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第三十六話 親子喧嘩の仲裁

 ノクト()による「魔王軍改革プロジェクト」が始まって、数日が経過した。

 魔王城は、未だ混沌の渦中にあった。

 だが、その混沌は、以前のような、淀んだ、無気力なものではない。

 それは、改革の過程で生まれる、熱を帯びた、前向きな混沌だった。

 経理室からは、相変わらずテオの怒声が聞こえる。

 しかし、それは今や、無駄な予算を削減し、新たな福利厚生の原資を捻出するための、力強い声だった。

 城の壁には、ジーロスが描いた、美しいポスターが貼られている。

 それは、兵士たちの士気を、わずかながら、上向かせていた。

 そして、玉座の間では、今日も、奇妙なロールプレイングが、続けられている。

「だから、ディアナ! パパの話を、まず、聞きなさい!」

「いやであります、パパ! 私の気持ちも知らないで!」

 魔王ゼノスと、彼が「ディアナ」と呼ぶ巨大な魔人ギル。

 二人の、あまりにもシュールな親子喧嘩は、今や、城の名物となりつつあった。

 アイリスは、その光景を、頭痛をこらえながら、見守っていた。

(神様…。本当に、こんなことで、効果があるのでしょうか…)

『黙って見ていろ』

 ノクト()の声は、自信に満ちていた。

『リハーサルは、十分だ。そろそろ、本番といくぞ』


 その日の午後。

 玉座の間ではなく、城の、小さな応接室に、三人の人物が集められた。

 魔王ゼノス。

 その娘、ディアナ。

 そして、仲介人役の、アイリス。

 ディアナは、まだ、不貞腐れた顔で、父親から視線をそらしている。

 ゼノスは、緊張で、ガチガチになっていた。

 アイリスは、胃痛をこらえ、ノクト()の指示通りに、口火を切った。

「…ディアナ様。本日は、お父上である、魔王様から、あなたに、大切な話がある、とのことです」

「ふん。どうせ、また、予算がないって話でしょ。聞きたくないわ」

 ディアナが、そっぽを向く。

 ゼノスは、おろおろと、アイリスに助けを求める視線を送った。

『違う。まず、謝罪からだ』

 ノクト()が、アイリスに囁く。

『「今まで、お前の気持ちを、ちゃんと聞いてやれなくて、すまなかった」と言え』

 アイリスは、ゼノスに向かって囁くと、小さく、頷いた。

 ゼノスは、意を決すると、娘に向き直った。

「…ディアナ」

 その声は、震えていた。

「今まで、お前の気持ちを、ちゃんと、聞いてやれなくて…。すまなかった」

 その、生まれて初めて聞く、父親からの謝罪の言葉に、ディアナの肩が、ぴくり、と震えた。

 ゼノスは、言葉を続ける。

 それは、ギルを相手に、何度も、何度も、練習した言葉だった。

「私は、魔王として、軍の経営のことばかり、考えていた。だが、それは、お前のせいではない。全て、私の、不徳の致すところだ」

 彼は、懐から、一つの、小さなペンダントを取り出した。

 古びているが、美しい、銀細工のロケットペンダント。

「…今、新しいドレスを、買ってやることは、できん。だが、これを受け取ってほしい」

 ディアナが、ゆっくりと、振り返る。

 彼女は、そのペンダントを、知っていた。

「それは、亡くなった、お前の母の、形見だ」

 ゼノスは、悲しみと、愛情の入り混じった、優しい目で、娘を見つめた。

「お前は、最近、ますます母上に似てきた。きっと、このペンダントも、似合うだろうと思ってな…」

「…パパ…」

 ディアナの、大きな瞳から、ぽろぽろと、涙が、こぼれ落ちた。

 彼女が、本当に欲しかったのは、高価なドレスではなかった。

 ただ、父親に、自分を見てほしかった。

 ただ、父親の、愛情が、欲しかった。

 彼女は、父親の胸に、飛び込んだ。

「ごめんなさい! わがまま言って、ごめんなさい、パパ!」

「おお…ディアナ…!」

 ゼノスは、優しく、そして、力強く、娘を、抱きしめた。

 その光景を、ジーロスが、光の魔法で、美しく、ライトアップしていた。

 いつの間にか、部屋の隅には、他の仲間たちも、集まってきていた。

 ギルは、「よかったであります、魔王様…!」と、号泣している。

 テオは、「やれやれ、安いメロドラマだ」と、言いながら、そっと、目元を拭っていた。


 その夜。

 魔王ゼノスは、改めて、アイリスを、自室へと招いた。

 彼の顔には、もう、中間管理職の、疲労の色はなかった。

 一人の父親としての、晴れやかな笑みが、浮かんでいた。

「アイリス殿…いや、師匠と呼ばせていただきたい!」

 彼は、アイリスの前に、深々と、頭を下げた。

「あなた様は、我が軍、いや、我が家の、救世主だ! このご恩は、生涯、忘れん!」

(いえ、私は、何も…)

 アイリスは、心の内で、首を振った。

 彼女は、ただ、頭の中の声に、従っただけだ。

「…して、師匠。あなた様の、本来の目的、伺ってもよろしいかな?」

 ゼノスが、尋ねる。

 ついに、その時が、来た。

 アイリスは、ノクト()の指示通り、告げた。

「…この城の最下層にあるという、初代英雄の封印の間へ、案内していただきたいのです」


 その頃、ノクト()は、塔の自室で、水盤に映るその光景を、満足げに、見ていた。

『よし。家庭問題、クリア。これで、魔王の精神状態は、安定した。枕への、最大の障害は、取り除かれたな』

 彼は、指を、ぱちん、と鳴らした。

(さて、と。長かったが、ようやく、チェックメイトの時間だ)

 彼の意識は、すでに、目の前の、どうでもいい親子関係のことなど、考えていない。

 ただ、ひたすらに、最高の安眠をもたらすという、伝説の枕のことだけを、考えていた。

 彼の不純な作戦は、今、最終目標の、目と鼻の先まで、迫っていた。

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