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第四話 最初の一歩

 王都の門前に、ソラリア王国史上、最も前途多難なパーティーが誕生した。

 聖女アイリスは、これから向かう北の砦のことよりも、目の前にいる三人の「仲間」のことで、すでに頭痛が最高潮に達していた。

「よし、皆の者! 我が名はアイリス・アークライト! この度の任務、我ら四人で力を合わせ、必ずや成功させようぞ!」

 リーダーとして、まずは士気を高めようと声を張り上げる。

 しかし、その声に反応する者は、誰一人としていなかった。

「ノン! この門出には決定的に『美』が足りない! 壮麗なファンファーレもなければ、僕を照らすための計算された照明もない! これでは最高のパフォーマンスは不可能だ!」

 そして、アーティスト魔術師ジーロスは、門の装飾にケチをつけ始めた。

「おい、そこの門番! 俺とサイコロで一勝負どうだ! 俺が勝ったら、その槍を貰うぜ!」

 神官テオは、早速衛兵に絡んで賭け事を始めている。

「あ、あの…アイリス様…。北とは、どちらの方向でしょうか…太陽が…二つに見えます…」

 エルフのシルフィは、門から一歩も出ていないにもかかわらず、すでに自分の位置情報を見失っていた。

 ―――地獄絵図。

 アイリスは、神から与えられたこの試練(パーティー)の難易度の高さに、早くも心が折れかけていた。

(だ、ダメだ…! まとまりがなさすぎる! 神様、私はどうすれば…!)

 彼女が天に祈りを捧げた、その時。

『…おい。何をもたもたしている。出発時刻がもう十五分も過ぎているぞ。スケジュール管理もできないのか、この新人は』

 脳内に響いたのは、心底うんざりした「神」の声だった。

(も、申し訳ありません、神様! しかし、皆が言うことを聞いてくれず…)

『当たり前だ。個性の強いキャラクターには、それぞれに有効なアプローチがある。チュートリアルで教わらなかったのか?』

 ノクトは遠見の水盤に映る大混乱に、深いため息をつく。

 彼の完璧な計画では、今頃パーティーは王都から五キロは進んでいるはずだった。

『いいか、まずあのジーロス(ナルシスト)には「こんな平凡な門は、あなたのような偉大なアーティストの序章には相応しくない。真の舞台は北の砦だ」と言え。次にあのテオ(ギャンブラー)には「今ここで小銭を稼いでも意味がない。北には一攫千金のビッグチャンスが待っている」と囁け。シルフィ(方向音痴)は、お前のマントの裾でも掴ませておけ』

 神様からの的確すぎる指示に、アイリスは感動しながらも、その俗っぽい内容に若干の疑問を抱き始める。

 しかし、効果はてきめんだった。

「な、なんと! たしかに…僕の芸術の幕開けが、こんな陳腐な門であってはならない! よし、行こう! 最高の舞台へ!」

「ちっ、確かにそうだぜ。こんな小博打、お目当ての財宝までの暇つぶしにもなりゃしねえ」

 ジーロスとテオは、恐ろしく単純な言葉でピタリと動きを止めた。

 シルフィは、アイリスのマントを赤子が親の指を握るように、ギュッと掴んで離さない。

 こうして、一行は結成から数十分後、ようやく最初の一歩を踏み出すことに成功したのだった。


 街道を進むこと半日。

 パーティーは、森を抜ける一本道に差し掛かっていた。

 その道の真ん中を、見るからに柄の悪い男たちが、丸太で塞いでいる。

「へっへっへ。旅のお方、ご苦労さん。この先へ進みたけりゃあ、通行料を払ってもらおうか」

 絵に描いたような追い剥ぎだった。

「出たな、悪党め! 私が相手になろう!」

 アイリスが正義感に燃えて剣を抜く。

 だが、それよりも早く、仲間たちが行動を開始した。

「なんて無粋な連中だ! 僕の美しい旅路のワンシーンを、その汚れた姿で汚すとは! 許しがたい蛮行だね!」

「おいおい、リーダー気取りかよ、キラキラ野郎。ここは交渉だろうが。おい、そこのゴロツキ! 有り金全部賭けて俺と勝負しろ!」

「ひゃっ! て、敵ですか!? あ、矢をつがえます?」

 アイリスが止める間もなく、事態は、有無を言わさぬ戦闘か賭博かというとんでもない状況へと発展しようとしていた。

『―――全員、黙らせろ』

 アイリスの脳内に、今までで一番冷たく、低い声が響いた。

(か、神様…!?)

『戦闘はコストパフォーマンスが最悪だ。無駄な消耗は避けろ。俺の言う通りにしろ。まず、剣を収め、ゆっくりと前に出ろ』

 ノクトは、水盤に映る追い剥ぎのリーダーを観察していた。

 みすぼらしい格好だが、首飾りだけはやけに派手だ。

 おそらく、虚栄心の塊のような男だろう。

『そして、こう言うんだ。「我が名は、神託の聖女アイリス。我が導き手は、全てを見通す」』

 アイリスがその言葉を口にすると、追い剥ぎたちがざわめいた。

 彼女の噂は、すでにこんな場所まで届いているらしい。

『リーダーの男を見据え、憐れむように続けろ。「…哀れな男。その首飾り、偽物だな。己の価値を高めようと、見栄を張っている姿が、我には見える」』

「…あ、哀れな男。(以下同文)」

 アイリスが告げると、リーダーの男の顔色がサッと変わった。図星だったらしい。

『最後に、こう締めろ。「だが、神は汝を見捨てない。我らの旅路を妨げぬのなら、いずれ真実の価値を持つ宝への道を、神託をもって示そう。…退け」』

 聖女の威厳と、全てを見透かしたような言葉。

 そして、未来の宝の約束。

 追い剥ぎのリーダーは、完全に気圧されていた。

 恐怖と、わずかな期待。

 複雑な表情で葛藤した後、彼は叫んだ。

「…お、覚えてやがれ! 行くぞ、お前ら!」

 追い剥ぎたちは、慌てて丸太をどかし、森の奥へと逃げていった。


 戦わずして、敵は去った。

「おお…! これが聖女様の“威光”!」

「ふん、野蛮な連中には、僕のアートの価値は分かるまい」

「…今の交渉、俺のやり方より効率的だったな…」

 仲間たちが口々に感想を述べる中、アイリスは一人、天を仰いでいた。

(神様は、なぜあの首飾りが偽物だとご存知だったのだろう…。まるで、鑑定士が品定めをするような、あまりにも具体的すぎるお告げだった…)

 彼女の神への信仰心に、ほんのわずかな疑念の種が植え付けられた瞬間だった。


 その頃、ノクトは椅子の背もたれに深く体を預け、満足げに頷いていた。

「ふん、雑魚相手に体力を使うまでもない。コスパの良い勝利だ。この調子なら、サーバーメンテナンスまでには間に合うな」

 彼は机の上の水盤を指で弾き、パーティーの進路を示す光の道を、北の砦へと、さらにまっすぐ伸ばすのだった。

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