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第五話

 時計の針が天を指す。

 日付が変わった。


「誕生日おめでとう、ルナ」

「ありがとう、兄さん」


 俺のベットに腰掛けているルナはにっこりと微笑む。

 その笑みに固さは見られない。

 一方、俺は防具を着込み、大剣を背負う。おおよそ誕生日を祝う姿ではないが仕方がない。


「無理しないでね……」


 ロウソクの日に照らされたルナの頭を乱暴に撫でる。


「大丈夫、俺に任せておけ。でも、遅くなるもしれないから寝てて良いからな」

「うん……」

「じゃあ、行ってくるな」

「行ってらっしゃい」


 エルガーはまだ姿を見せていないが、いつどうやって現れるかわからない以上、門のところで待つ方が良いだろう。

 ルナはもちろんとして小さな村だ。顔見知りを守りたい気持ちもあった。


「どうした、こんな夜中に」


 玄関を出ると父が声をかけてきた。

 見回りでもしていたのだろうか。手にはロングソードがあった。


「ちょっとな。親父こそどうしたんだ」

「いやなに、大事な娘の誕生日だ。万が一がないように見回ってたんだよ」

「じゃあ、俺が引き継ぐよ」

「……任せた」


 父の神妙な顔はこれから起こることを知っているからだろうか。

 ……いや、今は問うまい。

 いくらでも話す機会があるのだから。


「グレン!」


 振り返らず、足だけ止める。


「一人で大丈夫か?」


 答える代わりに手を振り、目的地へと足を進める。

 夜は冷える。雲の流れからして一雨来るかもしれない。


(そういえば、あの日は雨だったな)


 隣町の宿で見た景色を思い出す。時期に降り出すはずだ。

 待ち人はいつ現れるか。

 雲の切れ間から月の光が差し込む。

 俺は坂を下り、開けた場所へと移動する。


「歩いてくるか、空からくるか。どっちかと思ったが、月夜の散歩とはオシャレだな」


 コツコツと音を響かせ、空から透明な階段を下りてくる。

 ロングコートを靡かせた銀髪の男は無機質な目をしていた。


「初めまして、と言っておこうか」

「……お前は誰だ」


 口を開くだけでこの威圧感。これで分身体とは恐れいった。

 だが、俺にはそよ風でしかない。


「俺はグレン。あの村の守り手だ。お前の名は?」

「……エルガー」


 知っているけどな、と心の中で舌を出す。

 意外にも律儀な男は聞けば大抵のことは教えてくれる。魔王が絡まなければ話だが。


「夜分遅くに何用だ」

「殺しに……」

「誰を?」

「知らぬ……」

「知らないのにどうやって殺すんだよ」

「全て……」

(ちっ、ルナが狙いかわからないじゃないか)


 状況証拠からルナがターゲットだと思われるが、エルガー自身が知らないとなると答えは闇の中だ。


「誰の命令だ」

「…………」


 エルガーは答える代わりに刃を振るう。

 いつの間に抜いたのか、血の色のようにドス黒い色をした刀身が目の前に迫る。

 しかし、予期していたため余裕を持って受ける。


(当然、指示を出したのは魔王だよな)


 復活していないはずの魔王だが、意思は伝えられるのか、時折彼らの会話やその裏に登場する。


「ここから先は行かせないぜ」

「……死ね」


 返答と同時に地を蹴る。

 距離は一瞬でなくなり、金属と金属がぶつかり合う鈍い音が響く。

 パワー勝負なら大剣である俺が有利。

 重量に任せ、ゴリ押すとエルガーは即座に長刀を滑らせ、回り込む。


 ーー一閃。


 横なぎを屈むことで回避し、軸足に強い力をかけて相棒を振り回す。

 エルガーが空を舞う。手応えはない。

 人の見た目をしているが、エルガーが描く軌道は自由そのもの。

 対人の感覚では上手くいかない。


(知ってるっての……!)


 初見の時は虚をつかれた動きも知っていれば問題ない。

 人間離れしているといっても二度飛ぶことはできない。

 着地際を狙った一撃が胸に入り、エルガーを吹き飛ばす。


(浅いか)


 いや、力が足りなかったのだ。

 動きもそうだが、肉体強度も人のそれよりは鉱石の方が感触が近い。

 硬い岩を殴った手応えに舌打ちする。

 今ので決めたかった。


「……なるほど」


 ゆらりと立ち上がり、粗雑に距離を詰めてくるエルガーは呟く。

 今ので気づかれた。俺がエルガーを知っていると。

 エルガーに何故はない。ただ起きた事象をそのまま受け止める。

 倒した時は、それを逆手に取ったが仲間がいなければ成立しない。


(どっちで来る……!)


 追撃をしなかった理由はエルガーの技を警戒してだ。

 分身体のエルガーは主に三つの技を使うが、今の俺では対応できないのが一つある。

 エルガーが長刀を……高く構えた。


(よし……!)


