第二話
「お前にはまだ早い」
穏やかな口調だが、強い意志を感じた。
地下に眠っている大剣は、俺の相棒と呼ぶべき存在だ。
父は昔鍛治職人をしていたらしく、その最高傑作にして最後の作品。
焼かれた村の跡地から引き摺り出し、旅に出た日はもう随分と遠く感じる。
「早いってどれぐらい?」
「……少なくとも妹に食べさせてもらってる奴には渡せないな」
「これは俺の意思じゃないんだけど」
「ついでにルナも渡さん」
「妹だって……」
げんなりした態度に不満があったのか、ルナがパンで頬を押してくる。
「なに拗ねてんだよ」
「拗ねてません」
「それで、どうしたら認めてもらえる?」
どう考えても拗ねているルナは放置し、再度父に要求する。
「はあ、毎日真面目に努力することだな。知ってるぞ。最近特に手を抜いてるだろ」
「そうだったっけ」
覚えているのは弱かったこと、間に合わなかったことだけだ。
自分がどんな生活を送っていたかなど朧げにしか覚えていない。
「まあ、この辺りの魔物は物足りないだろうからな。気合いが入らないのも無理ないが」
父は違う意味で捉えたのか、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「世界には想像もつかない程の強者が五万といる。お前も才能はあるが、それに溺れている限り強くはなれないぞ」
「……わかってるよ」
今の姿では何もわかっていない子供の言葉に聞こえるだろう。
だがしかし、そんなことは嫌というほど味わってきた。
「兄さん?」
俺の変化にルナは目ざとく気づく。
「とりあえず、俺の覚悟を見てもらおうか」
俺は立ち上がると飾ってある父の剣を取り、持ち主へと渡す。
「俺に勝ったからってそれだけじゃ認めないぞ」
「わかってるって。ただ、剣でなければ伝わらないこともあるだろ?」
本格的な師匠は別にいるが、最初に剣の握り方を教えてくれたのは父だ。
この頃は既に俺の方が強かったが、説得するには一番手っ取り早い。
これが幻ならみすみす武器を渡すことなどしないだろうが。
「……確かに、お前の言うことも一理ある。久しぶりに一本やるか」
気さくに笑う様は記憶の父そのもの。
現実なのか? 脳裏によぎる可能性。
賢者が残した文献には時渡りの秘術について記載されていた。
しかし、可能性だけで実験段階にすら到達していなかったはずだが。
幻9割、現実1割程度に気持ちをシフトする。
どちらにせよ、愛剣を手に入れるのは必要不可欠だ。
「無理しないでくださいね」
「わかってるよ。ちゃんと手加減してやるから」
「そういうことじゃ……」
心配するルナの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。
柔らかな感触に、無意識に唇を噛み締める。
現実……現実であってほしい。
やり直せるならと幾度思ったことだろうか。
「食べたばかりなのに大丈夫なのか?」
父の言葉にニヤリと笑う。
「食後の運動には丁度良い。親父こそ体は大丈夫か? なまってそうだけど」
「生意気言うな。まだまだ現役よ」
そう言って父はロングソードを抜き、数度振る。
子供の時は誰よりも強いと信じて疑わなかった。
しかし、今の俺にはその技量が一目でわかる。
「っ!?」
同じようにロングソードを振る。
それだけで父は顔色を変えた。見る目はあるようだ。
体こそ仕上がっていないが、代わりに古傷もないため半分程度の力は出せる。
「お前……いつの間に……」
「大人になったんだよ」
正確には、なりたかった。
これ以上、言葉はいらない。
切先を父へと向け、仕掛けてこいと悠々と立つ。
父は一瞬気圧されたかのように一歩下がるも、威勢よく声を上げ、真っ直ぐ突っ込んでくる。
振り下ろされた一振りに合わせ、一閃。
「凄い……」
ルナが口に両手をあて、感嘆の声を漏らす。
父の剣は真っ二つに折れていた。
剣の差はない。今し方起きた光景は技量の差でしかなかった。
「親父」
うずくまる親父の背に声をかける。
「これが俺の覚悟だ」
「……本当に子供ってものは親の知らない間に育つんだな」
そんなことはない。
