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剣と魔法と引きこもり ― 自宅警備のついでに世界を救います ー  作者: 神凪 浩
第四章 ラスボスは神様(本物)でした
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第五十四話 神の遊戯盤

『―――奴を、論破するぞ』

 ノクトの、どこまでもクリアで、冷徹で、そして不遜な声が、アイリスの脳内に響き渡った。

 その言葉の意味を、彼女は一瞬、理解できなかった。

 論破?

 目の前の、世界そのものを創り、そして破壊しようとしている絶対的な存在を、言葉で、打ち負かすとでもいうのだろうか。

 神は、玉座を失い、その姿を陽炎のように揺らがせながらも、未だ一行を塵芥のように消し去れるだけの力を、確かに有していた。

 その瞳には、遊びの色が消え、自らの遊戯盤(世界)を傷つけられたことへの、純粋な怒りが燃え盛っている。

 誰もが、神の最後の一撃を覚悟し、固唾をのんだ。

 その、張り詰めた静寂を破ったのは、聖女の口を借りた、引きこもりの天才ゲーマーの、第一声だった。

『―――さて、最終弁論を始めようか、世界の管理者(ゲームマスター)殿』

 アイリスの口から発せられた、あまりに場違いで、あまりに挑戦的な言葉。

 神の、破壊のエネルギーを放とうと掲げられた手が、ぴたり、と止まった。

 仲間たちも、そして魔王ゼノスまでもが、信じられないという顔でアイリスを見つめている。

『…何を、言っている、駒が』

 神の声には、純粋な困惑が滲んでいた。

 アイリス(ノクト)は、臆することなく続けた。その姿は、もはや聖女ではなく、絶対的な証拠を手に法廷に立つ、冷徹な検察官のようだった。

『我々は、王城の禁書庫にて、初代英雄が遺した「古代の法典」の解読に成功した。それは、あなたがこの世界を創造した時に定めた、絶対のルール…いわば、この世界の「利用規約」だ』

「姉御…? りよう、きやく…?」

 ギルが、意味も分からず呟く。

 テオだけが、その言葉の意味を正確に理解し、ニヤリと口の端を吊り上げた。

『そして、我々はその規約の中に、あなたの、明白な「規約違反」を発見した』

 アイリス(ノクト)は、一息に、告げた。


『―――規約第十一条四項。「世界の管理者ゲームマスターは、利用者の自由な活動に、不当に介入してはならない」!』


 その言葉が響き渡った瞬間、神の周囲の空間が、わずかに、だが確かに、歪んだ。

『…面白い冗談だ』

 神は、嘲笑した。

『ルールだと? 私こそが、ルールそのものだ。私が、世界だ。私が、全てだ。私が「終わる」と言えば、終わる。それが、この世界の、唯一の真理だよ』

『いいえ、違う』

 アイリス(ノクト)は、即座に否定した。

『あなたは、創造主ではあるが、絶対ではない。あなた自身もまた、自らが定めた、この世界の根本的な法則には、縛られている。そうでしょう? 魔王ゼノス殿』

 話を振られ、ゼノスはびくりと肩を震わせたが、すぐに意図を察し、頷いた。

「う、うむ! 我が魔族に伝わる最古の創世神話にも、記されている! 『戯神(ぎしん)は、自らが定めた(ことわり)には、決して手を触れぬ』と! それは、神が自らに課した、唯一の制約!」

 敵であったはずの魔王が、その言葉を裏付ける。

 神の眉が、わずかに、ひそめられた。

『そして、あなたは今、その制約を、破ろうとしている』

 アイリス(ノクト)は、畳み掛ける。

『「メインシナリオが終わったから、飽きたのでリセットする」。これは、プレイヤーの自由な活動に対する、最も悪質で、不当な介入行為に他ならない。これは、運営による、権力の濫用だ』

『…それが、どうしたというのだ』

 神の声に、苛立ちが混じり始める。

『たとえそうだとして、誰が、私を裁く? 誰が、私を止められる?』

 神がそう言った瞬間、世界の法則が、再び大きく軋んだ。

 ギルが握る戦斧の刃が、一瞬、陽炎のように揺らめく。

 ジーロスの放つ光が、ノイズ混じりに明滅した。

 世界の初期化が、確実に進行している証拠だった。

「さあな」

 テオが、不敵に笑いながら口を挟んだ。

「だが、どんなイカサマ賭博でも、胴元がルールを守らなきゃ、場がしらけるってもんよ。あんたのやり方は、美しくねえ。三流のイカサマ師のやり口だ」

「ノン! その通りだ!」

 ジーロスもまた、憤慨したように叫んだ。

「美しきルールを自ら破るなど、芸術に対する冒涜だ! アーティストとして、断じて許しがたい!」

 仲間たちの、それぞれの言葉。

 それは、神の絶対的な力の前には、何の意味もなさないはずだった。

 だが、それらの言葉は、確実に、神の精神を、揺さぶり始めていた。

 彼は、初めて、自らが作った駒たちから、「つまらない」「美しくない」「三流だ」と、その存在そのものを、否定されていたのだ。

 アイリス(ノクト)は、最後の、そして、最大の切り札を切った。

『我々には、証拠がある。あなたが、世界の法則に干渉し、天変地異を引き起こしているという、動かぬ証拠が』

 彼女は、まるでそこに、第三者の監査役でもいるかのように、虚空に向かって、告げた。

『そして、我々は、あなたの規約違反を、然るべき機関に、報告する準備がある』

『…然るべき、機関、だと…?』

 神の声に、初めて、明確な動揺が走った。

『ええ』

 アイリス(ノクト)は、冷徹に、そして、最大限のハッタリを込めて、言い放った。


『―――「世界の管理者委員会」に、あなたを、告発します』


 静寂。

 そんなものが、存在するのかどうか、誰にも分からない。

 だが、その言葉は、神を縛る、最後の鎖だった。

『…貴様ら…!』

 神の、怒りに満ちた声が、無限の空間に響き渡る。

 彼の、揺らいでいた姿が、再び、禍々しい魔力を帯びて、安定を取り戻していく。

 論破されて、黙っているほど、彼は、物分かりの良い神ではなかった。

 ルールが、なんだ。

 規約が、なんだ。

 この遊戯盤(世界)の上では、自分が、絶対なのだ。

 その真実を、今一度、この生意気な駒たちに、骨の髄まで、教え込んでやる。

 神の、最後の抵抗が、そして、この世界の、本当の終わりが、今、始まろうとしていた。

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