は、やっていない処置と同じ。そう叩き込まれて十年やった。転生しても、手が覚えている。
だから妻が最初の子を身ごもったとき、私は当然のように帳面を作った。
週数に腹囲、胎動の初日。食べられた物と、眠れた夜。この春、二人目の妊娠が分かって、妊娠録は二冊目になった。
一冊目には、たとえばこんな行がある。
『胎動、初。夕食の途中。豆のスープの匂いで動いた、と妻の談』
『夜中の足の攣り、二回。塩の湯で軽快』
医学的に大事な行と、そうでもない行が混ざっている。混ざっているのがいいのだ、と私は思っている。
娘のヒカリの成長録もある。生まれた日の天気から始まる。初めて笑った日、初めて立った日、初めての熱。娘は二歳になった。二つの妊娠録と合わせて、わが家の帳面は三冊だ。
ある日の健診で、その帳面を診察机に置いていたら、妊婦のマーサさんが不思議そうに聞いた。
「先生、それは何の帳面ですか」
「娘の記録です。熱と、食べた物と、できるようになったこと」
「……そんなもの、つけるんですか。お医者様は」
「医者は関係ありません。親としてつけています」
マーサさんはしばらく帳面を眺めて、それから、ぽつりと言った。
「いいですねえ。うちの子にも、そういうの、あったらねえ」
ちなみに、健診に父親が来ることは、めったにない。先日ひとりだけ、赤ん坊を抱いて列に並んだ若い父親がいた。だが村の女たちにたいそう珍しがられて、翌日から来なくなった。惜しい人材である。
ともあれ——マーサさんのあの一言が、始まりだった。
診察室で聞き取りをするたび、私は同じ壁に当たっていた。いつ熱を出したか。どんな発疹だったか。あの薬草で腹を下したことはなかったか。——全部、親の記憶頼みだ。記憶は混ざるし、薄れるし、母親が倒れたら誰にも分からなくなる。
前世には、あった。
母子健康手帳。妊娠中のことから子どもの成長まで、親の手元に残していく記録。あれ一冊あれば、初めて会う医者でも、その子の来歴が分かった。
(転生の窓口で医療器具を頼んだとき、あれも頼んでおけばよかった。備品枠で。紙とインクなら、在庫は潤沢だっただろうに。——ちなみに、私のようにチートの予算が付かなかった転生者は、窓口の分類で『凡人枠』と呼ぶらしい。名前からして不穏である)
ないものは、仕方がない。
ないなら、作るのが凡人枠である。
二 台帳は民に見せられない
「子どもの記録なら、領主様の台帳にありますぞ」
村長が言うので、私はまず、それを見に行くことにした。あるものを二重に作るのは無駄だからだ。前世の役所も病院も、書類の二重作成で滅びかけていた。
領主の出張所は、隣町にある。
最初は、門前で断られた。
「台帳の閲覧? 医者風情が何の用だ」
二度目は、村長に口を利いてもらった。村長は「この先生は、わしの命の恩人でしてな」と胸を張った。恩の中身が週三回の二日酔いの世話であることは、二人とも黙っておく。
台帳係は、バルツァー殿という白髪の代官だった。歳は六十前後。指にインクの染みが年輪のように重なっている。四十年、帳面をつけてきた指だと、ひと目で分かった。
通された書庫には、革表紙の台帳が四十年分、寸分の狂いなく並んでいた。背表紙の年号は、どれも同じ角度で書いてある。几帳面という言葉が、棚の形をしていた。
「それで? 台帳を見せろと」
「医療のためです。子どもたちの病歴が知りたい」
「断る」
早かった。
「台帳は領主様の財産である。民に見せるものではない」
「では、せめて教えてください。子どもについて、何が書いてあるのですか」
バルツァー殿は、しばらく私を睨んでから、指を四本立てた。
「生まれた年。性別。父の名。生死。……以上だ」
「熱を出した記録は」
「台帳は熱など書かん」
「はしかが流行った年に、どの子が罹ったかは」
「書かん。……いいか、若いの。台帳は、税と兵役のための帳面だ。何年に生まれた男が何人いる。それが分かれば足りる」
なるほど、と思った。怒りより先に、腑に落ちてしまった。
この台帳は「国が民を数えるための紙」なのだ。間違ってはいない。国には必要な紙だ。
ただ、この世界には「親が子を見るための紙」が、一枚もない。それだけのことだった。
