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第十二話

 シグレはエレーナの従者であり、凄腕の剣士だ。

 二振りの刀を扱うシグレ無限流(本人命名)は、独特な技法を駆使するため苦労した。

 前を歩くシグレは時折振り返り、殺意を向けてくる。

 見ての通り狂犬な彼女は、エレーナ(ガーランド家ではない)に恩があるとかで心酔していた。


(可愛いところもあるんだけどな)


 殺意を受け流しながら過去を思い出す。

 シグレとの関係は、一言でいうと体の関係にあった。

 シグレ無限流はもちろん他にも聞き出したい情報があったので、落としにかかったのだ。

 女心など全くわかっていない&余裕のない俺が落とせるわけもない……そう思われた。


(ちょろいんだよなあ、こいつ)


 卯月シグレはとてつもなくチョロかった。

 年下であるエレーナに心酔しているのも一つの依存であり、とにかく人に価値を認めてもらいたいのだ。

 ただし、自分より腕っぷしが立つという厳しいじょけんがあった。(エレーナは例外)

 三回目の邂逅で完璧な勝利を収めた俺は、その時点で彼女の中では特別になっていたらしい。


(思えば、会うたびに突っかかってきてたのに、勝って以降はしきり剣の話をしたがってたな)


 その時は、リベンジのために情報を探ろうとしていると思ったが、シグレ曰く気の利く話などできないため、共通の話題をといった意味だったらしい。


(ははっ、懐かしいなあ)


 この何かする度に睨まれる感じ。

 子犬を思わせるシグレに微笑ましい気持ちになる。

 シグレは気持ち悪いものを見たといった表情で距離を取る。

 睨んだら微笑む男……確かに不審者だ。


(まあ、今回は絡むこともないからな)


 嫌われたままで結構、元々好きか嫌いかの二択しかないような奴だ。

 バランスを取るなど面倒なことをする気もない。

 エレーナ共々、ルナと仲良くしてさえくれたら良い。

 どうせ、エレーナが怪我すると連絡も取れなくなる。


「ここだ」


 案内されたのは中庭だった。

 中央にはお茶をするためのテーブルや椅子、一柱で支えられた屋根がある。


「お茶でもしようって?」

「…………」


 不機嫌そうにそっぽを向かれる。

 大方、エレーナが俺をもてなすのが不満なのだろう。

 ならば、自分がやれば良いと思うだろうが、シグレは剣以外は不器用だ。

 お茶など入れさそうとしたらお湯が降り注ぐはめになるだろう。


「お嬢様は何故このような奴を……」


 シグレの文句は流し、椅子に腰掛ける。

 ルナ以外も案内しているだろうし、来るまでにはもう少し時間がかかるだろう。

 シグレと打ち解ける気はない。そもそも、実力を示していない段階では無理だ。

 つまり、しばしの間、ぼーっとしているしかなかった。


「……帰るか」


 五分で飽きた。

 ルナの先輩だし、無駄に事を荒げる必要もないも思っていたが、面倒くさくなった。


「待て」

「お嬢様には上手く俺の悪評を言っといてくれ」

「なっ!?」


 まさか自ら悪評を望むとは思わなかったのか、シグレは目を見開く。

 その隙をついて早々に退散を決める。


「お待たせしました」


 目の前にいるのは誰だろうか。


「挨拶がまだでしたね。私の名前はエレミナリア・ガーランド。気軽にエレーナと呼んでください」

「…………どうも」


 タイミングを測っていたと言わんばかりに姿を現したエレーナに押され、再び椅子に座る。

 対面にはエレーナが座り、その斜め後ろにはシグレが控える。


(こういうところが合わないんだよなあ)


 可愛げがないというか、賢すぎるというか、シグレとは全然違う。

 何も全て思い通りになれとは言わないが、たまには慌てた姿を見たい。


「あー、俺はグレン。ルナは兄だ」

「お名前は先生からかねがね」

「そ、そうなの?」


 八年前の記憶を引っ張り出してみるが、先生との絡んだ記憶はほとんどない。

 ルナへの手紙の時も思ったが、何故俺の名をしきりに出すのか。


「先生曰く、一流の剣士になる素質があるとか。……どう、シグレ?」

「はっ! 剣の腕前はわかりませんが、身のこなしはただものではありません!」


 どうやら、先生は俺の剣士としての才能を見抜いていたらしい。


(なら言ってくれたら良かったのに)


