第七話
王都に行くと決めたため、また忙しない日々が始まった。
鍛錬はもちろんとして、当面の生活費を稼がなければなかったからだ。
王都は村から馬車で三日ほどかかり、合間の宿泊費もだが何より物価が違うため、稼ぎの効率が悪い。
性格な差はわからないが三倍は違うと見積もった方がよく、加えて家を用意する必要もあった。
王都はスラム街、平民街、貴族街の区分があり、ルナのことを考えると貴族街が好ましい。
名前の通り、本来であれば平民は買えない、借りられないのだが、学園の生徒であれば別なのだ。
伝手が使えれば話は早かったのだが、今の俺とは面識すらない。
「我ながら頑張ったな」
トランクケースの中に入っている金品を前にし、感慨深げに呟く。
三ヶ月かけて貯めた資産は、王都でも半年は暮らしていけるであろう金額になっていた。
その間に、十七歳の誕生日を迎えた俺の手には指輪がはまっている。
お返しにとルナがプレゼントしてくれたのだ。
……左手の薬指につけろとうるさかったが、無視を決めこんだ。
「兄さん、馬車が来ましたよ」
同じトランクケースを片手に、ルナが呼びに来た。
左手にはもちろん指輪をしている。
虫除けのためだったはずだが、余程気に入ったのかいつもつけていた。
そのせいで俺は村の男どもに絡まれたのだが。
まあ、ルナは村の人気者なので仕方がない。
「忘れ物はないか?」
父の言葉に俺たちは今一度荷物を確認する。
一番大事な相棒は背負っているし、金も入っている。
他のは最悪あちらで購入しても良いし、俺なら二日で往復できる。
「体には気をつけてね」
母は名残惜しそうにルナの体を抱きしめる。
目でグレンも来なさいと訴えかけてくるが、気づかないふりをした。
「グレン、ルナのこと頼んだわよ」
「わかってるよ」
「何かあったらすぐに帰ってこいよ」
「ありがとう、お父さん」
すっかり受かった気でいるが、落ちる可能性もあるのでルナは少し気まずそうだ。
とはいえ、落ちた時の話をするのもはばかられた。
「二人こそ体調には気をつけてな」
最後にそう言って馬車に乗る。
ルナは名残惜しそうに体を離す。
「行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
馬車は走り出し、二人の姿がどんどんと小さくなっていく。
ルナは見えなくなるまで手を振っていた。
「入学したら三年は王都暮らしだ」
「うん……」
「とはいえ、長期休暇の時なら帰って来れるさ」
ルナは気が重いと言わんばかりに項垂れる。
「兄さんは寂しくないんですか?」
「うーん、寂しいっちゃ寂しいけど……まあ、ルナと一緒だしな」
ルナと離れる方が寂しい思いをしただろう。心配も。
「私は兄さんが付いてきてくれなかったら行くのやめてました」
さらっと、笑顔でとんでもないことを宣った。
「……じょ、冗談だよな?」
「冗談じゃないですよ」
「いやだって、一生懸命勉強してたじゃないか」
俺が付いていくと決める前からルナは勉強に勤しんでいた。
あの様子からして俺の動向はそれほど関係ないと思っていたのだが。
「それはもちろん無理やり連れていくつもりだったからです」
「ほ?」
「自分から言い出してくれたので手間が省けました」
「そ、そっか。良かった、な?」
「はい!」
満面の笑みを浮かべているが、薄寒いものを感じるのは俺の気のせいだろうか。
「それより宿の方は大丈夫なんですか? 兄さんは俺は任せておけって言ってましたけど」
勉強に集中してもらうため、生活面の方は俺が一任していたのだ。
王都に関しては両親も土地勘がないので、全面的に俺が好きにやった方が楽だった。
「行ったことありませんよね、王都」
「ないな」
「その割には詳しそうというか、慣れてる雰囲気ですけど」
「き、気のせいじゃないか?」
流石鋭い。
全てを失った後、俺はとある人物に拾われて一年ほど王都を拠点にして生活していたのだ。
その間に剣や生き方を学んだのだが、この世界線では起きていない未来の話だった。
ここらの言い訳が面倒くさいのもあって一人で進めた側面もある。
「じー」
不信感丸出しなルナから目を逸らす。
「誰?」
「は、はい?」
「女?」
「い、いったい何の話ですか?」
ジッと俺の目を覗き込んでくるルナの目は全てを飲み込みそうなほど、暗い色をしていた。
「……違うようですね。わかりました。聞かないであげます」
「あ、ありがとう?」
よくわからないが引き下がってくれたらしい。
「きゃっ!」
馬車が弾む。石でも踏んだのだろうか。
バランスを崩したルナを支える。
「何かありましたか?」
「すみません! 何か踏んづけたみたいで!」
「わかりました」
見通しのよい道だ。御者が何かわからないのであれば、大したことではないだろう。
念のため、外を確認してみるが気になる点はない。
強いて言うならば魔物や獣の気配が全くしないことだろうか。
「大丈夫か?」
胸元に収まっているルナに問いかける。
それに対し、ルナは首を横に振ることで意思表示する。
(酔ったのか?)
環境の変化への不安や試験勉強もあり、最近は寝不足気味なルナだ。酔うのも無理はない。
「わかった。もたれかかってて良いぞ」
「ありがとうございます……」
誰に見られるでもない。
ルナの髪を撫でながらこれからの生活へと思いを馳せるのだった。