「写しを親に渡すことは」
「できん」
バルツァー殿は、そこで初めて、少しだけ声を落とした。
「……写しを渡せば、争いになる。『うちの子は死んだ、税を減らせ』『台帳が間違っている、兵役を外せ』。紙が二枚あれば、言い分も二つになる。四十年やってきて、それだけは確かだ」
帰り道、私は考えた。
代官の言い分にも、理屈はある。記録が二重にあれば、食い違いが生まれる。食い違いは争いのもとになる。前世の裁判所も、そういう争いで埋まっていた。
だが、その足で寄った隣村で、考えは決まった。
広場で、旅の薬売りが商いをしていた。取り囲む人垣の真ん中に、熱で頬の赤い女の子と、おろおろした母親がいる。
「よく効く熱冷ましだよ。今夜のうちに飲ませなされ」
薬売りが差し出した薬草を見て、私は割って入った。強い薬だ。効くが、使ってはいけない子がいる。
「失礼。——お母さん、この子は、ひきつけを起こしたことがありますか」
「え……ええと、あった、ような……なかったような……」
あったのだ。あとで村の産婆に聞いたら、二歳の冬に一度、熱でひきつけている。その薬草は、ひきつけの既往がある子に使えば、発作の引き金になりかねない代物だった。
母親が悪いのではない。四人目の子だ。記憶は混ざる。
悪いのは、記憶のほかに頼るものがないことだ。
台帳は民を数える。だが、守らない。
守る紙は、親の手の中になければ意味がない。
三 一頁目は、生まれた日の天気
試作品は、藁紙を麻紐で綴じただけの、粗末な束だった。
診療所の助手で助産師のリーナが、束を持ち上げて、遠慮なく言った。
「先生。これ、帳面っていうより、焚き付けですね」
「見た目はあとで考えます。まず中身です」
中身は、二人で一晩かけて設計した。
「前世の手帳には、種痘の記録欄がありました」
「しゅとう?」
「病気を防ぐ針です。この世界にはないので、この欄は使った薬草の記録に替えます」
「この『にゅうよう……じけんしん』っていうのは」
「乳幼児健診。定期の健診日の欄です。これはそのまま使える。むしろ柱です」
前世の様式を、そのまま写しても駄目なのだ。この世界の子育てに合わせて、一欄ずつ翻訳していく。残す欄、捨てる欄、化ける欄。夜が明ける頃、藁紙の束は「この世界の手帳」の顔になっていた。
そして、役所の様式で作ってはいけない。空欄だらけの事務の紙は、三日で書かれなくなる。前世の問診票も、後半は白いままの方が多かった。
続く記録には、コツがある。
物語として書けるようにするのだ。
だから一頁目は、こうした。
『うまれた日の てんき』
「……天気、ですか?」
配り始めた健診で、マーサさんが目を丸くした。
「天気です。晴れなら『はれ』。それだけでいいんです」
「そんなことを書いて、何になるんです」
「何にもなりません。でも、忘れないでしょう」
マーサさんは笑って、それから、ふっと真顔になった。
「……あたし、上の子のときのことなら覚えてます。ひどい嵐でね。産婆さんが来られなくて、隣のばあさんと二人きりで」
「それです。それを書くんです」
人は、役所の欄は忘れる。だが、嵐の夜は忘れない。物語の頁が最初にあれば、熱もはしかも初めて歩いた日も、その続きとして書ける。記録は、事務ではなく思い出の顔をしているときに、いちばん長生きする。
健診で一冊ずつ配った。「藁紙の束をもらってもねえ」と笑う人もいた。笑われるのは、発明の通過儀礼である。
壁は、二つ来た。
一つ目の壁は、亭主どもだった。
「女房に紙なんぞ要らん」と言う男が、どの村にも一人はいるのだ。
これにはリーナが対策を考えた。手帳の二頁目に、『ちちの手がた』の欄を作ったのである。赤ん坊なら、生まれた日に父親が炭で手形を押す。大きくなってから受け取った子なら、受け取った日の手を残す。
その下には、『おやの押し印』の欄も作った。手帳を受け取った日に、記録係になる親が親指を押す。
「自分の手形が押してある帳面を、『要らん』とは言いにくいでしょ」
言いにくいらしい。手形の欄ができてから、「要らん」の声は聞かなくなった。それどころか、わが子の手と手形の大きさを比べて自慢する親父が現れる始末である。
