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剣と魔法と引きこもり ― 自宅警備のついでに世界を救います ー  作者: 神凪 浩
第四章 ラスボスは神様(本物)でした
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第四十九話 真の神との対面

 光の奔流が止んだ時、アイリスたちが立っていたのは、もはや禁書庫ではなかった。

 そこは、始まりも終わりもない、無限の空間だった。

 床は磨き上げられた鏡面で、自分たちの姿と、頭上に広がる、本物の星々がきらめく宇宙を映している。

 空気はなく、しかし呼吸はできる。

 音はなく、しかし思考は伝わる。

 世界の法則そのものが、作り変えられたかのような、絶対的な静寂と、荘厳な美しさが支配する空間。

「…ここは…」

 ジーロスが、初めて、自らの芸術論を忘れて、呆然と呟いた。

 ギルは、姉御であるアイリスを守るように、その前に立ちはだかる。

 ゼノスは、魔王としての本能で、この空間の主が放つ、底知れぬ魔力に、ただ震えていた。

(神様…! 神様! 聞こえますか!?)

 アイリスは、心の内で、必死に呼びかけた。

 だが、返事はない。

 これまで、どんな時も彼女を導いてくれた、あの不遜で、怠惰で、しかし絶対的な安心感を与えてくれた声が、完全に、途絶えていた。

 ノクト()との繋がりが、断ち切られたのだ。

 彼女の心に、初めて、本当の孤独と、絶望が、冷たい霧のように立ち込めた。

『―――ようこそ、我が遊戯盤へ。哀れで、勇敢な、駒の諸君』

 声は、空間そのものから響いた。

 男でも、女でもない。

 老いても、若くもない。

 ただ、絶対的な存在だけが持つ、感情のない、美しい響き。

 星空の中心が、ゆっくりと、人の形を取り始める。

 その声に応えるかのように、彼らが立つ鏡面の遥か前方、空間の中心とおぼしき場所が、ひときわ強く輝き始めた。無数の星屑が、まるで意思を持ったかのように、その水平線上の一点へと引き寄せられ、渦を巻いていく。

 やがて、その光の渦は、一つの壮麗な形へと収束した。

 ―――光で編まれた、巨大な王座。

 そして、その玉座の上に、残った光の粒子がゆっくりと集まり、人の形を、銀色の髪を、そして、全てを見下ろす退屈そうな瞳を、形作っていった。

 混沌の神。

 この世界の、運営者(ゲームマスター)

『君たちには、心から、感謝しているよ。本当に、楽しませてもらった』

 神は、心から、そう言っているようだった。

『魔王を倒すのではなく、経営コンサルで更生させる聖女。金とスリルで、平気で雇い主を裏切る神官。いやあ、私の想定を超えた、素晴らしいエンディングだった。このゲームの、最終章にふさわしい』

「ゲーム、だと…?」

 アイリスが、震える声で、絞り出す。

『そうだよ。君たちの、命も、悲しみも、喜びも、全てが、私の退屈を紛らわすための、最高の娯楽(エンターテイメント)だった。だが、どんなに面白いゲームも、いつかは飽きる。だから、破壊(リセット)する。そして、また、新しいゲームを、始めようと思うんだ』

 彼は、まるで子供が、遊び飽きた玩具を捨てるかのように、無邪気に、そして、残酷に、告げた。

『君たちは、最後のプレイヤーとして、この世界の終焉を、特等席で見せてあげる。それが、私から君たちへの、最大限の、感謝のしるしだ』

 絶望。

 その一言が、その場の全てを、支配した。

 仲間たちは、あまりに巨大すぎる、絶対的な存在を前に、戦う気力さえ、失っていた。

 剣も、魔法も、届かない。

 そもそも、戦うという概念そのものが、この神の前では、意味をなさない。

 アイリスもまた、その場に、膝から崩れ落ちそうになった。

(…もう、だめだ。ノクト(神様)が、いない。私には、何もできない…)

 彼女は、ただの、新人騎士だった。

 聖女でも、英雄でもない。

 ただ、神の声に導かれて、ここまで来ただけの、操り人形。

 糸が切れた今、彼女には、もう、立つことさえ、できなかった。

 その時だった。

 彼女の脳裏に、これまでの旅路が、走馬灯のように、蘇った。

 ―――『姉御! このギル、生涯をかけて、姉御に尽くしやす!』

 自分の言葉を信じ、どこまでも真っ直ぐに、ついてきてくれた、不器用な舎弟の顔。

 ―――『ノン! 君こそが、僕の真のプロデューサーだ!』

 自分の言葉に、新たな芸術の可能性を見出し、目を輝かせていた、ナルシストの顔。

 ―――『ひひひ…。あんたの船は、退屈しねえ』

 自分の言葉がもたらす、予測不能なスリルに、心から楽しそうに笑っていた、不徳の神官の顔。

 ―――『森が、あなたを、信じろと、言っています』

 自分の言葉を、ただ、純粋に信じてくれた、心優しきエルフの顔。

 彼らは、ノクト()を信じていたのではない。

 彼らは、ノクト()のお告げを代行する「聖女アイリス」を、信じてくれていたのだ。

 そして、いつしか、自分も、ノクト()の操り人形であることを、忘れ、リーダーとして、彼らを導こうとしていた。

 あの、真の神に反旗を翻した、作戦会議。

 仲間を、見捨てたくない。

 その想いは、ノクト()から与えられたものではない。

 紛れもなく、自分自身の、心からの叫びだった。

(…私は、操り人形なんかじゃ、ない)

 アイリスは、震える足で、ゆっくりと、立ち上がった。

 彼女は、剣を抜き、その切っ先を、目の前に座す神へと、まっすぐに、向けた。

 その瞳に、もはや、迷いも、恐怖もなかった。

「…あなたのゲームは、もう終わりです」

 その声は、まだ、か細く、震えていた。

 だが、その声には、確かな、意志の光が宿っていた。

「私たちは、あなたの、駒じゃない。自分の意志で、ここに立っている!」

 その、あまりにも無謀な、しかし、あまりにも真っ直ぐな宣言に、仲間たちが、はっ、と顔を上げた。

 彼らの目に、再び、光が宿る。

「姉御…!」

「フン、面白い。最後まで、美しく足掻こうじゃないか」

「ひひひ…! 神相手に、大博打か! 最高に、燃える展開だぜ!」

 彼らは、それぞれの武器を、構え直した。

 もはや、彼らを率いるのは、ノクト(謎の神)の声ではない。

 目の前で、たった一人、神に立ち向かおうとする、一人の、聖女の背中だった。

『…面白い』

 神は、初めて、その表情を、変えた。

 退屈そうな笑みが消え、純粋な、好奇の光が、その瞳に浮かんでいる。

『操り糸が切れた人形が、自らの意志で、踊り始めたか。いいだろう。見せてみろ。君たちの、最後の、無様なダンスを』

 アイリスは、振り返り、仲間たちに、叫んだ。

 それは、彼女が、初めて、自らの意志で下す命令だった。

「―――全員、総攻撃! 私に、続いてください!」


 その頃、ノクトは、自室の塔で、水盤に何も映らなくなった後も、じっと、その表面を、見つめていた。

 彼の顔には、焦りと、苛立ちと、そして、ほんのわずかな、期待の色が、浮かんでいた。

(…アイリス。お前は、俺が育てた、最高のキャラクターだ)

 彼は、まるで、祈るように、呟いた。

(…クリア、してみせろ。この、理不尽な、クソゲーを)

 彼の不本意な英雄譚の、本当の結末は、今、彼の手を離れ、一人の少女の、その両肩に、託された。

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