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剣と魔法と引きこもり ― 自宅警備のついでに世界を救います ー  作者: 神凪 浩
第四章 ラスボスは神様(本物)でした
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第四十八話 古代法典の解読

 法の番人であったゴーレムが守っていた扉の奥。

 そこに広がっていたのは、これまでの埃っぽい書庫とは全く異なる、神聖な静寂に満ちた空間だった。

 壁も床も、継ぎ目のない乳白色の石でできており、まるで一つの巨大な真珠の内部にいるかのようだ。

 空気は澄み渡り、呼吸をするだけで思考が明晰になるような、清浄な魔力で満ちている。

 そして、そのドーム状の広間の中央には、十数枚の黒曜石の石版が、宙に浮かんだまま、北極星を中心に据えた星座のように、ゆっくりと円を描いて回転していた。

「…これこそが、初代英雄が遺した『古代の法典』…人間側の記録」

 アイリスは、その荘厳な光景に、畏敬の念を禁じ得なかった。

 石版に刻まれた文字は、これまでに見たどの言語とも違う。

 それは文字というより、光そのもので編まれた幾何学模様のようであり、見る角度によって、複雑にその意味を変えるかのように明滅していた。


「ノン!見てごらん、この完璧な配置!宇宙の法則を体現したかのような、究極のシンメトリーだ!これこそが、真のアートだよ!」

 ジーロスがうっとりとため息を漏らす横で、テオは全く別の感想を抱いていた。

「ひひひ…この石版、一枚いくらになるかな…。こんなもんに比べりゃ、王家の宝物庫なんざ、ガキのおもちゃ箱みたいなもんだぜ…」

「静まれ、俗物ども」

 アイリス(ノクト)の冷たい声が、二人の雑念を断ち切った。

『時間は有限だ。これより「古代法典」の解読を開始する』


 だが、解読作業は開始早々、暗礁に乗り上げた。

 石版に刻まれた光の文字は、近づいてよく見ても、やはり意味をなさない。

 ただ、美しく明滅を繰り返すだけだ。

「…駄目だ。これは、我々が知るどの古代言語とも違う。まるで、神の設計図そのものだ。人間の知性では、読み解けん…」

 魔王ゼノスも、自らが持つ魔族側の古文書と石版を何度も見比べたが、関連性を見いだせず、ついに音を上げた。

「こちらの古文書も、古代の魔族語で書かれた、ただの創世神話に過ぎん。世界の始まりがどうとか、光と闇の戯れがどうとか…。詩的ではあるが、法典とは到底思えん」

 人間側には、解読不能の法典。

 魔族側には、意味不明の創世神話。

 二つの情報は、あまりにもかけ離れていた。仲間たちの間に、重苦しい沈黙が漂う。

 その沈黙を破ったのは、やはり、アイリス(ノクト)だった。

『…なるほどな。そういうことか。初代英雄も、ひどく回りくどいことをする』

 ノクトは、塔の自室で、水盤に映る二つのテキストを睨みつけ、その構造を完全に見抜いていた。

『ゼノス、お前の持つ創世神話は、それ自体に意味はない。それは、こちらの石版を解読するための「鍵」だ。いわば、二重構造の暗号になっている』

「鍵、だと…?」

『ああ。例えば、お前の古文書の第一節を読んでみろ』

「う、うむ…」

 ゼノスは、戸惑いながらも、羊皮紙の巻物を広げた。

「『世界の始まり、戯神は二つのサイコロを振った。一つは光、一つは闇。その出目は、常に等しくなければならない』…とあるが」

『それだ』

 ノクトの声が、確信に満ちた響きを帯びる。

『テオ、お前は聖職者だった頃の知識を総動員して、古代神聖語の数秘術を思い出せ。「二つのサイコロ」「等しい出目」…これは、二つの異なる事象を、一つの結果に収束させるための、置換暗号の基本形だ。光を「A」、闇を「B」と仮定し、石版の文字列に当てはめてみろ』

「へいへい。面倒くせえな…」

 テオはぶつぶつ言いながらも、その驚異的な記憶力と計算力で、石版の光の明滅パターンを、数式へと変換していく。

 そして、数分後。彼は、信じられないというように、目を見開いた。

「…おいおい、マジかよ。『第一の理。光と闇の変数(パラメータ)は、常に均衡を保つよう調整される』…だと?パラメータ…?なんだ、そりゃ」


 解読は、そこから驚くべき速度で進んでいった。

 ゼノスが、魔族の伝承という「ヒント」を提示し、テオが、古代言語の知識でそれを「翻訳」し、そして、ノクトが、ゲーマーとしての圧倒的な知識で、その全てを「攻略」していく。

 シルフィは、ノクトの指示通り、膨大な石版の文章の中から、特定のキーワードを持つ一節を、瞬時に探し出す、完璧な検索エンジンとして機能していた。

 それは、人間と魔物の、奇妙で、しかし完璧な、共同作業だった。

 そして、数時間が経過した頃。彼らは、ついに、法典の核心に、たどり着いた。


『…あったぞ』

 ノクト()の声が、アイリスの脳内で、確信に満ちた響きを帯びる。

 アイリスは、震える声で、解読された条文を読み上げた。


「―――規約第十一条四項。『世界の管理者(ゲームマスター)は、利用者(プレイヤー)の自由な活動に、不当に介入してはならない』」


 静寂。

 その、あまりにも場違いで、しかし決定的な一文が、広間に響き渡った。

「…これだ」

 ノクトの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。

「奴が今、世界中で行っている天変地異は、この条文に対する、明白な規約違反だ。動かぬ証拠を手に入れたぞ」

 仲間たちが、勝利を確信し、安堵の息を漏らした、その瞬間だった。


 石版が、突如として、禍々しい赤い光を放ち始めた。

 そして、書庫全体が、再び、激しく揺れ動く。

 何者かの、神の怒りそのもののような、声にならない声が、一行の脳内に、直接響き渡った。

『―――規約違反ヲ、検知』

「なっ…!?」

 ノクトの顔から、初めて、余裕の色が消えた。

(…罠か! この法典の解読そのものが、奴への通報システムになっていたとは…!)

『面白い…実に、面白い…。我がゲーム盤の上で、ルールブックを読もうとする蟻がいるとは…。褒美をやろう。最終ステージへの、特別招待状だ』

 声が響き終わると、一行の足元に、巨大な魔法陣が、まばゆい光と共に描き出された。「うわあああああっ!」

 仲間たちの悲鳴と共に、彼らの体は、光の中へと、吸い込まれていく。

 行き先は、ただ一つ。

 世界の管理者、混沌の神が待つ、最後の、決戦の舞台だった。


 その頃、ノクトは、自室の椅子から、転げ落ちていた。

 水盤との接続が、強制的に、断ち切られたのだ。

「…くそっ! あのクソ運営(ゲームマスター)、プレイヤーを強制的にイベントに転送しやがった…!」

 彼は、初めて、自らの遠隔操作が届かない、孤立した状況に、叩き込まれた。

「…アイリス…。お前たちだけで、この最終ステージを、クリアできるか…?」

 彼の顔に、初めて、焦りの色が浮かんでいた。

 最高のパズルゲームは、最悪の、アクションゲームへと、その姿を変えようとしていた。

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