なお、真っ先に手形を押しに来たのは、例の「惜しい人材」だった。今では健診の列に、堂々と並んでいる。
二つ目の壁は、もっと深かった。
配り終えたあと、マーサさんが一人だけ残っていた。うつむいて、束の端を握りしめている。
「先生。あたし……字が、書けません」
声が震えていた。
「読むのも、だめです。せっかくもらったのに、あたしじゃ、この子の記録係になれません」
しまった、と思った。
前世の識字率で物を考えていた。この村で字が書けるのは、三人に一人いるかどうかだ。私は「親の手に記録を」と言いながら、字の書ける親の手しか見ていなかった。
うつむくマーサさんの横で、リーナがひょいと手帳を取った。
「先生。エルフの紐暦って、知ってます?」
「紐暦?」
「字のない時代のエルフの記録です。紐の結び目で、数と日付を残すんです。……うちのばあちゃんが、あたしの背丈をこれでつけてました」
リーナは麻紐を一本取り、慣れた手つきで結び目を作った。
「体の目方はこの結び方、背丈はこっち。結び目の間が広がっていけば、育ってる証拠。……字は要りません」
それから、藁紙に木炭でさらさらと絵を描いた。太陽、風、石ころ。
「熱の日はお日さまの印。咳は風の印。転んだ日は石の印。横に、お母さんの指で押し印。……ね、マーサさん。これなら書けるでしょう」
マーサさんが、おそるおそる、太陽の絵の横に親指を押した。うすい炭の指の跡が、ぽつんとついた。
「……書けた」
「書けましたね」
「あたし、書けた……」
マーサさんは、指の跡を何度も撫でて、泣いた。
リーナは得意げに胸を張った。
「先生。書けない人がいるんじゃありません。紙のほうが、字しか受け付けてなかったんです」
参りました、と私は頭を下げた。二千件のお産より、弟子の一言に教わる日がある。
改良版は、絵印と紐と押し印で「字がなくても一冊書ける」ようになった。巻末には、絵印の見本と紐の結び方も付けた。誰が開いても、印の意味が分かるように。
表紙が焚き付けのままなのは気になっていたが、これは妻が解決した。身重の体で針を持ち、藁紙の束に布の表紙を縫い付けてくれたのだ。表紙の隅には、小さな刺繍が入っている。
「なんの花です?」
「ひばりです。花ではなく」
「……鳥に見えな——いえ、いい刺繍です」
妻は目を細めて笑った。彼女の刺繍の腕前は、なんというか——独創的である。だが以来、手帳の表紙に布を縫うのは村の母親たちの楽しみになった。表紙を見れば、どこの家の手帳か分かる。
その晩、妻が聞いた。
「わたくしの帳面は、どこに?」
「あなたの……ああ、妊娠録ですか。診療所の棚です。カルテですから」
「読んでは、いけないもの?」
少し考えた。前世の病院では、カルテの開示には手続きが要った。ここは異世界で、目の前にいるのは患者であり、妻である。
「いけなくは、ありません。ただ、私の悪筆です」
「読みます」
妻は翌日、本当に診療所へ来て、自分の帳面を最初の頁から読んだ。読み終えて、一言だけ言った。
「……次の子の帳面は、わたくしにも書かせてください。あなたの字は、たしかに悪筆ですので」
こうして、わが家の妊娠録は夫婦の共同執筆になった。医学の行の横に、絹糸のように整った字が並ぶ。傍目には、どちらが医者か分からない帳面である。
四 手帳が効いた日
最初に効いたのは、隣町の市場でのことだった。
マーサさんの末の子が、市場見物の最中に熱を出した。駆け込んだ先は、初めてかかる町医者だ。母親は気が動転して、子の歳さえ即答できなかったという。
だが、籠の底に手帳があった。
町医者は、巻末の見本で印の意味を確かめた。太陽の印の並びを数え、私の書き込み欄を読み、それから言ったそうだ。
「この子は熱を出しやすいが、ひきつけの既往はなし。前回はこの薬草で発疹。……なるほど、では別の処方にしよう」
マーサさんは帰ってくるなり、診療所に飛び込んできた。
「先生! 初めて会うお医者が、うちの子を知ってたんです!」
知っていたのではない。読んだのだ。だがそれは、同じことだった。記録とは、その場にいない者へ書く手紙なのだから。
二件目は、紐が教えてくれた。
