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ずっと一緒に(メロン、くつべら、海ぶどう)

 彼の最初の言葉は「良かった」だった。


 彼がネコに優しくする処を見ているうちに、彼への想いがどうしようもなく膨れ上がっていくのが分かった。そして、私が抱え込んでいる事に関して、これ以上、彼に隠しておく事が出来ない事を意識した。

 そして今日、彼に全てを話した。 もちろん、思い出したくも無い、忘れていたい事なのだけど、でも、忘れたふりをしただけでは解決できない事なのも確かだったから。

 これまでは、自分の気持ちすら殺して、ただ死んでいない、そんな人生を過ごそうとしていた。 けど、彼と出会い、それだけでは済まない。もっと多くを望みたくなってしまった。

 そして、その場合は、この慟哭を避ける事は不可能だった。克服し、乗り越えないと、彼の気持ちを正面から受け止めることができないから…。


 だから、全てを話した。

 短大生の頃に恋をした事を、けど、相手にとっては恋などではなかった事。そして、誘われるがままに海に行き、集団で暴行された事。 そして、誰の子かも分からない子供を身篭り、堕胎した事。 そして、その時に受けた傷やショックで、今も耳がほとんど聞こえない事。

「これ、アイポッドじゃないのよ?」

 自嘲気味の笑みで、補聴器を彼に指し示した。


 そして、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。 どうか、私を哀れまないで…。

 そう思いながら、真っ直ぐに、祈るように彼を見つめた。


 彼は最初は戸惑っていた様だった。 けど、話が進むうちに、真剣な表情になり、真っ直ぐに私を見つめた。一言も聞き漏らすまい、そう考えている様だった。 私は、私の全てを受け止めて欲しくて、何一つ隠さず、全てを告白した。

 そうする事で、これまでより、少し心が軽くなった様な気がした。


 その時の彼の答が

「良かった」

 だった。 一瞬、意味が判らなかった。良い事なんか何もなかったのに…。


 でも、彼の言葉は私の想いを遥かに超えていた。

「生きててくれて良かった。 心を取り戻してくれて良かった。 そして…」

「きみを好きになって良かった」

 そう言って、私を抱きしめてくれた。




 季節が巡り、彼に初めて声をかけられた日から約半年、彼の予約してくれた小料理屋で一緒に食事をした。 普段はその辺の居酒屋なのに、珍しくちょっと洒落たお店だった。

「高くないの?」

 そんな心配もしたけれど、その辺は一応計算してある様だった。

 どうしてわざわざ? とも思った、一つは分かりやすかった。今日は私の誕生日だった。そしてもう一つは、料理が出てきて分かった。

「海ぶどうでございます」

「え?」

「覚えててくれたんだ?」

 そう、もう私自身が忘れていたけれど、以前「海ぶどうって食べてみたいな」そんな事を言った記憶があった。 彼は「そうだっけ」なんてとぼけてたけど、照れまくってる表情からはバレバレだった。

 けれど、それだけじゃ無い様だった。


 出される料理はどれも美味しかったけれど、いつもの様には会話が進まなかった。

 彼は、何かを言おうと話し始めるんだけど、すぐにどもって、口ごもってしまい、毎回「あの…」とか「あー…」とか、まるで会話にならなかった。

 けど、それはすぐに私にも伝染してしまった。

 彼の考えている事が分かったから…。 いつもと違う洒落た店、何故かビシッと正装している彼。ネクタイも普段と違うものだった。もしかすると、そのネクタイが彼の勝負ネクタイなんだろうか? そして、真っ赤になってしどろもどろの台詞。

 もう、考えつくのは一つだけだったから…。


 そうなると、二人で赤くなって俯いてしまい、ほとんど会話も出来ないうちに、気が付いたらデザートのメロンが運ばれてきてしまった。 それを見て、とうとう我慢しきれなくなった私は言ってしまった。

「お嫁さんになってあげる」

 いきなり「なってあげる」という発言は如何なものか?とも思ったけど、もう細かい事はどうでもいい、そう思った。

 一瞬、虚を突かれた感じだった彼も、私の言葉に後押しされる様に「結婚してください」とやっと言ってくれた。「遅い!」そう答える私は満面の笑みだった。


 その後はやっといつもの私たちに戻った。

 帰りがけに、靴を履こうとする彼に「はい、ご主人様?」など言いながらくつべらを渡してあげたら、真っ赤になってドギマギするもんだから、私まで真っ赤になってしまった。

 それでも、二人とも満面の笑みだった。


 店を出て、彼の目を見て、改めて気持ちを伝えた。

「あなたに出会えて良かった。 私、本当に、本当に幸せだよ」


 一度はもう要らないと思っていた人生だったけど、今は何よりも失いたくなかった。

 幸せだったから。 きっと、彼の想いも一緒だと思った。


 だって、彼も笑顔だったから。


 んー。三題噺で一つのお話を、というのはやっぱり難しいですね。一応の形にはしたつもりですが、やはり強引さは否めないかな…。

 以前のお話は、我ながら、ちょっと出来が良くなかったかな、と思ってます。 一度掲載したものを完全に削除する、というのもイケナイか、と考え、おまけとして、つけておきます。

 ので、おまけは、本編とは関係ない、別のお話です。(骨格が同じなのは、元になったお話だから、ですが…)

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