第九話
幸いにもジャイアントベアー以降、目立った異変には遭遇しなかった。
王都の平民街は記憶の中のそれと変わらず、人と通りが激しい。
貴族街とは違って平民も貴族も行き交うからだ。
「人が多いですね」
「大陸の中心部だからな。色々な人が集まってくるんだ。ーーほら、あそこを見てみろ」
とある店を指差す。
いかにも魔法使いといった帽子を被っている店員は、とても耳が長い。
「エルフですか? 初めて見ました」
「あまり他国と交流を持たない奴らだからな」
そのため、特徴のない辺鄙な田舎では出会うことがない。
俺も王都で初めて見かけた。
「本に書いてありましたけど、本当に整った顔をしてるんですね。寿命も長いんですよね」
「長いっちゃ長いけど二百年も三百年も生きられるわけじゃないらしいぞ」
知り合い曰く人よりは長いが良くて倍らしい。
よく歴史の話を聞かれるとうんざりしていた記憶がある。
「容姿も実はまちまちで、特徴をあげるなら魔法使いとしての資質が高いことらしい」
美男美女が多い、老けないというのも知り合いからしたら尾ひれ背びれ付きすぎだと。
ただし、魔法の才がないものは滅多にいない。
「だから、人の国では魔法関係の仕事につくのが定番なんだってさ」
「本当に兄さんはそんな知識どこから仕入れてくるんですか?」
やはり、エルフの話は行きすぎてたのか、再度ルナに疑惑を持たせてしまったらしい。
とはいえ、ジト目で睨んでくる様は可愛く、ただのスキンシップと変わりない。
「お兄様には色々あるんだよ。ルナに負けてられないってな」
「うむむむ、だらしない兄さんのままでも良かったのに」
「いやなんでだよ」
「朝ぐらい私が起こしてあげたいんです」
苦笑する。
世話焼きなルナからすると、しっかりしてきた俺に不満があるようだ。
起きられるというか、起きなかったら死にかねない生活をしていたためなので、そう簡単には抜けない。
ルナも学園生活が始まると忙しくなるだろうし、今は我慢してもらおう。
「あっちはスラム街に出るから気をつけてな」
細い通り道は活気盛んな平民街とは一線を画している。
仕事量と人口が釣り合っていた村とは違い、王都では仕事にあぶれたり、病気になってにっちもさっちも行かなくなる人たちが多くいる。
「宿は平民街で取るけど、家は貴族街に持つつもりだから特にな」
「狙われるから、ですか?」
「護衛とか置けないからなあ。普通に考えて貴族じゃないんだけど……まあ、カモに見えるかも」
加えてルナは容姿端麗なため、色々と旨味がある。
そういった観点で王都を観察したことはなかったが、聞い話では時折事件に巻き込まれる子が出るとか。
治安は比較的良いため、気をつけていれば大丈夫だとは思うが。
「一人の時は、人通りが多い場所や時間を選ぶように」
「わかりました」
「俺がいる時は遠慮なく頼めよ」
「ありがとうございます、兄さん。頼りにしてます」
(少し過保護か?)