健診である家の紐暦を見ると、目方の結び目がここ三か月、広がっていなかった。最後の一つは、少し縮んでいる。目方が減っているのだ。母親は「小食なだけ」と言ったが、診ると腹が張っている。ゴルゴンの実の生食による寄生虫だった。薬草で駆虫すると、次の月から結び目の間隔はまた広がり始めた。
症状より先に、記録が異変を教える。前世で成長曲線と呼んでいたものが、麻紐の上に生まれていた。
三件目は、夏祭りの迷子だ。
祭りの雑踏で親とはぐれた三歳の男の子が、口もきけずに泣いていた。着物の懐に、布表紙の手帳。開けば、家の印と、「背中の左に黒子あり」との書き込み。手帳は、半刻で親の腕に子を返した。
産婆たちも、手帳の読み手になった。
隣村の老産婆は、字は読まない。だが、紐と印は読む。「先生の薬草の印が付いとる子には、うちの判断で勝手に草を足さん」と決めてくれた。医者と産婆が、一冊の帳面ごしに手を組んだ形だ。前世で連携医療と呼んでいたものが、藁紙の上で勝手に始まっていた。
四件目は、一冊ではなく、周りの村に広がった百冊が効いた。
秋口のこと。巡回健診で見せてもらう手帳の太陽の印が、川沿いの三つの家に集中していた。同じ十日のうちに、である。壁に掛けた村の地図へ印を付けると、熱は川の流れに沿って広がっていた。
飲み水は井戸に限り、川辺は洗い物だけにする。そう決めて、飲み水は煮沸するよう触れて回った。流行は、残りの家々へ届く前に止まった。
一冊の手帳は、一人の子を守る。だが百冊集まると、村を守る。記録とはそういうものだと、前世の教科書に書いてあった。教科書は正しい。
——そして、代官が来た。
バルツァー殿は診療所の戸口に立ち、挨拶もなしに、例の束を机に置いた。どこかの家の手帳である。
「出回っておるな。台帳と食い違う紙が」
「食い違いましたか」
「……一件だけ、食い違った。だから来た」
私は、改良版の手帳を開いて、最終頁を見せた。そこには、こう刷ってある。
『このてちょうに、おおやけの効力はありません。台帳のかわりにはなりません。これは、家のなかの紙です』
バルツァー殿の眉が、ぴくりと動いた。
「税や兵役を決めるのは、台帳です。この手帳だけで、台帳は変えられません。台帳と争うための紙ではないからです。この手帳が守るのは、家の言い分ではなく、子どもの体です」
「……ふん。逃げ道だけは考えおって」
「逃げ道ではなく、住み分けです。国を数える紙と、子を見る紙。もし食い違ったら——それは、台帳を調べ直す合図にすればいい」
バルツァー殿は、手帳をぱらぱらとめくった。太陽の印。押し印。結び目の紐。嵐の夜の一頁目。帳面を四十年つけてきた指が、頁の上で少し止まった。
「……その一件を、話しておく」
「聞きましょう」
「北の集落の母親が、手帳とやらを持って出張所に来た。『台帳では、うちの息子は死んだことになっていると聞いた。この子は生きている』とな」
手帳には、死亡とされた日より後も、背丈の結び目が並んでいたという。
「手帳に効力はない。だから手帳を根拠にはせず、わしが台帳をもう一度調べた。……三年前の流行り病の年だ。書き役が急ぐあまり、生きている子を死亡の欄へ写し間違えておった。わしの帳面が、間違っておった」
子どもは公には存在しないことになっていて、あと数年もすれば、兵役逃れの咎で親が疑われるところだったという。
バルツァー殿は、それを認めるのに、たっぷり十秒かけた。四十年分の十秒だと思う。
「若いの。わしも四十年、帳面をつけてきた。……民に憎まれる帳面をな」
「台帳がなければ、国は回りません」
「世辞はいい」
代官は立ち上がり、戸口で背中を向けたまま言った。
「……役所の物置に、藁紙の余りが山とある。焚き付けにするには多すぎる量だ。——取りに来るなら、荷車で来い」
以来、手帳の紙は、役所の払い下げである。憎まれ役の帳面人は、村でいちばんの紙の恩人になった。本人は認めないが。
五 読めない手紙
初雪が降って間もないころ、トトが村へ来た。
七つの男の子だ。父親は先の戦争で死んだ。母親も先日の初雪の晩、急な熱病で亡くなった。いったん街道の孤児院に身を寄せたところを、村の鍛冶屋の夫婦が養子に取った。