全てを奪われ、復讐だけに固執した時間が少しだけ刃を鋭利にしたのだ。
今でも俺自身はどうしようもなく子供だった。
「わかった。お前の覚悟は見せてもらった。あの剣はお前にやろう」
「ありがとう」
「調整するから後で地下に……」
「いや大丈夫。自分でできるから」
「で、できるのか!?」
しまった。
村にいた頃の俺は鍛治どころか、手入れすら雑な部類だった。
父が先程以上に驚いているのも無理はない。
ルナですら懐疑的な視線を向けてくる。
「兄さん、できるの……? 本当に……?」
「お、おう。自分の剣ぐらい自分でできないとな」
「血やら泥すら拭かないのに? いつも誰が拭いてあげてると思ってるの?」
「ルナさんです……。いつも感謝してます……」
それで誰の影響ですかと怒り気味なルナに腰が引けていると、父が助け舟を出してくれる。
「まあまあ、やれるって言うならやらしてみよう。無理そうなら遠慮なく言えよ。ばっちり調整してやるからな」
「親父もこう言ってることだし……な?」
「わかりました……」
渋々引き下がるルナから逃げるように地下室へと向かう。
鍵もかかっていない簡素な扉を開く。
物置部屋としても使われているここの奥に、それは鎮座していた。
「おはよう、相棒」
柄を掴む。
まるで俺のために作られたかのように手に馴染む。
ほとんど調整はいらないが、手の厚みや大きさが違うため感覚を合わせる必要がある。
地上へと持ち出し、鈍く光る相棒を縦に横にと振る。
「どうだ?」
「グリップを少し厚くして、握る部分を固くすれば良いかな。後は振ってれば合ってくる」
気がきく父が道具を持ってきてくれたため、パパッと調整を加える。
「ははっ、なんだが馴染んでるな」
「俺の相棒だからな」
「相棒とは気が早いな。もっと良い剣が手に入ったらどうするんだ?」
「こいつが一番だよ」
そう言ってもらえると造った甲斐があるなと父は笑う。
「父さんが昔鍛治職人だったのは知ってるよな」
頷く。
「実は結構期待されてたんだよ。俺も結果を残そうと必死で、朝から晩まで工房に潜ってた」
期待されていたとの言葉は嘘でないだろう。
お世辞抜きに、この剣は質は高い。
大剣が少ないのを抜きにしても、明確に超える物はついぞ目にすることはなかった。
「ただ、ある日ふと思ってしまったんだ。いや、気がつかされた。自分が造ってる物の意味を」
父はポツポツと語る。
いつの間にかルナと母も横なやってき、話を聞く。
「殺された死体……一目見てわかったよ。俺が打った剣だと」
父が若い頃は人と人が争う時代だった。
魔王陣営は力を蓄えていたのか、侵攻は一部地域を除いて脅威ではなく、軍事力は他国への侵略に使われた。
父の売っていた剣も評判が上がるにつれ、国が買取り、兵士たちへと支給されていく。
「覚悟が足りなかった。だから、辞めたんだ」
誰が悪いとの話ではない。
ただ父には耐え難かっただけだった。
俺とて無辜の民に向ける刃はないが、敵対する、悪意ある人であらば躊躇いなく振り下ろす。
「これは最後にと全てをかけて造った最後の一振りだ」
「お父さんは何も悪くないよ……」
ルナがポツリと呟く。
そうねと母がルナの頭を抱き、父の肩に頭を乗せる。
「ありがとうな。父さんも後悔してるわけじゃないんだ。おかげで母さんにも会えたしな」
今では農家が天職だと思ってるぞと豪快に笑う。
そういえば、母さんは街で薬師をしていたらしいが、どういった経緯で知り合ったのだろうか。
「その話はまた今度ね」
知りたそうにしていたのがバレたのか、母は人差し指を口の前に立て、ウィンクする。
「グレン……お前は何のために剣を握る?」
父が唐突に問う。
「理由如何でなんて話じゃない。ただの純粋に気になってな」
剣の質が変わったと父は言う。
それは当然だ。全てを失う前と、全てを失った後、同じわけがなかった。
復讐のために剣を握った。復讐のために荒野を駆け抜けた。復讐のために死線を彷徨った。
だが、もし何も失っていなかったら……。
「守るため」
答えは自然と口から滑り落ちた。
守るため、守りたかった。
太陽の光を浴び、輝きを増す相棒は未だ血の色を知らない。




