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出会い(イアホン、つめきり、ボールペン)

 最近、僕にはとても気になる女性がいた。

 それは、通勤途中、特に朝の出勤時によく見かける女性だった。

 最初は、彼女がどんな人なのか、どこの誰なのか、何も分からなかったけど、何か、どこかで見た事がある様な、でもそれが何なのか判らず、でもとにかく気になっていた。そして、彼女を毎日見かけるのが楽しみになっていた。

 その当時、彼女に関して分かっていた事は、僕の出社時間と重なるような時間に、僕と同じ駅から電車に乗る事。そして、途中までは同じ電車に乗るけど、彼女の方が僕より先に電車を降りる事。そして、駅まではバスで来ているらしい事。

 他には、彼女はいつも、ちょっと凝った形のイアホンを付けていて、アイボッドか何かで音楽を聴いている様だって事だった。そして何故か、よく周囲を見回していた。 なので、うっかり彼女を見つめていると、目が合ってしまって照れてしまう事があった。

 もっとも、照れるのは僕だけで、彼女のほうは僕と目が合った事には気が付きもしないのか、視線はいつも僕を素通りしていったけど…。

 あんまりに平然と僕の上を視線が横切っていくので、本当に見えてるのか?なんて思ったりもしたけれど、見えているのは確かのようだった。


 朝、そんな彼女と会いたくて、仕事は辛いけど、僕は決して遅刻はしなかった。



 けど、休日はつまらなかった。

 ごろごろと部屋でテレビを見たり、本を読んだり、そしてつめを切ったり…。最高につまらなかった。

 そんな休日のある日、ふと、何の気なしに、中学の卒業アルバムを手に取った。

 そして、何とそのアルバムの中に彼女を発見した。 どこかで見た事がある…、その感覚がぴたり、とはまった様に感じた。 間違いない、彼女だ。そう感じた。 どうして、気が付かなかったのか、と言えば。単純だけど、中学当時と髪型が変わっていたからだった。

 けど、そう。この子だったら僕には僅かだけど記憶があった。

 たった一回だったけど、会話を交わした覚えがあった。

 話題は『つめきり』だった。

 確か、脇にカバーが付いたタイプならば、切ったつめが飛んでいかないから、散らからなくて便利。そんなどうでもいい様な事だった。

「そうかぁ、この子だ…。 だとすると同い年だったのか…」

 だとしたら、ちょっと変わった子かも知れないな。などと、ほとんど話したこともない彼女の事を勝手に想像しはじめた。

 アルバムだったので、彼女の名前も分かった。『島崎 加奈子』それまで名前も知らなかったけど、名前が分かった事で、彼女の事を、より身近に感じたのは確かだった。



 そのせいなのか、その翌週、久しぶりに早めに帰ってきた日、改札口の手前で、あの、トレードマークとも言えるイアホンを付けた彼女を発見した僕は、大胆にも彼女を呼びとめた。

「ねぇ、島崎さん」

 声をかけた僕自身もびっくりしていたけど、僕の呼びかけに振り返った彼女は、もっとびっくりした様な表情を浮かべていた。

「だよね?」

 僕はそんな彼女にかまわず、確認しながら近付いていった。


 近付いて、よく見てみると、彼女はちょっとだけ赤くなっていて「えと、えと…」などとどもっていた。どもりまくる彼女を見て、落ち着きを取り戻した僕は、一旦、咳払いをすると「ちょっと時間いいかな?」などと、言ってのける程の大胆さだった。


 そして、積もる話も色々あったけど、僕たちは、その日のうちに、お互いのメールアドレスを交換した。最初、携帯の番号を訊いたのだけど、それはやんわりと断られた。それにはちょっと落ち込んだけど、彼女はすぐにメモ用紙とボールペンを取り出すと、自分のメールアドレスを教えてくれた。

 僕はそれでも十分だったけど、それ以上に嬉しかったのは、何と、彼女の方も、僕の事に気が付いていて、しかも中学校の同級生って事も知っていて、僕の名前も覚えていた。

 そして、ずっと気になっていた。そう言ってくれた事だった。だから、あの後、二人がお互いを指差しながら言った言葉は「つめきり!」だった。


 とにかく、その日を境に、僕の日常は一転した。人生バラ色とはこの事だ。って感じで、我ながら現金なものだな、とも思ったけど、でも、嬉しいことは仕方が無かった。 そして、彼女も喜んでくれている様だったので、それも嬉しかった。

 僕と話す時、彼女はいつも僕をまっすぐに見詰めてくれた。僕が少しくらい小さな声で話しても、彼女に隠すことなんて出来なかった。「耳がいいんだね」そう誤魔化すと、ちょっと俯いて「そんな事、ないわ…」そう言ったけど、僕をまっすぐにみつめて、僕の言う事を一言だって聞き漏らさないんだから、相当に耳がいいのは確かだった。

 いつも、お互いをまっすぐに見つめ合って話し、笑う。 僕たちは春真っ盛りだった。

 まぁ、生まれたてのカップルなんだから、どうしようもない、って事だった。


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