第一話
カーテンの隙間から入り込む日の光に瞼を震わせる。
今、何時だと身を起こし、すぐに異変に気づく。
記憶の終わりは魔王城に乗り込む前夜。宿屋に泊まったはずだ。
にも関わらず俺のいる場所は酷く懐かしく、見覚えのある空間だった。
「兄さん、起きてますか?」
鈴の鳴るような透き通った声だった。
ドクンと心臓が高鳴る。
「あ、ちゃんと起きてますね。珍しい」
嬉しそうに笑う彼女の笑みは記憶のそれと瓜二つ。
「ル……ナ……?」
「はい? ルナですけど、そんなに驚くところですか?」
いつも起こしてるじゃないですかと彼女は言う。
そうだ。昔の俺は朝、全く起きられずいつも起こしてもらっていた。
「……そう、だったな」
「変な兄さん。朝ごはんできてますから、早く降りてきてくださいね」
ルナは窓を開け、入り込む風に髪を靡かせ、部屋を後にする。
「……どうなってやがる」
冷静になった頭で考える。
まず真っ先に疑うべきは幻の類なのだが、その使い手である四天王の一人、サイランスは既に討伐していた。
四天王を冠するほどだ。サイランスを凌ぐものなどそうはいないはず。
「あり得るとしたら魔王か」
ベッドから降り、身支度を整えながら一つ息を吐く。
臨戦態勢……に入れない。
「ちっ、気味が悪い」
よくよく観察してみると体格、傷、肉体強度などあらゆる面まで再現されている。
ただ奪われるだけだった小僧の頃に。
部屋の隅に立てかけてある剣を手に取る。
「はっ!」
一振り。人類最強の剣士と呼ばれたとはとても思えない剣速だ。
……まあ、俺より強い奴らが軒並み死んだからの最強なのだが。
「鍛えがたりねーな」
幸いなのは技量そのものは落ちていなさそうなことか。
繊細な神経に関しては、これでも子供の頃から剣を振るっていたため問題ない。
「最悪、この姿で戦うことになる……」
武器もただのロングソードしかない。
正直、絶望的な状況だが嘆いている暇はない。
「まあ、粘ってれば誰かが来るだろ」
孤独だった頃とは違い、今は頼りになる仲間がいる。
とりあえず、来るべき時までは流れに身を任せますかね。
「兄さーん! 二度寝してませんよね!」
ルナが再びやってくる。
のんびりしすぎたか。
「……どうしたんですか、朝っぱらから」
「朝めし食ったら森に行こうかと思ってな」
「兄さんが勤勉……熱でもあるんですか?」
「そこまで怠惰じゃなかっただろ」
「午前中はろくに働かない人ですよ、兄さんは」
そんなダメ人間だっただろうか。
思い返してみるが“あの日”以前はモヤがかかっていた。
「大人になったんだよ」
そのため、ルナの言い分が正しいとし、適当に返す。
「っ! ど、どういうことですか!?」
「はい?」
煙に巻かれたと詰め寄ってくるならわかるが、ルナの反応は完全に違った。
頬を薄く染め、焦ったように距離を詰めてくる。
「誰ですか! サリサさんですか、それともアビーさん? ……まさか、ミーヤちゃんじゃないですよね!?」
出てくる出てくる懐かしい名前。
いつも思い出すのはルナのことだったため、じんわりと温かい気持ちになる。
「いるんですね! 誰? 誰なの!? 答えてください!」
俺の反応をどう受け取ったのか、ルナは距離を更に詰め、服の襟を掴む。
俺より頭一つ小さいルナはその体格に見合わない怪力の持ち主だ。
つまり、俺の体は地から解き放たれる。
「ル、ルナ……落ち着け……」
「これが落ち着いていられますか!」
「な、何故に怒って……」
「怒ってません!」
完全に怒ってます。
怒ってない人は人を持ち上げません。
「階段飛ばしはズルです! 反則です! ちゃんと予兆を出してくれたら潰したのに! 兄さんのバカ! 裏切り者! 兄さんを殺して私も死ぬ!」
……おかしい。俺の義妹はもっと清楚で優しい子だったはず。
きっと魔王のせいだ。おのれ魔王、許すまじ。
「あらあら、どうしたの? 朝から楽しそうに」
ズレにズレたことを言いながら入ってきたのは。
「お母さん! 聞いてください兄さんが酷いんです!」
母ーーセイラは柔らかい笑みを浮かべたまま、ルナの手をそっと取る。
「落ち着いて。一から教えてくれないかしら。大丈夫よ。もしグレンがあれならあれするから」
「……わかりました」
ルナはトーンダウンし、俺の体をゆっくりとおろす。
結構なことだが、あれをあれするってどういうことですか? 具体性がなさすぎて怖いのですが。
「偉いわルナちゃん。それで何が酷いの?」
「兄さんが勝手に大人になったんです!」
それで伝わるわけがないだろ。
「まあ!」
伝わるのかよ。
二人のやり取りがあれすぎて、本当に幻なのかと不安になってきた。
今際の際の夢ではないだろうな。
「そうなの、グレンちゃん」
「う、うーん?」
俺の意味する大人なったと、二人が意味するそれには大きな差がある気がする。
素直に肯定すると大変な目にあいそうだ。
「心機一転、少しは真面目にやるかって意味で言っただけなんだが」
「そうよね。グレンちゃんならそんなところよね」
「私は兄さんを信じてましたよ」
苦笑する母はともかく、ルナが澄ました顔をしているのは納得できない。
「……うぅ、ごめんなさい。誤解しました」
「許した」
腕を組んであえて偉そうに頷く。
すると、ルナは笑顔で腕に抱きついてくる。
「お詫びに朝ごはんは私が食べさせてあげます」
「い、いや、自分で食べられるから……」
「贖罪なので! 兄さんの意見は聞いていません!」
喜怒哀楽豊かな義妹。
俺が守りたかったのはこの笑顔だった。
「今日はやけに騒がしかったな」
食卓には父ーーウィーバルがいた。
既に食事は終えているのか、木製のコップに注がれた白湯をゆっくりと飲んでいる。
「ルナが暴れ始めてさ」
「大方、お前が適当なことを言ったんだろ?」
父はいつもルナの味方だ。
逆の立場なら俺もルナの味方をする。
そのため、文句は言わず黙って席に座る。
「はーい、兄さん」
「ありがとう」
ルナがパタパタとこ気味よく準備を整えてくれる。
ただし、フォークはくれない。
どうやら本気でやるらしい。
「兄さん」
「…………」
「あーん」
「…………」
黙って口を開け、食事を開始する。
向かいに座る父はニヤニヤと笑いつつ、視線を逸らす。
面白がってはいるが直視はし辛いと。まあ、そうだろうね。
「ふふっ、兄さん子供みたいで可愛い」
「自分で食べられるんだが……」
「あーん」
「…………」
もしかして、羞恥で殺す幻?
魔王らしからぬ陰湿な魔法では?
もっとこうパワーで来いよ。
「美味しい?」
「……美味しい」
「おかわりは沢山ありますからね」
パワーの方向性が違います。
「あ、そういえば親父ーー」
展開に流されっぱなしなのもあれなので動く。
「地下の“あれ”俺にくれない?」
……俺も結構あれって使うな。




