第十話
部屋は外観からすると不自然なほど広かった。
無理やり押し込まれたルナも目を丸くしている。
「嘘、どうなってるの?」
「俺も詳しくは知らないんだけど魔法らしい」
魔法って凄いや。
「らしいって」
「ルナもいつかできるようになるさ」
「適当なこと言わないでください……」
ほとほと呆れ果てたと言わんばかりに、ルナは荷物を置き、椅子に腰を下ろす。
「はあ、疲れました」
「はいはい」
先程、購入した飲み物を渡す。
「肩が凝りました」
「はいはい」
残っていた菓子をテーブルに置き、ルナの肩を揉む。
「ありがとうございます……」
「ルナの方が大変だからな。これぐらい当然さ」
予定通り着いたため、試験は三日後となる。
もう少し早く来ても良かったのだが、家の方がやりやすいからとルナが希望した。
宿泊費も考えた上でだろうが、慣れない環境だと勉強が捗らない可能性も確かにある。
「今日は早めに休んだらどうだ?」
「そうですね……。軽く見直したら寝ます」
「この部屋は音も防いでくれるらしいからゆっくりできるはずだ」
「音を防ぐ?」
「外からも中からも音が聞こえないんだ。ほら、通りの喧騒が聞こえないだろ?」
「確かに……」
他にも認識阻害の魔法やら温度を保つ魔法やら……様々な魔法が使われているとのこと。
戦いに使う魔法はともかく、このような魔法はよく知らないので本当かどうかは知らない。
ただ、体感からして事実なのだろう。
「聞いたことのない魔法ばかり、いったい誰が……」
「蒼鳥」
「え?」
「蒼鳥がかけてくれたって」
「……やっぱり、危ない人たちなんじゃ」
「ルナの思う危ない連中ではないよ」
「それ、違う意味で危ない人たちだって言ってませんか?」
言っていた。
一般的な蒼鳥信奉者は傍迷惑なら連中でしかない。
しかし、ここの奴らは違う。
何せ、蒼鳥直属の精鋭たちなのだから。
偶像崇拝に近い蒼鳥だが、当然ながら実在している以上、活動している。
国指定の聖獣となる生き物だ。当然、か弱い生き物ではない。
蒼鳥は特に魔法に秀でており、普段は人の姿に化けて人波に紛れ込んでいるのだ。
そして、時折見込みのある人をスカウトしては部下にしている。
今ではそれなりの規模の組織となり、他の人に化けられる聖獣と一緒に好き勝手やっているらしい。
「まあ、害はないよ。どちらかというと善人だから」
「兄さんがそう言うのでしたら信じますけど……」
何故、俺がここまで詳しいかというと、話は簡単、スカウトされたからだ。
何が気に入ったのか、復讐に燃える俺にしばらくの間ついてき、あれやこれやで引き込もうとしてきた。
結局、俺が折れないとわかり、別れたのだが。
『じゃあ、復讐が終わったら迎えに行く。そしたら付き合ってくれるよね?』
『……好きにしろ』
最後に交わした会話は、今にして思えば約束だった。
復讐を遂げた後、すぐに勇者パーティに加入したからか、あいつは姿を現さなかった。
気まぐれな奴なので興味をなくしただけかもしれないが。
(当時の俺は最悪戦力として使えるか、としか思ってなかったしな)
類稀なる魔法の使い手ながら本人曰く戦闘能力は低いらしい。
それでも、使えるものなら何でも使ってやる精神の俺は値踏みしていた。
嫌われこそすれ、好かれる理由が思い当たらない。
「……他の女のことを考えている顔だ」
「っ!?」
ゾッとするような冷たい声。
発信源を辿るとルナが俺の顔をジッと見ていた。
たまにする暗い輝きを放つ瞳。
「兄さん」
「……な、なんだ?」
「手が、止まってますよ」
ニコッと花が咲いたような笑みを浮かべる。
あまりのギャップに二の句がつげない。
ただ、本能が手を動かした。
「妹との憩いのひと時なんですから、私のことだけを思ってくださいよ」
冗談めかして言うルナにコクコクと頷く。
「わ、悪い悪い。ちょっと昔を思い出しててな」
「あははっ、昔にも私がいるじゃないですか」
「お、おう?」
「友達そんなに多くなかったですよねって話です」
「あーなるほど……。いや、村の男連中は大概友達だろ」
子供世代ではリーダー格だったため、全員と交流があった。
……そもそもの数が少ないだろと言われたらあれだが。
「女性の友達の話ですよ。怖がられてたのか、全然いなかったじゃないですか」
「うぐっ」
急所を貫く言葉の刃。
女性に限定されると全くといって良いほど交流がなかった。
ルナは男女問わず仲良くしていたのに、どうして俺だけ。
「最近の兄さんはちゃんとしてますが、それまではだらだらするか、剣を振り回すしかしてなかったですし」
そんなのでついてくるのは男性だけですよと続ける。
全くもってその通りだった。
「まあ、中には奇特な人もいましたが」
「あ、いたの?」
「ええ。ですが、ご安心ください。私がきっちり説得したら興味をなくしましたから」
「…………俺に女友達がいなかったのはルナのせいじゃ?」
「妹として当然のことをしたまでです」
胸を手を当て、同等を言い切られたらルナが正しい気がしてくるから不思議だ。
「これからもきっちりと守ってあげますから安心してください」
(俺の魔の手にかからないようにってか?)
どうやら、ルナにとってはあいも変わらず手のかかる兄らしい。
まあ、十年以上積み上げてきた負の実績が数ヶ月で返済できるわけもなく。
「その代わり、私が目一杯愛してあげます」
「はははっ、それは嬉しいな」
思えば人を愛する余裕などない五年間だった。
今だってその歳月を埋めるためにルナといる。
俺が人を愛する日は来るのだろうか。
そんな素朴な疑問と同時に脳裏に人影が映る。
が、先程怒られた手前、すぐに頭から消し去るのだった。




