第三話
二日目の早朝、鍛錬も兼ねて周辺の探索する。
幻の場合、術者が近くにいたり、エリア制限が確認されたりするからだ。
しかし、結果は芳しくなかった。
術者どころか魔法の使用痕すら見つからず、また隣町まで足を伸ばしたが制限は見受けられなかった。
俺の知識ではそろそろ現実とするしかない状況だ。
それならそれで嬉しいはずなのだが、困惑の方が強い。
過去を断ち切り、魔王を殺すことを決意したばかりだったからだ。
晴れない心を汗と一緒に流せないかと水を浴びる。
「起きてる……」
「ルナか。おはよう」
布で水分を拭きながら朝の挨拶をする。
「おはよう……。朝早いけど何をしてたの?」
「鍛錬をな」
「そ、そっか」
ルナのどこか落ち着かないといった雰囲気だ。
……上半身裸だからだろうか。
いそいそと服を着る。
「あとこれ」
井戸の横に置いておいた袋を渡す。
「これって……お肉?」
「猪だ。悪いけど調理してくれないか? あいつの手入れをしたくてさ」
「それは良いけど……どうしたの、これ」
質問の意図が分からず目をぱちくりさせる。
「森で狩っただけだけど……」
「朝から森に? それにちゃんと解体されてる……」
そこで気づく。
そういえば、この頃の俺は猪すら綺麗に狩れず、解体もおざなりだった。
魔物を斬ることしか興味がなく、獣とか適当にやっていたのだ。
「俺だってやればできるだぞ」
「それは知ってますけど、やらないのが兄さんだったじゃないですか」
おそらく、当時の俺はこれほど綺麗にできなかったと思うが、存外ルナからの評価は高いらしい。
「昨日も言ったろ。大人になったんだって」
「……いきなりすぎます」
ルナの言い分も最もだった。
いきなり、精神年齢が五年も成熟したら違和感しかないだろう。
あまり気にしていない両親の方がおかしいのかもしれない。
「まあまあ、気にするなって。悪いことじゃないだろ?」
「…………はい」
尚も不満そうなルナが家の中へと姿を消す。
申し訳ないが、ルナには納得してもらうしかない。
「さてと」
綺麗に斬れたため、血や脂はほとんどついていないが日々の手入れが寿命に繋がるのだ。
ここら辺、一度失敗したので丁寧にやる。
「綺麗だな……」
いつまでも綺麗なままだと思っていたが、こうして当初の姿を見ると酷使してきたのがわかる。
真っ二つにされた刀身は当然として柄もだいぶすり減っていた。
「少し削っとくか……」
自然と削れるのがベストなのだが、そうも言ってられない状況だった。
仮に現実だとしたら、この村はそろそろ滅亡する。
ルナの15歳の誕生日、その前夜突如として四天王の一人、鮮血のエルガーが村を襲撃し、俺を除く全てを壊した。
理由はわからない。エルガーが滅ぶその時まで口を割らなかったからだ。
(本来なら勝負にもならないが……)
全盛期の五割ほどの俺では逆立ちしても勝てない相手だが、全力を出せないのは相手も同じだ。
エルガーは魔王復活のために力を割いており、各地で暴れていたのは分身ーーそれも本体の二割ほどの力しかないーーだった。
加えて相手は初見、こちらは奥の手まで知っている状態だ。
(理想はエルガーが面食らっている間に倒す)
とはいえ、百戦錬磨の四天王最強様だ。
(村のみんなを説得して逃げてもらいたいところだが……)
あいつが襲ってきた理由がわからない以上、無駄に戦火を広げる可能性がある。
(迎え討つしかないか……)
消極的なのはやはり幻か現実が定まらないからだろう。
それこそ幻なら戦う必要すらない。
けれど、短い時間の中、心は既にここを現実だと受け入れていた。
それほどまでに彼らの反応は自然そのもので、俺の知らない一面も覗かせてくる。