 魔法の才なしで終わった思い出を振り返り、眉をひそめる。


「先生は魔法の才能にしか興味がありませんから。見抜けはすれど伝えようとはしないんです」


 俺の思っていることを察したのか、エレーナは苦笑してフォローする。


「その割にはエレーナには話してたみたいだけど」

「ルナさんが入学するからですよ」

「壁になれるから?」


 エレーナは頷き、


「学園には貴族の生徒も多いのは知っていますよね。彼らの中にはお付きの者がいないと何もできない人もいます」


 段々と話が見えてきた。


「とはいえ、何人も連れてきたら迷惑になるので暗黙の了解として一人だけ従者を連れて行けるのです」


 シグレを見る。

 お嬢様の話を聞かないかと睨まれる。


「私は自分のことは自分でできますので戦闘力で選びました」

「お、お嬢様……」


 言外にお世話は期待できないと言われ、シグレは情けない声をあげる。


「それで、俺はどうしたら良いんだ? ルナも身の回りのことはできるぞ。平民だしな」

「ルナさんは人当たりも良いですし、ただの一生徒ならであれば従者はいりません」

「……ほう」


 きな臭くなってきたので真剣な面持ちになる。


「グレンさんはご存知ないかもしれませんが、ハーヴェル先生は学園でも特に名を馳せた方です」


 貴族が無理やり師事させようとしても、頑なに首を縦に振らない。


「ルヴェルト様の意思の体現者でもあります。だからこそ、平民であるルナさんが弟子になると……」

「なるほどな……」


 確かに一考の余地がある話だった。

 元々、ある程度の嫌がらせは想定していたが、貴族のプライドが関わってくるとなると根深さが違う。


「今年も何人かが断られたらしいので、知られると騒ぎになるかもしれません」

「ちっ、事前に話しておいて欲しかったな……」


 尻込みするとでも思ったのか、ルナに伝えなかったのは許せない。

 俺の表情が険悪なものに変わったからか、シグレが柄に手をかける。


「シグレ」


 エレーナがそれを制止する。


「先生はグレンさんがいれば大丈夫と」

「三年前に一度会っただけにしたは、評価してくれるな。ありがたいね」


 皮肉をエレーナは笑顔で受け流す。

 言う相手が違うのはわかっているが、エレーナも一派にしか見えない。


「貴様……!」


 しかし、シグレは我慢が効かず、首根っこを押さえようと無造作に手を伸ばしてくる。


「っ!?」


 気づけば自分が首根っこを掴まれている状況に、シグレは目を白黒させる。

 全体図が見えていたエレーナも驚きを隠せない。


「従者の役割は? 給金はないよな?」

「き、基本的に一緒にいるだけです。揉め事時に武力を行使することがありますが、大怪我でもさせなければ訴えられることはありません。給金は先生が出すとの話です」

「前例として訴えられないってだけか?」


 給金の件は納得したので、前者の話題を深掘りする。


「いえ、そのようなルールがあります。万が一、犯した場合、退学処分となります」

「つまり、退学を受け入れるなら訴えられるんだな」

「そ、それはそうですけど」


 シグレを解放し、エレーナに向き直る。


「俺たちは何の後ろ盾もない平民だ。どうとでもなる、退学でも構わないといった可能性もありそうだが?」

「……それは否定できません」

「それで、勝ち目は?」

「…………」


 エレーナは目を伏せる。

 勝てるわけがない。逆ならまだしも、平民が貴族の関係者を怪我させたのにお咎めなしとはならないだろう。


「罪悪感があるならお前が後ろ盾になれ」

「えっ!?」

「貴様、何を……!」


 向かってきたシグレの手首を掴むと同時に足を払い、体勢を崩させる。


「権力から距離を取ってる先生……ハーヴェルは役に立たないんだろ? 思うことがあるならエレーナが、ガーランドが約束してくれ」

「……それは、相手が誰でもあってもですか?」

「相手を見て尻込むならその程度なんだろう。別に構いやしない」


 エレーナは卒業後、警備隊に入隊するほど民の平和を思っていた女だ。

 その清廉潔癖さが合わなかった。

 ただ、ここで尻込むのなら仲良くできそうだ。


「…………」

「お嬢様! こんな奴の言うことなんて聞く必要ないです!」


 情けない態勢のシグレが助け舟を出す。

 しかし、その言葉は逆にエレーナに決意をさせてしまう。


「わかりました。ガーランド家がお二人の後ろ盾になります」

「そうか」


 話はついたのでシグレを解放し、用意された紅茶で喉を潤す。

 その変貌ぶりに二人は面食らう。


「美味いな。紅茶とか久しぶりに飲んだけど、全然違う」

「あ、ありがとうございます。……えっと」

「なんだ? あ、今更だけど敬語はやめてくれ。同い年だしな」

「貴様こそ馴れ馴れしくするんじゃない! そもそも、お嬢様の決意をなんだと……!」


 ヘラヘラとしていると起き上がったシグレがわーわーと喚き出す。


「別にエレーナが悪いわけじゃないし。後ろ盾になってくれた分、むしろ好印象」

「……まさか」


 エレーナがジト目で俺を見てくる。


「そのために、わざと怒ったふりを?」

「さて、なんのことやら」


 初めてエレーナをやり込むことができた俺は、笑顔で素知らぬふりをするのだった。


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