いや、何かあってからでは遅い。
気にしすぎるぐらいがちょうど良いだろう。
(四年後にはあの事件も起きるしな)
とある犯罪組織による大規模襲撃。
鎮圧は速やかに行われたが、警備隊をはじめ多くの死傷者をだした。
俺は組織のボスに用事があったため、個人的に殴り込みをかけ、目的の物の奪取に成功したのだ。
(いやー、危なかったなあ)
仇を打つ前にただの人に殺されかけたのは今となっては良い思い出だ。
魔族ーー魔物の中でも特に力に秀でた者たちを指すーーとも取引をしていたとかで、人間離れした強さをしていた。
とりあえず、四年後なのでルナは卒業している。
どうにか理由をつけて騒動が終わるまで村に帰ってれば良い話だ。
(俺がいなくても最終的には勝つだろうしな)
最強の剣士など評されていた俺だが、あくまで剣士ーー接近戦の評価であり、総合力なら猛者はいくらでもいる。
最大の目的は、エルガーが動き出す前に始末をつけることであり、魔王の復活を防ぐことだ。
……その方法は皆目検討がつかないのだが。
エルガーが引きこもっている場所は知らないし、魔王復活の仕組みもわからない。
(そこら辺はあいつらなら詳しいんだろうが)
とはいえ、勇者パーティが知ったのも事が起きてからだ。
今の彼らに尋ねたところで何もわかるまい。
結局、状況に合わせて動くしかないのだ。
(もうちょっと俗世に関わっておけば良かった……)
後悔先に立たず。
俺が知っているのはエルガーの足跡を追うために首を突っ込んだ事件と、強くなるために攻略した遺跡の実態ぐらいだ。
そのどちらも今の俺には必要ない。
せいぜい取っておきたい装備がいくつかあるぐらいだ。
「あそこが食料品店で、こっちが雑貨屋」
「武器屋もありますよ」
宿に向かって迷いなく進む中、通りにある店をチェックしていく。
「ルナは杖……だよな」
「多分?」
魔法使いといえば杖のイメージだが、エルガーの時は素手で魔法を使っていた。
俺みたいに武器に魔力を通すだけの人間とは違い、純粋な魔法使いの感覚などわからない。
「杖使った方が効率良いんだよな、きっと」
「そうじゃないと持ってる意味ないですもんね」
撲殺用ならもっと良い武器がある。
それこそ刃物の方が使い勝手が良いだろう。
「そこら辺も学園で教えてもらえるのかね?」
「兄さんも知らないんですか?」
「知らない知らない」
ひらひらと手を振る。
魔法の才がないため、興味すらろくに持たなかった。
微妙に知識があるのは、学園出身の知り合いがいたからであって、それも流し聞きしていた程度だ。
「ふふっ、最近の兄さんは何でも知ってそうだったので安心しました」
「知ってることを自慢げに話してただけだよ。知らないことの方が多い」
「じゃあ、学園のことは私が教えてあげますね」
「楽しみにしてるよ」
などと微笑ましい話をしている間に宿についた。
「蒼鳥の宿……蒼鳥って、あの?」
聖獣の一種に蒼い鳥のような生き物がいる。
数少ない存在が確認されている聖獣であり、一部地域では神の使いとして祀られているとか。
それだけで済むならなんてことはないのだが、中には過激派と呼ばれる傍迷惑な連中がいる。
その有様は俺たちの村にも伝わっているぐらいで、ルナの反応も仕方がないことだった。
「ルナの心配するようなることはないよ」
安心させるように優しい声色で言い、扉を開く。
宿としては一般的な形をしており、一見すると普通なのだが……。
「に、兄さん」
「大丈夫大丈夫」
受付の後ろにでかでかと飾ってある蒼鳥の絵は、初見の人にはインパクト大だ。
これだけで回れ右する人も多いだろう。
「いらっしゃいませ!」
どたどたと二階から下りてくる音。
姿を現したのは茶色い髪をおさげでくくっている少女だった。
歳の頃はルナと変わらないだろう。
「お泊まりですか?」
「蒼鳥は気の向くままに旅をする」
「兄さん?」
噛み合わない返答にルナが首を傾げる。
しかし、少女はすっと笑顔をおさめ、うやうやしく頭を下げる。
「いらっしゃいませ。お部屋の場所は……」
「わかってるから大丈夫」
「かしこまりました。何かありましたらお呼びください」
「ありがとう」
急に雰囲気の変わった少女に戸惑うルナを連れ、階段を上る。
「あ、あの、状況が飲み込めないんですが」
「まあまあ」
角に行き、壁に手を添える。
すると、ゆらりと壁が震え、扉が現れた。
「っ!? と、扉が!」
「ほらほら、入って入って」
「兄さん、だから少しくらい説明して……!」
「人生色々あるんだよ」
「説明になってなーい!」
ルナの叫びは部屋の中へと吸い込まれるのだった。




