第四十七話 初めての共同戦線
禁書庫の最深部。
初代英雄が遺した書庫の番人、守護ゴーレムが、重々しい足音を立ててアイリス分隊と魔王ゼノスの前に立ちはだかった。
その巨体は磨き上げられた黒曜石でできており、その両目には、書庫を冒す者を決して許さぬという、冷たい決意の光が宿っている。
「我は、この書庫を守る者」
石が擦れるような、荘厳な声が響き渡った。
「そして、この場所に眠る『古代の法典』、そのものを守護する法の番人なり」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、最初に動いたのはギルだった。
「姉御の道を開くのが、俺の役目であります!」
彼は雄叫びを上げると、その巨大な戦斧をゴーレムめがけて振り下ろした。
だが、甲高い金属音と共に、戦斧はゴーレムの腕に弾き返される。
ゴーレムの体には、傷一つついていない。
「小賢しい!」
ジーロスが放った光の槍も、テオが投げつけた(おそらく呪われているであろう)銀貨も、シルフィの矢も、全てがゴーレムの体表に弾かれ、効果がない。
『物理攻撃も、通常魔法も無効か。厄介なボスだな』
塔の自室で、ノクトが冷静に分析する。
「ならば、我が魔王の力、見るがいい!」
ゼノスが、なけなしの威厳を振り絞って前に出た。
彼の手のひらに、禍々しい紫色の魔力が渦を巻く。
「くらえ!ダーク・インフェルノ!」
彼が放った闇の炎は、しかし、ゴーレムに届く前に、ふっと、力なく掻き消えてしまった。
「なっ…!?」
ゴーレムは、ゼノスを一瞥すると、まるで「話にならない」とでも言うかのように、その腕を振り上げた。
「ひぃ!」
魔王は、情けない悲鳴を上げて、アイリスの後ろに隠れた。
『…なるほどな。そういうギミックか』
ノクトは、その一連の攻防を見て、このパズルボスを攻略するための、唯一の解法を瞬時に見抜いていた。
『新人、ゼノスに伝えろ。奴の闇の魔法を、お前の剣に付与しろ、と』
「え…?魔王様の、闇の魔法を、私の聖なる剣に…?」
アイリスは、あまりに冒涜的な指示に、思わず訊き返した。
『いいからやれ。これは、そういうゲームなんだ』
アイリスは戸惑いながらも、ゼノスにノクトの言葉を伝えた。
「師匠のお言葉とあらば…!」
ゼノスは、アイリスの剣に、自らの闇の魔力を注ぎ込む。
白銀に輝いていた剣が、不吉な紫色のオーラを放ち始めた。
『ジーロス、お前もだ! その光の魔法を、ギルの斧にかけろ!』
「ノン! なんて野蛮な! 僕のアートが穢れてしまう!」
ジーロスは文句を言いつつも、ギルの戦斧に、神々しい光の魔力を付与した。
『よし、準備はいいか』
アイリス(ノクト)の声が、厳かに響く。
『このゴーレムは、初代英雄が作った法の番人だ。奴の行動原理は、法…すなわち、「秩序」と「均衡」だ。光だけの攻撃も、闇だけの攻撃も、奴にとっては不均衡な、秩序を乱す行為に過ぎない。だから、弾かれた』
その解説に、仲間たちは息をのんだ。
『奴を倒す唯一の方法は、光と闇、人間と魔物、その二つの相反する力が、一つの目的のために協力すること。その「調和」の意志を、奴に示すことだ!』
ノクトの、神がかりの攻略解説だった。
『アイリス、ギル! 俺の合図で、同時に、左右から挟み撃ちにしろ!』
アイリスが、その指示を、ギルに伝える。
「ギル、合図をしたら、左右から同時に攻撃を!」
ゴーレムが、次の攻撃に移ろうとした、その瞬間。
「―――今だ!」
闇のオーラをまとったアイリスの剣と、光のオーラをまとったギルの戦斧が、寸分の狂いもなく、同時にゴーレムの両脇を捉えた。
これまで鉄壁だったゴーレムの装甲が、ガラスのように、ピシリ、と音を立ててひび割れる。
「効いている…!」
ゴーレムの動きが、初めて、止まった。
その両目に宿っていた、冷たい光が、ふっと消える。
そして、その巨体は崩れ落ちることなく、静かに、アイリスたちの前に、片膝をついた。
「…見事なり」
ゴーレムの声には、もはや敵意はなかった。
「光と闇、相容れぬはずの二つの力が、手を取り合う。それこそが、我が主、初代英雄が夢見た、真の調和の姿…。汝らに、この先の真実を見る、資格あり」
ゴーレムは、そう言うと、元の、ただの黒曜石の像へと戻った。
そして、その像が守っていた祭壇の奥の壁が、ゴゴゴゴ…という音を立てて、新たな道を開いた。
アイリス分隊と魔王ゼノス。
彼らは、この戦いを通して、初めて、一つの「パーティー」として機能した。
その事実が、彼らの間に、種族を超えた、奇妙な、しかし確かな連帯感を生み出していた。
一行は、顔を見合わせると、頷き、決意を新たに、その道の奥へと、足を踏み入れた。
その頃、ノクトは、塔の自室で、満足げに頷いていた。
「ふん。協力プレイ必須のギミックボスか。古典的だが、悪くない演出だ」
彼は、水盤の隅に、新たなメモを書き加えた。
「…そろそろ、ポテチの在庫が尽きてきたな。兄上に、追加の補給を要請しておくか」
彼の頭の中は、世界の危機よりも、目先の食料問題で、いっぱいだった。