鍛冶屋の夫婦は、遠慮がちに距離を測っていた。七つで二度も家を替わった子に、どう近づけばいいのか、大人のほうが分からないのだ。トトは礼儀正しく、礼儀正しいまま、誰とも目を合わせなかった。
村の子らが誘っても、雪遊びには行かない。誘いの断り方だけが、歳に似合わず上手だった。上手すぎるのが、心配だった。
かみさんが少し困った顔で診療所へ連れてきたのは、健診のためだけではなかった。
「先生。この子の荷物に、これが」
布表紙の手帳だった。
春に隣村へ配った、改良版の一冊である。表紙の布は手垢でくすみ、隅がすり切れている。トトの母親は、春の健診の列に並んでいた一人だったのだ。七年分の記憶を、少しずつ書き戻していたらしい。
トトは手帳を、荷物のいちばん底に、着替えより深くしまっていたという。
「母ちゃんのだ」
トトは手帳を膝に置いて、言った。
「母ちゃんが、いっつも夜に書いてた。……けど、おれ、字が読めねえ。何て書いてあるか、わかんねえ」
読んでくれ、とは言わなかった。七つの男の子の意地である。膝の上の手帳を、ただ、じっと見ていた。
「……よければ、一緒に読みますか」
トトは、こくりと頷いた。
一頁目。
『はれ。かぜ つよし』
「あなたが生まれた日は、晴れ。風の強い日だったそうです」
「……風」
「ええ。よく晴れて、風の強い日です」
二頁目の『ちちの手がた』は、空白だった。その下に、炭の親指の跡が、一つだけ押してあった。
「これは、お母さんの押し印です。手帳を受け取った日に、最初に残した跡でしょう」
トトは自分の親指を、そっと重ねた。母親の跡は、ほんの少しだけ大きかった。
頁をめくる。麻紐の結び目が、少しずつ間隔を広げながら並んでいる。
「これは、あなたの目方と背丈です。結び目がだんだん離れていくでしょう。……よく育った、ということです」
『はじめて わらう。とうちゃんの ひげで』
「初めて笑ったのは、お父さんの髭が頬に当たったときだそうです」
「……とうちゃんの顔、おれ、覚えてねえ」
「髭のある顔です。あなたを笑わせた髭です。……ここに、そう書いてあります」
太陽の印がふたつ並んだ頁があった。高い熱が二日続いた印だ。横に、炭の拙い字で、こうあった。
『あさまで だっこ』
「熱の夜は、朝まで抱いていてくれたそうです」
トトの喉が、小さく鳴った。
『せなか ほくろ ひだり』
「背中の左に、黒子。迷子になったときのための、あなたの印です」
「……知らねえ。自分の背中なんか、見たことねえ」
「お母さんは、見ていたんです。あなたの知らないあなたを、ぜんぶ」
トトは、返事をしなかった。しなかったが、手帳を持つ手に、力が入った。
最後の書き込みは、先日の初雪の日だった。
『とと、はつゆき——』
文は、そこで途切れている。
続きを書くはずだったその夜に、熱病が来たのだ。
途切れた文の先の、何も書かれていない白い頁を、トトは長いこと見ていた。それから手帳を胸に抱いて、村へ来て初めて、七つの子どもの顔で泣いた。鍛冶屋のかみさんがその背中を、朝までの抱き方で抱く。抱き方は、手帳が教えたのかもしれなかった。
泣き終わったあと、トトは目を赤くしたまま、私に言った。
「先生。おれ、字、習う」
「……いい心がけです。理由を聞いても?」
「これ、自分で読めるようになる。それで——」
トトは、白い頁を開いた。
「続き、おれが書く。母ちゃんの帳面の続きは、おれの帳面だろ」
私は、しばらく返事ができなかった。
記録は、国のためのものではない。医者のためのものですらない。
いつか子どもが、親に会い直すためにある。
この手帳が守るものの名前を、私はこの日、七つの子に教わった。
(前世の指導医が言っていた。「カルテは、未来の誰かへの手紙だ」と。先生、手紙は届きました。世界を跨いで、いちばん小さい宛先に)
その話を、紙を届けに来たバルツァー殿にした。
字の師匠は、意外な人が引き受けた。
バルツァー殿である。
「四十年、字で人を数えてきた。……字で人を読むほうを教えるのは、初めてだ」