 最悪ではない。

 即座に横に飛び、ジグザグに走り出す。

 エルガーが一瞬の間に長刀を十度振る。

 合わせて赤黒い真空の刃が飛び交う。


「っ!」


 エルガーが僅かに目を開く。

 今の俺では十個全ての軌道は見切れない。

 ならば、致命傷になる刃だけをかわせば良い。

 肩や太ももをかすり、血が走るが動きに支障はない。


「はあああああっ!」


 ーー徹。


「ぐはっ!」


 正面からまともに受けたエルガーが口から血を出す。

 受けられるのは承知の上、“徹”は武器や防具の上からでも衝撃を貫通させる。

 斬れたら一番だが、今の俺の力ではこちらの方がダメージを与えられる。


「まだまだっ!」


 徹は連続では使えない。

 とにかく、技を出させないための連続攻撃。

 未だダメージの残るエルガーは捌き斬れず、徐々に肉体に傷がつき始める。


「ぐっ……!」


 エルガーの刀が下段の構えへと移行する。

 一瞬早く地を蹴り、上空へと身を翻す。

 紅蓮の炎が地上を焼くも、そこに俺はいない。


「はっ!」


 エルガーの後方に着地し、振り向き様に一撃が無防備な背中に入る。

 大きな傷口から血が吹き出すが、エルガーは数歩よろめいただけで倒れなかった。

 追撃をしかけようとしていた俺は、急ブレーキをかけ、後ろへ飛ぶ。

 次の瞬間、血が発火し、火柱が天へと吹き上がった。


(危ねえ! 相変わらずなんだよ、こいつの血は!)


 全身を焼かれた記憶が脳裏に過ぎり、冷や汗をかく。

 方や無傷、方や多数の傷口に加え、肩で息をしている。

 状況だけ見ればこちらの優勢だが、そもそもまともに一撃を喰らったら終わりなため、五分五分もいっても差し支えなかった。


(雨か……)


 ポツポツと降り始めたかと思えば、あっという間に大降りになる。

 雨の中でエルガーと戦ったことはない。そういう意味ではマイナスだ。

 血は流され、燃え続けていた火も消火される。

 一見すると雨は苦手そうだが……。


「っ!」


 雨粒を切り裂く真空の刃をギリギリ受け止める。

 エルガーが長刀を振ったのは見えたが、いつもの赤黒い色ではなく、無色だった。


(くそ、それも流されるのかよ)


 加えて雨粒のせいで軌道を読むのが困難だ。

 エルガーもわかっているのか、連続して真空の刃を放ってくる。

 

「ぐあ……」


 左腕に刃が食い込む。避け損ねた。

 懐から短刀を三本取り出し、牽制のために投擲する。

 刀身に魔術付与をしているため、エルガーは飛び去ってかわす。

 大した効果ではないが、中身を知らなければ警戒せざるを得ないだろう。

 僅かな隙間で左腕の応急手当てを終わらせる。初級とはいえ、回復魔法が使える利点だ。

 血の流れだけでも止められたら戦える。


(ただでさえ、力が足りないってのによ)


 右腕一本で相棒を振り回したところで致命傷を与えるのは難しい。


(どうする?)


 己に問いかける。

 答えは一つだった。


「攻めあるのみ……!」


 時間が経つほど不利になる。

 こちらから打って出る他なかった。

 エルガーもわかっていたと言わんばかりに刃をかわす。

 一手、二手、三手、四手、五手。

 ぶつかり合う度、どこかが斬られる。

 ぶつかり合う度、感触が薄れていく。

 ぶつかり合う度、ルナが過ぎる。


「あああああああっ!」

「っ!?」


 相棒を空へと投げ、上段からの一振りを白羽取りする。

 左腕が悲鳴をあげ、バランスが崩れるもそれを逆手に取り、刀身を地へと叩きつける。

 入れ替わるように落ちてくる相棒を取り、無防備な頭部へと一撃を放つ。


 ーー斬。


 刀身に通している魔力を鋭く、密度を高め、斬撃性能を上げる“斬”はいかなエルガーの肉体といえども受けきれなかった。

 エルガーは真っ二つに裂かれ、崩れ落ちる。


「はあ……はあ……はあ……」


 斬で魔力を根こそぎ持っていかれたため、俺も立ってはいられなかった。


「勝った……」


 喜びは……込み上げてこなかった。

 嫌な予感が消えない。


「しま……!」


 エルガーの長刀が折れていることに気づき、すぐに逃げ出そうとするも体がいうことをきかない。

 そんな俺を嘲笑うかのように刃が周囲を覆い尽くす。

 今の俺では防ぎきれないエルガーの技の一つ。

 それは、放った無数の斬撃が遅れてやってくるものだった。

 

(死ぬ、ルナ……)

「兄さん!」


 ルナの声を掻き消すように斬撃が降り注いだ。

 目をつむり、死を覚悟した俺はいつまで経ってもやってこない痛みに恐る恐る目を開ける。


「これ……」


 俺を覆うように展開している壁は、勇者パーティにいる時、よく見かけたものだった。

 魔法使いが使う結界は術者次第でどんな攻撃も防ぐことができると言うが……。


(エルガーのあれを受け止めた、だと)


 展開したのは一人しかいない。


「兄さーん!」


 必死に駆け寄ってくる小さなフォルム。

 ルナは涙か、雨か、顔を大量に濡らしながら俺に抱きついてきた。


「生きてる……! 生きてるよね……!」

「ルナのおかげでな……」

「バカ! 兄さんのバカ……!」


 先程まで頭を占めていた疑問は吹き飛んでいた。

 今はただ腕の中にあるかすかなぬくもりが、ただただ愛おしかった。

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