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第六話 武器のない攻略

 数日間にわたる珍道中を経て、一行はついに目的の地、北の砦へと到着した。

 かつては王国の防衛拠点であったその砦は、今や禍々しい紫色の魔力に覆われ、見るからに不吉な雰囲気を放っている。

 この邪悪なオーラこそが、ノクトの愛するマナ通信網を蝕む「遅延(ラグ)」の原因である。

「…ここが、北の砦。皆、心してかかれ!」

 アイリスは気を引き締め、物陰から砦の様子を窺った。

 城壁には魔物の見張りが立ち、城門は固く閉ざされている。

 正攻法で攻めるのは、あまりにも無謀だ。

「まずは夜を待ち、私が城壁を乗り越え、内から門を開ける。皆はそれと同時に突入してくれ!」

 騎士学校の教科書に載っている、完璧な奇襲作戦。

 アイリスがそう仲間たちに告げると、三者三様の、まったく役に立たない感想が返ってきた。

「なんて醜悪な建築物なんだ…。機能性ばかりを重視し、美的センスが微塵も感じられない。僕のアートで、一から建替え(リノベーション)してあげたいね」

「ひひひ…あの厳重な警備…間違いねえ。奥には、とんでもないお宝が眠ってるぜ。俺のギャンブラーの勘がそう告げている」

「あの…アイリス様、すみません…。今、私たちがどの方角から来て、どの方角を向いているのか、もう一度だけ教えていただいてもよろしいでしょうか…?」

 アイリスは、もはや彼らに作戦の理解を求めるのを諦めた。

 自分が全てを背負うしかない。彼女が固く決意した、その時だった。

『――新人。お前のその教科書通りの作戦、評価はDマイナスだ。却下する』

 脳内に響いたのは、いつものように冷徹で、絶対的な自信に満ちた神の声だった。

(神様!? し、しかし、これ以外にどんな手が…)

『いいか。お前は根本的に勘違いしている。これは、城を落とす「攻城戦クエスト」じゃない。ボスを無力化する「特殊イベントバトル」だ』

 ノクトは、遠見の水盤に敵の総大将を映し出していた。

 城壁の上で、部下たちに自分の武勇伝を延々と自慢している、巨大な斧を持った牛頭の魔人。

 魔王軍幹部、「激情のギル」。

 彼は、部下が自分の強さを褒め称えるたびに、「そうだろう、そうだろう!」と、実に嬉しそうに胸を張っている。

(…なるほど。典型的な、おだてに弱い脳筋タイプか。コスパが良いこと、この上ない) ノクトは、攻略法を瞬時に見抜くと、アイリスに常識外れの命令を下した。

『今から、俺の言う通りに動け。まず、全員、武器を捨てろ』

(ぶ、武器を!? 丸腰でどう戦えと!?)

『戦わないからだ。これは戦闘ではない。交渉だ。いいから、言う通りにしろ』

 半信半疑のまま、アイリスは三人の仲間を説得し、全員が非武装で、堂々と砦の正面ゲートへと歩いていった。

「な、何者だ、貴様ら!」

 城壁の見張りたちが、突然現れた丸腰の一行に、困惑の声を上げる。

 やがて、その騒ぎを聞きつけ、当の本人、激情のギルが城壁から顔を覗かせた。

「んあ? なんだァ、てめえら。人間が何のようだ。死にに来たか!」

 ギルが威圧的に吠える。

 アイリスはゴクリと唾を飲み込み、ノクトの指示通りに、声を張り上げた。

「恐れながら、申し上げます! 我らは、高名なる魔王軍幹部、激情のギル様に、挑戦を申し込みに参りました!」

 その言葉に、ギルは腹を抱えて笑った。

「挑戦だとォ? そのナリでか? 武器も持たねえヒヨっ子どもが、この俺様にィ?」

「はい! もちろん、ただの剣戟などで、ギル様の偉大なる武に挑もうなどとは、露ほども考えておりません!」

『そうだ。続けろ。「あなたの伝説的な強さの前では、剣を交えることすらおこがましい。それは挑戦ではなく、ただの自殺だ」と』

 アイリスは、羞恥心を押し殺し、神の脚本を読み上げる。

「あなたの伝説的な強さの前では、剣を交えることすらおこがましく(以下同文)」

 その言葉に、ギルは「ほう?」と、少しだけ機嫌が良さそうに顎を撫でた。

『畳み掛けろ。「ゆえに! 我らが挑むのは、力と力のぶつかり合いではない! 互いの魂の格を問う、真の英雄にのみ許された、崇高なる戦い!」』

 アイリスの絶叫が、平原にこだまする。

 ギルは、完全に興味を引かれていた。

「…崇高なる戦い、だと? そいつは一体、何だ?」

『よし、食いついた。ここで、とどめだ』

 ノクトは、ニヤリと口の端を吊り上げた。

『「―――すなわち!『詩歌と賞賛の決闘』にございます!」』

「す、すなわち!『しいかとしょうさんのけっとう』に、ございます!」

 ぽかん、と。

 砦の全ての魔物たちが、動きを止めた。

 ギルも、牛のような顔で、目をぱちくりさせている。

『説明しろ。「ルールは単純! まず、あなたが輝かしい武勇伝を語る! 我らはそれを全力で賞賛する! 先に、語るべき武勇伝が尽きるか、あるいは、賞賛の言葉が尽きた方が、負け! この真剣勝負、お受けいただけますか?」』

 あまりにも意味不明な挑戦状。

 だが、ギルの思考は、すでに一つの魅力的なフレーズに完全に囚われていた。

(俺の武勇伝を、思う存分語る…? そして、それをこいつらが、全力で褒め称える…? なんだその最高の戦いは…!)

 お世辞に弱く、自慢話が大好きな彼にとって、それは悪魔的な、あまりにも甘い誘惑だった。

「…面白い! その勝負、受けた!」

 ギルの副官らしき魔物が、「お待ちください、ギル様! 明らかに罠です!」と叫ぶが、もう遅い。

「うるせえ! 俺の武勇伝を聞きてえという殊勝な奴らだ! もてなしてやるのが礼儀だろうが! 門を開けろ! こいつらを中へ通せ!」

 ギルの鶴の一声で、固く閉ざされていた砦の城門が、ギギギ…と音を立てて開かれていく。

 武器も持たず、たった四人で、敵の本拠地のど真ん中へ。

 ジーロスは「詩歌の決闘…なんてアーティスティックなんだ!」と目を輝かせ、テオは「つまり、相手を口先で丸め込めば宝に近づくってことか…?」と算段を立てている。

 アイリスだけが、この異常すぎる事態に、ただただ冷や汗を流していた。

(神様…! いったい、何を考えていらっしゃるのですか!?)


 その頃、ノクトはコーラのグラスを片手に、水盤を眺めていた。

「よし、第一段階(フェーズ)はクリアだな。物理的な戦闘を回避し、内部への侵入に成功。実にコスパが良い」

 彼の頭の中では、すでに次の奇策――ギルを徹底的に「褒め殺す」ための、完璧なプランが組み上がっていた。

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