隣町の出張所の窓口の隅で、週に二度、老代官と七つの子が帳面を挟んで座っている。トトが最初に書けるようになったのは、自分の名前。二番目は、母の名前だったという。
ついでに言えば、トトが雪遊びの誘いを断らなくなったのは、その少しあとのことである。
六 母と子の手帳
冬の間に、手帳は周辺の領地へ広がった。
妻の実家が動いてくれたのが大きい。近隣の有力家で、領主会議へ一冊を持ち込めるだけの伝手がある。
その会議には、妻が一冊持って出た。並みいる家老たちを前に、説明の口上をぜんぶ省いて、一頁目だけを開いて見せたそうだ。
「『はれ。ゆきのこる』。——うちの娘の、人生の一行目です。皆さまのお孫さまには、この一行がございますか」
会議は、その場で、領内の村へ試しに配ることを決めたという。
年が明けて、名前がついた。
『母と子の手帳』。
ひねりのない名前だが、ひねりのない名前がいちばん長生きすることを、私は前世の「母子健康手帳」で知っている。
配布の窓口は、各村の役所と健診の場だ。役所が扱うのは、空の一冊を渡すところまで。書き込んだ中身は、家族の手元に残る。
エルデの里の分は、隣町にあるバルツァー殿の出張所の窓口に積んである。憎まれ役の窓口に、赤ん坊を抱いた母親が並ぶようになった。四十年で初めての光景だそうだ。
「妙な気分だ」と、本人は言う。まんざらでもない顔で。
わが家はといえば、妻の産み月が、もう近い。
夜、居間の机に、真新しい手帳が一冊置いてある。わが家の四冊目。うちの二人目の分だ。表紙の布には、例の独創的なひばりが二羽、刺繍されている。
「名前の欄は、どうします?」
妻が聞いた。
「空けておきましょう。顔を見てから決める約束ですから」
「一頁目も、空いたままですけれど」
「一頁目は、生まれた日の天気です。……こればかりは、当日にならないと」
妻は表紙を撫でて、それから、いたずらっぽく笑った。
「晴れるといいですね」
「ええ。……でも、嵐でも構いません。書くことが増えるだけです。この帳面は、そういうふうにできています」
娘のヒカリが、自分の手帳を抱えて、とてとてと歩いてきた。二歳児は最近、これを絵本だと思っている。
「よんで」
妻が娘を膝に乗せ、一頁目を開く。
「『はれ。ゆきのこる』。——あなたが生まれた日は、晴れ。前の日の雪が、屋根に残っていました」
娘は満足そうに聞いている。自分の物語の、一行目だからだ。
カルテは医者のもの。台帳は国のもの。
でも、この一冊だけは、家族のものだ。
窓の外に、細い三日月が出ていた。転生の窓口で会った係の、とんがり帽子に似ている。
(窓口の方、見ていますか。チートスキルは使いませんでした。藁紙と麻紐と、母親たちの親指で足りました。……ただ、来期の予算でこの世界の紙を安くしてもらえると、助かります)
もうすぐ、四冊目の一頁目を書く。
書く天気が、晴れだといい。
(完)
お読みいただきありがとうございます。
母子健康手帳は、日本で生まれた制度です。戦時中の妊産婦手帳に始まり、戦後「母子手帳」となって、いまでは形を変えながら世界の多くの国へ広がりました。日本の医療が世界へ送り出した発明の中でも、いちばん小さくて、いちばん遠くまで届いたものの一つだと思います。
診察室で「前回の熱はいつでしたか」に正確に答えられる人は、実はほとんどいません。責められることではありません。人の記憶は、そういうふうにはできていないからです。だからこそ記録は、道具の形で親の手元にある必要があります。
そして手帳のいちばん大切な読者は、たぶん行政でも医者でもなく——大きくなってから、それを開く子ども自身です。自分が生まれた日の天気を知っている人は、少しだけ、自分の物語を最初から持っている人です。
「一頁目は、生まれた日の天気」。
——この一行を書きたくて、この話を書きました。
本作の主人公には、同じ世界でのもう一つの物語があります。
→『前世が産婦人科医だったので異世界で「安全な出産」を広めたら聖女より崇拝された』
彼がこの村に来るまでの話です。本作とどちらから読んでも大丈夫なように書いてあります。
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