03. 痛みの共鳴 -Echoes of Pain
03. 痛みの共鳴 -Echoes of Pain
それから、慎と大成は週末ごと、二人で過ごすようになった。その日が来ることを糧にして平日をやり過ごす。
夏休み前のいつかの週末だっただろうか。
その日の大成は、いつもの天真爛漫さが影を潜め、沈黙に沈んでいた。
小学校裏の公民館の外壁に持たれるようにしゃがみ込む…。
…………。
慎は横目で大成の様子を伺う。
それから沈黙を破るように小さく問い掛けた。
「大成……何か、あった?」
大成は膝を結ぶ手に力を込めた。
慎は黙って大成の背に手を添える。
「……慎兄は、本当の兄弟っている?」
「いないよ。俺ひとり」
「新しい奴の連れ子、弟になるんだけど…
学校の仲間連れてきてさ……」
「うん」
「俺のこと……みんなで」
大成は左腕を前に出すと、肘の内側を慎に見せる。
赤く丸い斑点が規則的に並んでいる。ところどころ白い水膨れが破れて膿んでいる。
「もう……やだよ」
「大成……」
慎はその傷痕から目が離せなかった。
目を閉じる。
どうしたら、この可哀想な弟を救い出せるだろう。
自分には何もない。安全な場所も、守ってやれる力も、お金も。
「慎兄、俺、消えたい」
「駄目だ!」
思わず声を張りあげる。
その言葉を吐いた自分の声が、ひどく頼りなく響いた。
何も言ってあげられない。何もしてやれない。
蝉の声が響いて、空が茜色に染まっていく。
「大成、夏休みに入ったら……海沿いの道を歩いて、どこまで行けるか試してみない?」
「え……」
「逃げちゃおう……二人で」
沈んでいく夕日を見つめる。
やがて空は群青に変わり、風が少し冷たくなった。
✳︎
そして、夏休み。
如月慎と西原大成は、どこまでもまっすぐな海沿いの幹線道路を歩いていた――。
「慎兄、どっちへ進む?」
駅舎からすでに海が見える。改札を出て真っ直ぐ歩けば、防波堤で行き止まりだ。
「この湾に沿って南西に、東京方面へ行こうか」
大成は目を輝かせながら頷く。
慎はその表情を見て安心する。
行けるところまで行こう。ちょっとした冒険の延長だ。
――帰りのことは、後で考えればいい。
それから、一日中歩き続けた。途中でコンビニでカップ麺を食べて、他愛もない話をして、沈黙の時間があったり……。
「すごいなぁ、空が広い」
大成が藍色に染まる夜空を見上げて言う。
人工浜の向こうには、遠くのコンビナートがぼんやりと光っている。
「本当だ」
慎がペットボトルのアイスティーに口を付ける。
大成はその喉の動きを無意識に追っていた。
「……慎兄はさ、家のこと話さないね」
「……聞きたい?」
ストレートに返され、大成はたじろぐ。
「そ、そういうわけじゃ……」
「でも、もし……慎兄も辛い思いしてるなら…。
俺には言って欲しいよ。
一緒にどうしようって、悩んで…考えたい」
慎は目を伏せる。
まつ毛が揺れ、月明かりの中で瞳が柔らかく光を帯びる。
波の音がはっきりとざわめき立ち、潮の匂いが強くなる。
「見る?」
慎がスマホを取り出す。
「え……何を」
「家での俺の動画。説明するより、見たほうが早いかと思って」
大成の胸がざわめく。
慎は画面を叩き、大成の方を見ずにスマホを手渡した。
――誰かの…裸。
サムネイルでは顔は見えない。
でも、きっと…。
胸の鼓動がうるさく響いて、判断を鈍らせる。
慎はただ、表情のない顔で暗い海を見ている。
大成の呼吸がだんだんと浅くなり、再生ボタンの上で指が震える。
見たくない。
けれど、さっきの言葉が胸の奥で疼く。
受け止める覚悟がないのに、『一緒に悩みたい』だなんて言ったのか。――いや、絶対に違う。
大成はスマホの画面をタップした。
画面の中で慎の泣き顔が歪む。
ぼんやりと浮かぶ白い身体が、組み伏せられ、恥辱に耐える表情の全てが、大成の頭にこびりついて……離れない。