(俺はどうすれば……どうしたいのか)
気づけば手入れは終わり、相棒は万全の姿で意気揚々と輝いていた。
ふっと笑みをこぼす。
「兄さん」
後ろから声をかけられる。
「できましたよ」
「ありがとう」
立ち上がり、相棒を担ぎ、ルナの横に立つ。
「大切なんですね」
「ん?」
「その剣、デレデレしてましたよ」
「デレデレ? 流石にそんな顔はしてなかったと思うけど」
「してました。私には見せたことない顔を」
だとしても何故不満げなのかと苦笑する。
ルナはしっかり者でありながら、どうにも甘えん坊でもあった。
「剣に嫉妬か?」
「っ! し、してません!」
「はははっ」
「むー! 兄さんのバカ!」
懐かしいやり取りに自然と涙が伝う。
「兄さん?」
「あ、いや、何でもないんだ」
袖で涙を拭い、腹減ったと小走りで食卓へと向かう。
自分でも驚いていた。涙など枯れ果てたものだとばかり。
「流石はルナ。美味そうだ」
「褒めても何も出ませんよ」
野菜もちゃんと食べてくださいよとの言葉を無視し、肉にかぶりつく。
料理もだいぶできるようになったが、やはりルナや母には勝てない。
ただ肉を焼いただけなのに何故こうも違うのだろうか。……焼いただけとしか認識できないからだろうか。
「……ねえ、兄さん」
半分ほど食べ終えた頃、ルナがポツリと名を呼ぶ。
視線を向け、どうしたかと問うと、
「私さ、そろそろ誕生日でしょ」
ドキリと心臓が跳ねた。
想定はしていたが、いざ言葉にされると体に緊張が走る。
続く言葉を俺は知っている。
前回も朝食を食べている時だったはずだ。
「欲しい物があるんだよね。買ってくれる?」
一言一句、同じ台詞を口にする。
「……もちろん、何が欲しいんだ?」
俺の返しも同じ。
「秘密。前日に言うから」
「何でだよ。先に教えてくれた方が確実だろ」
ルナは何故だかこの時、教えてくれなかったのだ。
「だーめ。ちゃんと意味があるから」
ルナが欲しがるのはなんてことはない。
『指輪が欲しいの。明日、朝一番に持ってきて』
朝一番だと当日では間に合わないでしょと言われ、隣町で指輪を購入し、一泊したのだ。
……そして、戻った時には全てが終わっていた。
ルナは何か知っていたのだろうか。
今になってはわからない。わかる日は来ない。
(そのはず、だったんだけどな……)
笑顔のルナ……その表情には僅かに影がさしていた。
「……悩みがあるな言えよ。ちゃんと聞くから」
「っ!?」
笑顔が崩れる。
しかし、すぐに取り繕うと、
「夢見が悪いだけ、大丈夫だから」
確かによく見ると目の下にクマができていた。
夢見が悪いのは本当なのだろう。
「学園にも行かないといけないし、ストレスが溜まってるのかな」
「学園……」
言われて思い出した。
ルナは魔法の才が買われ、王都の魔法学園に通うことになっていたんだ。
「そういえば、通うと決まってから喋り方、変えたんだよな。戻ってるけど」
「も、戻ってました?」
「ちょっとな」
「頑張ってたのに……!」
学園には貴族のご子息、ご令嬢も多いため、丁寧な口調を意識していたのだ。
本来であれば村娘相応の話し方だったのだが、そこはそれやればできる子。
「切り替えられるなら俺相手までする必要ないけど……」
「難しいので統一してるんです……」
兄さんも兄様に変えてようとしていたぐらいだ。
流石に違和感があるとやめたが。
「はあ、気が重い」
「ルナなら大丈夫だよ」
「他人事だからって」
ジト目で見てくるルナを笑顔で受け流す。
彼女の前途は明るいもののはずだった。
「大丈夫だよ……」
心は決まった。
夢でも幻でも構わない。
俺がルナを守る。




