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第七話 褒め殺し

 激情のギルに招き入れられ、アイリス一行は敵地の中心、砦の広間へと足を踏み入れた。

 そこは玉座の間として使われているらしく、壁には趣味の悪い武器が飾られ、粗末な作りの玉座に、ギル本人が尊大に腰掛けていた。

 周囲には、これから始まる奇妙な決闘を、野次馬根性丸出しで見守る魔物たちが集まっている。

「さて、人間どもよ! 俺様の武勇伝をその魂に刻み込む準備はできたか!」

 ギルは玉座から立ち上がり、満足げに仁王立ちする。

「では、第一の武勇伝を語ってやろう! あれは俺様がまだ若かりし頃…『嘆きの山脈』を越えようとした時のことだ!」

 ゴクリ、と魔物たちが固唾をのむ。

 アイリスも緊張に身を固くした。

「目の前に、高さ百メートルの大岩が、道を塞いでおった! だが、この俺様は諦めない! 三日三晩、その大岩を殴り続けたのだ! 我が不屈の魂を込めた拳でな! するとどうだ! 四日目の朝、大岩は俺様の根性に負けて、自ら砕け散ったのだ! がっはっは!」

 魔物たちの間から、「おおー!」という歓声と拍手が沸き起こる。

(ただの脳筋…!というか、岩が砕けたのはただの偶然なのでは…!?)

 アイリスがツッコミを必死にこらえていると、ギルは勝ち誇った顔で彼女を見た。

「さあ、小娘! 俺様の偉業を、どう称える!」

 絶体絶命の無茶ぶり。アイリスは、頭が真っ白になった。

(ど、どうすれば…! こんな、ただのゴリ押しエピソードを…!)

『新人、何を固まっている。ここからが本番だ。俺の言う通りに復唱しろ』

 絶望する彼女の脳内に、救いの神(悪魔)の声が響いた。

『「――おお、なんと偉大なる行い! それはただの岩砕きなどではございません!」』

「お、おお! なんと偉大なる行い! それはただの岩砕きなどではございません!」

 アイリスは、必死に叫んだ。ギルの眉が、少しだけ上がる。

『「大地という名のキャンバスに、己が拳をもって新たな地形を刻み込んだ、まさに『創世』の御業! その破壊の美しさ、凡百の芸術家には到底至れぬ境地でございます!」』

「だ、大地という名のキャンバスに…(以下同文)!」

 アイリスが言い切ると、ギルは「創世…!」と、うっとりとした表情で自分の拳を見つめた。

 その言葉に、それまで退屈そうにしていたジーロスが、目を見開いた。

「な…なんだと…? 破壊を、アートだと…? …フッ、面白い。その観点は、なかったね…」

 彼は、俄然この決闘に興味が湧いたようだった。


「では、第二の武勇伝だ!」

 すっかり気を良くしたギルは、次々と自慢話を繰り出していく。

「敵将との一騎打ち! 奴は卑怯にも、崖の上から弓で攻撃してきた! だが、俺様は少しも動じない! 天に向かって雄叫びを上げると、雷が落ちてきて、敵将のいた崖が崩れ落ちたのだ! これぞ、天も俺様に味方したという証よ!」

(それも絶対に偶然だ…!)

『「なんと深遠なる策略! 敵の退路、天候、そして運命すらも読み切り、己が雄叫び一つで『天運』を味方につけた、神がかりの采配! それはもはや武勇にあらず、未来予知の領域にございます!」』

 ノクトの完璧なヨイショ台本を、アイリスはただ読み上げる。

「み、未来予知…!」

 ギルは、自分の才能に自分で打ち震えている。

 その言葉に、今度はテオが反応した。

「天運を味方につける、だと…? なるほど、こいつの強さの秘訣は、神がかったギャンブル運か…! 俺と同じタイプじゃねえか! いいぜ、乗ってやろうじゃねえか、その勝負!」

 テオもまた、不純な共感を覚えて、やる気を出してしまった。


「第三の武勇伝! 敵の斥候を追って『迷いの森』に入った時のことだ!」

 ギルの自慢話は、止まらない。

「七日七晩、森をさまよったが、敵は見つからん! だが、八日目の朝! 俺様は森を抜けていた! そして、俺様が抜けた場所こそ、敵の本陣のど真ん中だったのだ! 俺様はたった一人で、敵の本陣を壊滅させてやったわ!」

(それは、ただ七日七晩、盛大に道に迷っていただけでは…!?)

『「森さえもが偉大なるギル様に味方したという証! それは道に迷ったのではなく、森の精霊があなた様を勝利へと導いたのです! エルフの伝説に伝わる『森に愛されし者』、そのお姿が今ここに!」』

 アイリスが叫ぶと、ギルは「俺は…森に愛されていたのか…!」と、目に涙を浮かべて感動している。

 その言葉に、今までで最も衝撃を受けたのは、シルフィだった。

「『森に愛されし者』…! そ、そんな…エルフ族の誰しもが憧れる、最高の栄誉…。この牛の魔人様が…?」

 シルフィは、尊敬と、畏怖と、少しの嫉妬が入り混じった、熱い眼差しをギルに向け始めた。


 決闘が始まって、すでに二時間が経過していた。

 ギルの武勇伝は、どれもこれも「偶然」と「ゴリ押し」で構成された、お粗末なものばかり。

 だが、ノクトの神がかりな「翻訳」によって、それらは全て、深遠な「芸術」「天運」「伝説」へと昇華されていく。

 最初は無理やりやらされていた仲間たちも、今やそれぞれの興味の方向で、完全にこの決闘の世界に引き込まれていた。

「おお、ギル様! その発想こそ、真の芸術です!」

「まさに神に愛された強運! 俺もあやかりてえぜ!」

「なんと…! 森の木々と対話されたと…!?」

 三人が、勝手に賞賛の言葉を付け足し始める。

 ギルは、人生で最高級の賞賛を浴び、もはや恍惚の表情を浮かべていた。

 ただ一人、アイリスだけが、この狂った空間の中で、なんとか正気を保っていた。

(神様…! 皆の様子がおかしいです…! これが、あなたの狙いなのですか…!?)

 彼女の悲痛な問いかけに、ノクトからの返事はない。

 ただ、気のせいだろうか。神聖な神の声の合間に、時折、「カリッ…ポリポリ…」という、何かを咀嚼する音が、微かに聞こえるような気がした。


 その頃、ノクトは新しいポテチ(のり塩味)を頬張りながら、冷静に戦況を分析していた。

「ギルの自尊心、膨張率九十五%…。理性の維持限界まで、あとわずか。そろそろ、とどめを刺すか」

 彼の描く「褒め殺し」の最終段階(フェーズ)は、すぐそこまで迫っていた。

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